七億の力


剣と糸が激しく交わる。ポタポタと血が舞い散ることすら構わず、シアンは隙のない様子でドフラミンゴに斬りかかった。その眼はかの七武海であるジュラキュール・ミホークと似ていて、ドフラミンゴは思わず舌打ちをした。

“一ツ舞 ワース

シアンは切っ先をドフラミンゴの胸部に手加減なく突き刺そうとするが、当然ドフラミンゴは後ろにのけぞり、躱す。すぐさま左手から右手に刀を持ち替え、下から上へと攻撃した。斬撃が飛び、大きな物音とともに部屋が崩れるのを傍目に、シアンは鋒鋩ほうぼうについた血を一瞥して脇構の姿勢を取った。

超過鞭糸オーバーヒート”!!
槍雷閃そうらいせん”!!!

技と技、ひいては覇気と覇気がぶつかり、バリバリバリッと雷のようなものが空気を揺らす。ベビー5達は今にも倒れそうになるのを必死で踏ん張っていた。
ガキィン! と甲高い音が鳴ったかと思えば二人は距離を取る。しかし一呼吸すら置かず、シアンは桜桃ゆすらうめをビュッと投げた。いきなり意味のわからない行動に出たシアンに疑問を抱くが、ドフラミンゴはただ顔を傾けてそれを避ける。――だが、瞬きをした瞬間、眼前にはシアンがいた。投げたはずの桜桃を持って。

「あァ!?」
「ロイナール一族のことを何も知らないからこそ、生まれた油断…ありがたく頂戴しておくよ!!」

刀を高く上げて、シアンは挑発的に笑った。

“二ツ舞 テンペスタ”!!

名の通り、嵐のような斬撃がドフラミンゴを襲う。ズドドドッ!! と竜巻を思わせるそれは周りの瓦礫もろとも巻き込み上げた。くうに浮いたドフラミンゴは能力を使う体力もなく、ドサッ…と地面に落ちた。赤い血が水たまりのように床を濡らす。
ようやく一息つける。シアンは肩で息をしながら桜桃をブンッと振って血を飛ばし、鞘に収めた。とたんに襲うは、先ほどドフラミンゴに刺され、抉られた腹の傷。軽い手当すらせずに暴れたからか、傷口は開ききって未だに血が流れていた。

「い、っつゥ……ッ、」

壁に背を預け、ズルズルとしゃがみ込む。――このときシアンは、隙だらけだった。気付いた時にはその傷をさらに広げるように、何重にも束になった糸が体を貫いていた。

ア゛、っ、…ァ…ッ!!

ごぽりと、口から大量の血を吐くシアン。

「終わりを己の基準で測るな。戦いの前後は常に気を張っておけ」

ミホークは、いつだってそう言っていたのに。どうして忘れてたんだろう――…。

シアン〜〜〜!!!

――大好きな人の声が、聞こえた気がした。

「はッ……ハァッ…ハァ……っつ…」

負けられない、負けてられない。
シアンは霞む目でドフラミンゴを睨み、鯉口を切る。ベビー5とバッファローの動く気配がしたが、覇王色の覇気で二人を足止めし、そのままドフラミンゴに向かって走り出した。
血が無くなりすぎたのか、くらっと目眩がシアンを襲う。だがもう止まれない。何度も何度も父を侮辱されたのだ、なぜ止まれようか。

“二ツ舞 テンペスタ”!!!
「ゥグゥッ!! フフフッ…どうした、攻撃が単調になってきたぞ? 『鷹の目』の修行とやらも、そこまで大したことはなかったのか?」
「っ…! いちいちムカつく野郎だな、ほんと!!」

口ではそう言いながらも、そんな挑発に乗るシアンではない。滴る血を拭い、攻撃から逃れるために地面から飛んだドフラミンゴを見て、彼女も強く地面を蹴った。

五色糸ゴシキート”!!!
「ァアッッ……!! く、ゥ…っ、ツ舞 エラダ”!!!

勢いよくドフラミンゴめがけて急降下するシアン。しかし、その勢いがまるで嘘のように剣は柔和になった。まるで優しく降り注ぐ陽のように、冷たい冬に降り立つ霜のように――。
気づいたら、ドフラミンゴもシアンも倒れていた。

「ハ、ァッ…ゴホッゴホッ! ゲホッ、ぅ……」

激しく咳き込むシアンは、朦朧とする意識をなんとか繋ぎ止めてドフラミンゴから目を離さなかった。もう、自分の判断で勝ち負けを決めるだなんてことはしなかった。
――そのとき、ハートの席に鎖で繋がれていたトラファルガー・ローが目を覚ました。とたんに目に飛び込んできた光景に目を瞠る。荒れ果てた部屋、立ち尽くして動かないベビー5とバッファロー、壁際で繋がれているリク王、そして――血まみれのドフラミンゴとシアン。

「なん、だ……コレは…」

その声は煙に飲まれ、誰の耳にも届かなかった。

「あいつ…なんで剣聖屋まで!?」
「ん? フフフッ、フフッ…起きたか、ロー」
「ハ…っ……、」

聞こえなくとも、気配でローが目を覚ましたことに気づいたドフラミンゴは、悪どい笑みを浮かべて目を向ける。それでも隙がないのだから、シアンとしては動きたくとも動けない。だが、それでもと一歩を踏み出した瞬間、体がピクリとも動かなくなった。

