“鳥カゴ”


SMILE工場――。

「どうする!!? “元オモチャ”達がこの工場を攻めて来やがる!!」
「扉の鍵でもねェ限り誰も入れやしねェさ!!!」

人造系悪魔の実、『SMILE』を作っているSMILE工場で働く小人達の監視役達はそう言いながらも、ドキドキと鳴る心臓は正直だ。ガラス越しに外の様子を見ては、騒がしい様子に心も休まらない。
しかし、彼らはここを放って逃げるわけにもいかなかった。

「若様にとってこの工場は『命』!!」
「天井が落ちてきてもキズ一つつかねェ海楼石製!!! ――何より、あの最高幹部二人が守ってくれてる!! 鉄壁の中の鉄壁だ!! 誰に倒せるってんだ!!!」

自分のことでもないのに自信満々に言い切るところを見ると、彼らは子分体質なのか。いずれにせよ、この工場は今回の目的の“要”。その中にいては本当の意味で休まることはないだろう。
ところ変わり、王宮では――。

「早急な対応が……必要だ」
「気味が悪い…!!! なぜ、まだ生きてる!!」

生首が喋っていることに驚きはしたが、キュロスはすぐにダッ!と片足で地を蹴った。だがそのすぐ後ろに、全身無傷のドフラミンゴの姿が。

「首の切り方を、教えてやろうか」
「!!?」

片足を上げ、今にも攻撃体制のドフラミンゴ。

「兵隊!!!」
「キュロス義兄にい様!!」
「こうやるんだ!!!」
キュロス!!!

ドフラミンゴの爪先がキュロスの首元に迫る。堪らずリク王が名を呼んだ瞬間、ズパン! と王宮は真っ二つに切り離れた。
首を狙われていたキュロスは、ルフィの咄嗟の動きに助けられていた。麦わら帽子は、その上スレスレ通過したドフラミンゴの攻撃の風圧によって、頭から離れて首にかかっている。

「麦わら…!!」

忌々しそうにルフィの二つ名を呼んだドフラミンゴ。その姿は二つあった。ドフラミンゴが二人ということは、単純に言えば攻撃も二倍ということになる。ルフィは攻撃される直前にゴムのように跳ねて避けた。

「すまん!! 油断を!!」
「うん!!」

謝るキュロスに簡単な返事をしたルフィは、すぐに戦闘体制に入ってドフラミンゴに向かって行く。

“ゴムゴムの”!!
“武装”!!

しかし、流石は七武海として、ジョーカーとして名を馳せるドフラミンゴ。すぐに身体を武装色の覇気で覆った。
ギア2を使ったルフィは、脳裏によぎるボロボロになったシアンを思い出し、それをドフラミンゴにぶつけるように攻撃する。

JETジェット銃乱打ガトリング”!!!

ドガガガガ! と拳のぶつかる激しい音が空気を揺らす。しかしそんなルフィの背後にまたもう一人のドフラミンゴが現れた。それにルフィが気づいた時にはもう遅かった。
ルフィの背後に現れたドフラミンゴが、指先から出した糸で彼の背中をガシュッと八つ裂きにしたのだ。その衝撃で前のめりになったルフィの顔面に、今度は先ほどまで彼が攻撃していたドフラミンゴの武装した拳が容赦なくのめり込む。まともに食らったルフィは鈍い音を立てながら後方に大きく吹き飛んだ。

「あう!!」
「ルフィ!」

喉の奥から絞り出したようなシアンの声が、ルフィを呼ぶ。

「…効く……」

痛そうに片目をつぶり、額に手をやるルフィ。一瞬にして傷だらけになった兄に、シアンは座っていられないと力の入らない足に鞭を打ってなんとか立ち上がった。

「何だ、あの分身は…」
「糸でできた“操り人形マリオネット”の様ね! あんな技初めて見た」

今までドンキホーテファミリーの幹部として席を置いていたヴィオラでさえ、ドフラミンゴが二人いるという光景は見たことがなかった。

リク王!! 10年前の…あの夜の気分を憶えているか? 愛する国民を斬り、平穏な町を焼いた日!!」
「……!!!」

唐突に切り出されたそれは、リク王にとって人生で最悪の日と言っても過言ではないだろう悪夢の記憶。それを『憶えているか』なんて、皮肉にしか聞こえなかった。

「未だ夜な夜なうなされるわ。憶えていたら何だと言うんだ…!!?」

夜なのに、煌々と燃える赤に染まったあの日。

「誰か、私を殺してくれェエ!!!」

どれだけ泣き叫んでも、愛する国民を斬り裂く手は止まらなかった。
どれだけ目を閉じようとも、愛する国民同士が殺し合う光景が消えることはなかった。
あの日ほど絶望と呼べる日は、きっとこれから先ない――そう思っていたのに。

「これから起きる惨劇は、あんな小規模なものじゃない…」

目の前の悪魔は、何と言った?

