ホビホビの呪いが解除されました


思いもよらないウソップの顔に、シュガーは意識を失ってしまった。トレーボルが慌てるがもう遅い。
ドクン…と心臓が打った瞬間、ロビンも、工場にいた者も、街中にいた者も――オモチャというオモチャが、人間に戻ってゆく。

《すまねェドフィ〜〜!!!》
「――トレーボル!?」
《シュガーが気絶しちまったァ〜〜!!!》
!!? …オイ、何の冗談だ!!!」
10年かけて増やし続けたおれ達の僕共が!! 人間に戻っていく〜〜っ!!! ホビホビの呪いが解けていく〜〜〜〜っ!!!
!!?

トレーボルの電伝虫はうおおぉぉん! と泣き出して、忠実に相手の感情を表現していた。オモチャへと変えさせられていたのは、何も人だけではなかったようだ。シンバルを持った猿のオモチャがみるみるうちにゴリラへと姿を変え、今までの怒りを爆発させていた。

《南の『セピオ』より『王宮』へ!! 港作業のオモチャ達が!!! 突然海賊にィ〜〜っ!!!》
《報告!! こちら東の『カルタ』。オモチャ達が旧ドレスローザの兵士に!!!》
《政府の役人達!!!》
《海兵!! 各国要人!!》
《猛獣〜〜〜!!!》
《こちら『プリムラ』、『王宮』!! 『王宮』!!》
《救援を頼みます!! 海賊達が暴れて…ギャー!!! ブツッ

ドレスローザ中からかかってくる救援要請や報告に、ドフラミンゴは一つ、また一つと眉間の皺を増やしていく。その様を見ながら、シアンはおかげでイトイトで拘束されていたそれが緩んだことに気づき、ソッと切り離した。

「大変だねぇ…? 最高幹部が失敗るなんて思ってなかった証拠だね」
「………」
「“麦わらの一味”を甘く見過ぎた結果だよ」

クスクスと楽しげに笑うシアンの傷口に、更に攻撃が重なる。どうやらお怒りで沸点が低いようだ。激痛がシアンを襲ったが、それでも膝をつくことなく耐えてみせた。

「ウソップしっかり!!」

オモチャに変えられていたロビンも人に戻り、傷だらけのウソップの上半身を起こす。その周りには何十人もの小人が集まっていた。

「ありがとう。お陰で私も人間に戻れたわ!!」
「ウソランド〜〜!!! やったれすよ!! 『SOP作戦』成功れすよォ!!! オモチャ達はみんな…元の姿に戻ったれす!!!」

今回、コリーダコロシアムに集った戦士達もすっかり元に戻り、今や工場内にいたドフラミンゴの部下達を次々と倒していく。巨人族の男は嬉しさに雄叫びを上げていた。

「そんなに傷ついて…ぼぐら゛の為に゛ひ…!!! ひっく…」
「銅像は建てるれすよ!!! だってあなだは紛れもなぐ――ぼぐらのヒーローれすから!!!

穴という穴から水を流す小人族の言葉に、ウソップは震える腕を持ち上げて親指をゆっくりと立てる。

……!! 全で…計算どお゛りら…
「「「本当れすか〜〜!!? カッコイイ〜〜〜!!!」」」
「…あどは…ハァ…おれ゛の仲間をたよれ゛……。戦いは…ごれがらだ…ハァ…」
はい!!!

涙を流しながらも言うことはきっちり言い切ったウソップに、小人達は元気いっぱいの返事をした。
その間にも、王宮には電伝虫の音が止まることはない。

《応答願います!! 『王宮』〜〜!!》
「若!! 非常事態の報告が鳴り止みません!!!」

頭を抱え、歯をくいしばるドフラミンゴ。

ドレスローザは!!! パニックですっ!!!!

こんな事態になるだなんて、いったい誰が予想していただろうか。

「おい!! 兵隊は!? ん?」
「――!!! ……トンタッタ族の作戦が成功したんだ………!!」
「ええ!? 誰だあいつ!!」

いつの間にか空いていた窓に手をかけ、中を見るヴィオラを真似てルフィも中を覗く。するとさっきまではいなかった男の背が見えた。――片足の男だ。
その後ろ姿を見たヴィオラは、震える手で口元を押さえて堪えきれず涙を流した。

「……!! キュロス義兄にい様……!! 私…!! 彼の記憶も失ってたんだわ…!!」
「おい、何言ってんだ。どういうこった!! 兵隊は!?」

隣にいたはずの片足の兵隊が忽然と姿を消したことに心底焦っているルフィに、ヴィオラは「彼がそうよ」と思いもよらない一言を口にした。

「この国のオモチャ達は、元々みんな人間で!! オモチャにされた人々はみんなの記憶から消えてしまうの!! それが敵の能力!! 能力者、シュガーが今倒れて…私達にも記憶が戻った…。――彼は、元『リク王軍』軍隊長…!!! キュロス!!!」
「――キュロス!? …!!」
「コロシアムの歴史上、最強の戦士よ」
「あっ!! それ銅像のおっさんじゃねェか!!」
「ええ。あの銅像が彼…そして、レベッカの実の父親!!」

忘れられている間、自分のことを伝える手段なんてない。だからこの10年間、愛する娘のレベッカを『オモチャの兵隊』としてずっと見守っていたのだ。彼女を一人にしないように。雨の日も、風の日も、嵐の日も、ずっと…ずっと。

《これはもう試合どころではない!!! 何という事態だ!!!》
「コロシアムも…!!」
「……………!!」
《客席が大パニック〜〜〜!!!》

ビッグモニターに映るコロシアムの様子は、此方から分かるくらい混乱していた。血を流しすぎて意識が朦朧としているシアンもその映像を眺めていたが、「おい、貴様誰だ!!!」と兵士の怒声が部屋に響き、ふっと顔を上げる。物凄いスピードで此方に向かってくる人影に、ローもシアンも訝しげな目を向けた。しかし、全てを思い出したリク王だけは違った。

キュロスか!!?
はい!!!