「な、っ…!」
「お前は少し休んでろ、シアン」
「くっそ…!! こんなのっ…!!」

イトイトの実の能力で体が動かなくなってしまったのだ。その証拠にドフラミンゴの指が複雑に動いているのが見える。
こんな屈辱はない。シアンはギリッ…と歯を食いしばり、必死に怒りを抑えた。
しかしちょうどこのとき、ルフィと片足の兵隊、そしてヴィオラが王宮二階の『スートの間』にやって来たことなど知らないシアンは、ドフラミンゴが話し始めるのをただ聞くことしかできなかった。

「――お前らの狙いは『SMILE』工場……それだけのハズだ。今日の思いつきでできる事じゃねェ……!! なぜ“麦わら”達とグリーンビットの小人達がつながってる!!?」
「……………?」
「どうやって地下へ侵入した……!?」
「(そんな作戦あった…?)」

ローもシアンも、一体何の話だか分からず黙ってドフラミンゴの話を聞いている。二人は、ウソップとロビンが地下へ侵入していたことすら知らなかったのだ。

「なぜ“シュガー”を狙う…!!? 偶然でなけりゃあ…奴ら、この国の闇の『根幹』を知ってる事になる…!!!」

ガリッと爪を噛んだドフラミンゴの顔は険しい。それを見たベビー5が「答えなさい! 若が聞いてんでしょ!? ロー!!」と、頭を叩く。軽く叩いただけなのに、ローは血まみれの顔でギロッと彼女を睨むもんだから、ベビー5はしくしくと泣きながらバッファローにしがみついた。

「……言ったハズだ…。あいつらとおれとはもう関係ねェ……。同盟は終わってる」
「は!? いつ終わったの!?」
「お前の言ってる事はおれにはほぼ理解できねェ…」
「(くっそロー…! あんた後で覚えとけよ…!!)」

ローの言い分に困惑するシアンは待ったをかけるが、ローは当然無視。その態度にカチンとくるが、動けない身体ではどうすることもできない。今にもブチ切れそうになるのを必死に耐えるしかなかった。

「フン…!! こんな尋問、ヴァイオレットがいりゃあ瞬時に真実を見抜けるんだが――それとも、お前・・の差し金って事もねェよなァ……“リク王”!!」
「………」
「トンタッタは、かつてお前にも仕えていたんだ…」

額から血を流すリク王は答えることをせず、口を固く閉ざしたまま。シアンも話に割り込めず、ドフラミンゴの死角に少しずつ移動した。
部屋の外では――…。

「(お父様!! なぜ王宮に……!!?)」
「トラ男ちゃんと息あるな! …? なんでシアンはあんなに血だらけなんだ!?」
「(リク王!? ……!! ……………!! 十年間……!! ご無事で…!!)」

窓から六つの目が中を覗く。ヴィオラと片足の兵隊はリク王の姿に驚きを隠せずにいた。

「レオ達はまだか!! ――私も含め、ドレスローザ中のオモチャ達が人間に戻る。その瞬間こそ、ドフラミンゴを討つ大チャンス…。必ず仕留めてみせる……!!」
「もういいか?」
「まだ!!」
「まだ!? シアンがあんなに傷だらけなんだぞ!?」
「それでもまだよ!!」

我慢が大嫌いなルフィは、シアンの変わり果てた姿に余計焦りが募る。その度にヴィオラに怒られていた。

「(カブ達の犠牲、ムダにするものか。頼むぞレオ…!! ウソランド!!!)」

オモチャの家で交戦していたフランキーは、激戦の末ノックアウト。一方で地下交易でSOP作戦を決行していたレオ率いる小人達は、トレーボルとシュガーという幹部を前に壮絶な戦いを繰り広げていた。
シュガーを気絶させ、彼女の能力でオモチャへと姿を変えさせられている者達を元に戻す作戦も、今や〈麦わらの一味〉の狙撃手、ウソップに託されていた。

トレーボル、早くシュガーを王宮へ!!
「べへへ!! 大丈夫だドフィ〜〜、万が一の事態も起きやしねェよ〜〜」

焦ったような声が小型の電伝虫から聞こえてくる。しかしトレーボルはそれを一蹴し、楽しそうに笑った。

「安心して若!! 敵はもう、意識さえない…!!」
「「ウゾランド〜〜!!」」
「この毒入りグレープも返すね」

親指と人差し指で摘まれたそれは、本来ならシュガーに食べさせるはずだったタタババスコ入りのグレープ。決して毒ではないのだが、あんなものを食べてしまえばどうなるかなんてすぐに想像がつく。
小人達は涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにするが、もう動く力なんて残っていない。

「あんたが食べて……死になさい」

ウソップの口に無理やりグレープを入れ、トン…と体を押す。トレーボルの能力で縛られた身体は重力に従って後ろに倒れてゆく。意識がない中でも無意識にタタババスコ入りのグレープを飲み込んでしまったウソップは――。

ぎィやあああああああ!!!
きゃあああ!!!!

あまりの辛さに目は飛び出し、舌はぐるんと巻かれ、口からは火を吐き、鼻からは鼻水だけでなく鼻血まで流れた。
そんな光景を予想していなかったシュガーは、そのあまりにも凄惨な顔に叫ばずにはいられなかった。目はウソップ同様飛び出し、目からは涙が溢れ、次第に泡を吹いて意識を失ってしまった。もちろんトレーボルの焦った声など聞こえやしない。
こうして、SOP(ュガーったまげニック)作戦は、成功を収めたのだった。





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