全ての元凶には五ツ星を


無数の刃物ですっぽりと覆われたドレスローザは、外側から見れば『鳥カゴ』と呼ばれるに相応しい光景だった。悲鳴は広い海原に吸い込まれ、救いの手はやってこない。
人々はドフラミンゴの仕掛けた“ゲーム”に則るしか道はないのである。

《誰も助けに来ない…!!! この『鳥カゴ』からは誰も逃げられない。外への通信も不可能。外の誰にも気づかれず…お前達は死んでゆく》

物陰に隠れて電伝虫を操作するのはCP-0。必死にダイヤルを回すも、聴こえるのは『ザザ…』というノイズ音だけ。

《暴れ出した隣人達は無作為に人を傷つけ続けるだろう。――それが家族であれ…!! 親友であれ…!!! 守るべき市民であれ…!!》

父が、母娘に刃物を向ける。
男が、大切な友に刀を振りかざす。
海兵が、守らなければならない市民に銃を放つ。
それは、終わらない悪夢だった。

《逃げても隠れても、この『カゴ』の中に安全な場所などない!!! 『鳥カゴ』の恐怖は幾日でも続く!! 全員が死に絶えるが早いか!! お前らが“ゲーム”を終わらせるのが早いか!!!》

地下にあった工場がせり上がったおかげで、地上へと続く道となった大きな穴に向かって、地下でオモチャとして働かされていた者達は一斉に駆け上がる。その光景を横目に見ながら、ロビンは合流した錦えもんに話しかけた。

「さっきのは何の騒ぎ? 錦えもん」
「いや、少々変装しておったら命を狙われた」
「!?」
「(…て!! 鉄の乳バンド!? 異国の文化か…好きだ!!)」
「あ! ウィッカ!!」

ドフラミンゴに変装していた錦えもんはあえなく見破られ、手下達に追いかけられていた。そんな彼はやはりサンジと同類なのか、未だ剣闘士の格好をしたレベッカを見てデレデレと鼻の下を伸ばした。

「ロ…ロビン先輩下僕にして…!! 違う!! 聞ぎでェ事が!!」

くわっと目を見開いてロビンに勢いよく尋ねたのは、“麦わらの一味”の大ファンであるバルトロメオ。彼の目は血だらけで倒れているウソップに釘付けだ。

「あ…あの人の“鼻”、『司法の塔』の旗を撃じぬいたでお馴染みの“そげキング”先輩にそっくりだども…」
「本人よ。ウソップっていうの」
出たーーーっ!!! 仲間一人の為、世界を敵に回した一味に心を撃じぬかれたロビン先輩と合わせで〜〜!!! 『エニエス・ロビー撃じぬきコンボ』だべ〜〜!!!」
「お前、何に興奮してんだマニア野郎!! うるせェなァ!!」
「こんなのに私は腕を……!!!」

『YES!!』と親指を立てて感涙するバルトロメオに怒鳴ったのは、コロシアムの最終決戦でルフィの代わりに“ルーシー”として出場し、賞品の“メラメラの実”をその場で食べた鉄パイプを背負った男――『革命軍』参謀総長、サボ。
シアンとルフィの、もう一人の兄だった。ルフィがコロシアムから出てゾロと錦えもんと合流した際に大泣きしていたのは、死んだと思っていたサボが生きていたからなのである。

《叫べ…恨め!! お前達は『被害者』だ!!!》

彼方此方に火の手が上がり、国は大混乱に陥る。手足が折れても、刀を握る手だけは緩まなかった。緩められなかった。
涙はやがて地面に落ち、まるで雨のように国中に降り注ぐ。その間にも銃声は止む事なく乾いた音を響かせていた。

「……これじゃまるで、十年前のあの夜の事件だ!!」
「やっと…わがった!! リク王様は…リク王軍はあの夜…!!! ドフラミンゴに…!!! 操られてたんだァ!!!