「馬鹿な事を!!! 何をする気だ!!? あんな悲劇はもう二度と!!!」
「逃がしてやるよ、お前ら」

立ち上がり、ドフラミンゴに詰め寄るリク王だが、ドフラミンゴはバサっとピンクの羽コートを翻して背を向け、相手にもしない。むしろ『逃がしてやる』と宣った。
いきなり告げられた台詞に、シアンの眉間の皺も寄ってしまう。どういうことだ――そう言おうと口を開いたが、敵の方が早かった。

「ピーカ、邪魔者共を外へ!!!」
うわあああ!!!

また地面が波打ち、シアン達は外に投げ出された。

「ドフラミンゴ…!!!」

落ちながらリク王は上を見上げ、名を呼ぶ。

「これ以上、この国を傷つけないでくれェ〜〜!!!」

涙をためる瞳を見て、シアンはぎゅうっと胸が締め付けられた。こんなにもこの国を想っている人が、どうしてあんなにも国民に嫌われなければならないのか。
――ひた隠しにされた真実が、公にされた虚偽が、この国を覆っていた。

「始まった……!! 『鳥カゴ』だ…!!!」
「……………!?」
「この国の真実が漏れる前に、今この島にいる奴らを――皆殺し・・・にするつもりだ!!!」
え!!?

刃で出来た糸は、やがて島全体を覆い尽くした。――出口は、ない。
それだけでは終わらなかった。広場では海軍の人間がいきなり民家に向かって銃を撃ったのだ。国民も護衛のために持っていたライフルで無差別に撃ち放す。

寄生糸パラサイト

今や、国中がドフラミンゴに操られていた。さらに“王の大地”がどんどん沈んでゆく。

「おい、地面が下がってく! どうなってんだ!!?」
「ピーカだ!! 『石』なら地形でさえ変えられるっ!!!」

王宮はどこか別の方へ移動し、SMILE工場が地下からせり上がってきた。花畑の大地は町を飲み込み、国民同士の殺し合いも止まるどころかヒートアップしていく。――そこはもう、『愛と情熱の国』とはかけ離れた光景だった。
国民の叫び声が微かに聞こえる王宮では、ドフラミンゴは電伝虫の受話器を手に取った。

《ドレスローザの国民達……及び…客人達。別に初めから、お前らを恐怖で支配してもよかったんだ……!!!》

第一声は、国民達の耳を疑わせるには十分すぎるものだった。

《真実を知り…!! おれを殺してェと思う奴もさぞ多かろう!! ――だから、『ゲーム』を用意した…。このおれ・・・・を殺すゲームだ!!》
!!?

モニターにはドフラミンゴの不敵な笑みが映っている。まるで、国中で繰り広げられている“悲劇”を愉快に鑑賞しているようだ。

《おれは王宮にいる。…逃げも隠れもしない!!! この命を取れれば、当然そこでゲームセットだ!! ――だが、もう一つだけゲームを終わらせる方法がある…!!》

誰もが耳を傾ける。逃げ場がない今、ドフラミンゴの言葉を聞くしかないのだ。

《今からおれが名前を挙げる奴ら全員の首を、君らが取った場合だ!!! ――なお、首一つ一つには多額の懸賞金を支払う!!》

いったい、誰が標的となるのか――。ある程度予想のついたシアンは、荒い息を飲み込んで拳をギリリッ…と握りしめた。

――殺るか殺られるか!! この国にいる全員が“賞金稼ぎハンター”!!! お前らが助かる道は…誰かの首を取る他にない!!!

誰かを犠牲にして己が助かる道を選ばなければ、必ず死ぬ。これは、人間の奥底に眠る“本能”を揺さぶられる生きるか死ぬかの“ゲーム”である。





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