間髪入れずに返事をするのは、軍隊長としての名残か。
キュロスは片足だけで飛び上がると、大剣をグッと構えてドフラミンゴに斬りかかった。

10年間!! お待たせして!!! 申し訳ありませんっ!!!

すっかり油断しきっていたドフラミンゴは、その顔を見た瞬間焦りを感じたがもう遅い。

今、助けに来ました!!!

疾風のごとく迫ったキュロスの手によって、ドフラミンゴの首は無残にも斬り落とされた。その光景にシアンは目を大きく見開き、「うそ…」と呟いた。
あれだけ戦っても決着がつかなかったのに、たった一振りの剣で決まるなんて。シアンはキュロスという人物を知らないだけに、信じられない気持ちでいっぱいだった。

「きゃあーーーっ!!!」
「若ァ〜〜!!!」

ベビー5とバッファローが慌てふためくが、ドフラミンゴの首はボトッと床に落ちてゆく。その様をルフィとヴィオラは廊下で眺めていたが、ついに見つかってしまった。ぐるぐると腕をヴィオラに巻きつけ、ルフィはやっと中に入った。

「真のドレスローザを!!! 取り戻しに来た!!!」

その面はどちらかと言えば悪人のようなのに。キュロスの言葉に、リク王はさらに涙した。

「(あんなにあっさり死ぬなんて…)」

未だに信じられない一心のシアンだが、『ドフラミンゴが死んだ』という事実にホッとしたのだろう。ガクガクと震えていた足に限界がきて、ドサっと座り込んでしまった。血は変わらずドクドクと流れ、その場を赤く染める。
その間、兵士とバッファローがキュロスに向かって行ったが、まるで赤子を捻るように彼は一瞬で倒した。

「バッファロー!!」

ベビー5が叫んだ時だった。

シアン〜〜!! トラ男〜〜!! 助けに来たァ〜〜〜!!!
「っ…ルフィ…!!」

ドドドドド! とルフィが走るたびに砂煙が舞う。麦わら帽子を被った姿は、シアンに何よりも希望を与えた。

「良かった!! 生きてて〜〜!!!」
「!! …ここに用はない筈だぞ、“麦わら屋”!!! 『工場』はどうした、壊したのか!!?」

物凄い剣幕でローは尋ねるが、ヴィオラとルフィはまったく聞いていない。むしろローの手錠の鍵の話でいっぱいいっぱいだった。
やっと追いついたグラディウスだが、ドフラミンゴの首が床に落ちているのを見て動揺してしまう。その隙にキュロスは、リク王を拘束していた手錠を大剣でガキィン!と斬り断った。

「ハァ……!! せっかくだが、おれとお前らの『同盟』はもう終わったんだ!! ハァ…」
え!? お前勝手だな。そういうのはおれが決めるから黙ってろ」
どっちが勝手なんだ!!

ローの海楼石の手錠の鍵を持ったルフィに、ローは荒い息を整える間も無くルフィに告げる。しかしそんなことなど知らないルフィは『黙ってろ』と言って、鍵をさし込もうとした。

「同盟が切れりゃ、また敵同士!! おれを逃がせばお前を殺すぞ!!」
動くな!!! 海楼石に触れねェから、カギ外すの難しいんだ」
「しっかり!!」
「聞いてねェだろお前ら!!!」

遠くから会話を聞いて、クスッと笑ったシアン。ああ、とりあえず一安心だ。――そう気を抜いた瞬間、ボコォン!!、と床が大きく変形する。シアンの体は簡単にポーンと放り投げられた。傷のせいでまともに受け身を取れず、またダメージを負ってしまう。

「…あ!!! 石の奴!!」
「ピーカ!!」

そこに現れたのは、ゾロと対戦中の筈のピーカだった。

「フッフッフ…、想像以上にしてやられたな…」
「!!?」

その声は、ついさっき死んだ筈のドフラミンゴのものだった。ピーカの石でできた手のひらに、ドフラミンゴの首が乗る。

「うわァ!!! ミンゴが生きてるーーーっ!!!」
「若様っ!!!」
「若ァっ!!!」
「…どういう体を!!!」

三者三様の反応を見せる中、ドフラミンゴの顔はもう笑っていなかった。遠くからでもその表情を見たシアンは、ぞくりと己の体が粟立つのが分かる。

「これはマズイ事態だ…!! 『鳥カゴ・・・』を使わざるを得ない…!!」
「!!?」
「なァ…ロー…」
「……………………!!! 『鳥カゴ』を!!?」

在りし日の惨劇を身を以て知っているローはさらに顔を青くし、己の体が一気に冷えさせていく。――さらにもう一人。
シアンもまた、『鳥カゴ』と聞いてガタガタと身を震わせていたのだった。





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