今更分かったところでもう遅い。
十年前のリク王と今の国民達の表情は、まったく同じだった。

「……やめろ…ドフラミンゴ…!!!」

愛する国民の泣き叫ぶ声は、リク王の下にまで届いた。荒い息を吐き、壮絶な表情を浮かべるリク王は「やめろ」と言い続けるしかなかった。

《考えろ…。おれの首を取りに来るか!! 我々ドンキホーテファミリーと共に、おれに盾突く十三名の愚か者達に裁きを与えるか。選択を間違えばゲームは終わらねェ》

空に浮かぶ巨大なモニターには、悪人ヅラを隠そうともしないドフラミンゴの顔が映っている。楽しそうに弓なりにつり上がった口が紡がれるそれは、シアンにはまるで死の旋律のように聞こえた。

《星一つにつき一億ベリー!!! こいつらこそが…!! ドレスローザの『受刑者』達だ!!!》
「「「おおっ!!」」」

〈一ツ星〉
コリーダコロシアム囚人剣闘士(リク王の孫)
レベッカ
海賊『麦わらの一味』
“悪魔の子”
ニコ・ロビン
ワノ国の侍
“狐火の錦えもん”
ドレスローザ元王女
ヴィオラ
海賊『麦わらの一味』
鉄人サイボーグフランキー”

〈二ツ星〉
ドレスローザ元軍隊長
キュロス
海賊『麦わらの一味』
“海賊狩りのゾロ”

〈三ツ星〉
ドレスローザ元国王
リク・ドルド3世
『ハートの海賊団』船長・王下七武海(暫定)
“死の外科医”
トラファルガー・ロー
海賊『麦わらの一味』船長
“麦わらのルフィ”
『革命軍』参謀総長
サボ

〈四ツ星〉
海賊『麦わらの一味』
“剣聖のシアン”


「え……?」

騒めく声が遠のく。自分が賞金首として名前が挙がっていて、しかも数々の船長達を押しのけて四ツ星だなんて…と、いつものシアンなら呆れながら思っていたかもしれない。だが彼女の目は予想外にも精一杯開かれ、ある一点に釘付けとなっていた。見慣れた帽子、懐かしい鉄パイプ、知らない火傷痕。――幾度も呼んだ、彼の名前。

「る、ふぃ…」
「シアン? どうした? 傷が痛むのか!?」
「あれ……」

震える指で示された先を、ルフィは目で追う。それがある人物を指していると分かり、彼は不謹慎でありながらも満面の笑みを浮かべた。

「あァ!! 生きてたんだよ!! サボが!!!」

ぽろり。一粒落ちれば、あとは止まらなかった。次から次へと溢れて地面を濡らしてゆく。もうふたりぼっちだと思っていた世界が、急に色をつけて広がったみたいだ。

「そっか…そっか……!!!」

ああ、今無性にエースの形見であるテンガロンハットをかぶりたい。ドフラミンゴに連れ去られる時に風で飛び去ってしまった帽子を思い出し、シアンは状況も忘れて泣きじゃくった。

「なんで教えてくれなかったの、ルフィ」
「お前ミンゴに捕まったじゃねェか」
「ぐ……!(それを言われたら何も言えない…)」
「またいつでも会えるだろ?」

ニコニコと満面の笑みでそう言われてしまえば、シアンも笑うしかない。うん、と元気よく頷いて、再びモニターを見上げた。まだ『受刑者』達の発表が終わっていない。果たして、数々の功績を残して来たルフィやサボ、ロー、シアンを凌ぐ者とは――…。

《――さらに…、今日おれを…最も怒らせた男がいる…!! お前らをこんな残酷なゲームに追い込んだ全ての元凶!! こいつの首を取った奴には!! 5億ベリーだ!!!

〈五ツ星〉
海賊『麦わらの一味』
“ゴッド”ウソップ


モニターいっぱいに映し出されたのは、ウソップがかっこよく決めている映像だった。しかし忘れることなかれ、これは『受刑者』――もとい、ゲームの標的を知らしめるためのもの。つまり、今地下の港で満身創痍のウソップが一番狙われるのである。

「……た…大変れす! ウソランドが……!!」

小人が呟いた直後、各々得物を持ってオモチャから解放された人間達が一斉にくるり…とウソップを振り返った。どうやら人間に戻してくれたとしても、彼らにとっては『神』から『賞金首』に変わったらしい。それも特上の。

「五ツ星〜〜〜!!!」
「一ツ星二人に、三ツ星も一人いるぞ!!」

ギラリと光る刀を向けられ、ギクッと慌てるウソップ達。

「サボ君どうする!?」
「地上へ出るぞ、全員だ。急げ!!」

サボが素早く指示を出し、小人族達は急いで動けないウソップを担いで走り出した。総員傷だらけだが、走る余力はあるらしい。その足さばきは中々のものだ。

「ゴッド・ウソップ! すまん、死んでくれ〜!!!」
「さ…さ…!! さっきまであいづら、おれを崇めてたくせに゛ィ〜〜!!! ちぎしょー、んに!! 逃げてぐで〜〜!!!」
了解れすっ!!!

ドドドドド! とまるで地震のような足音を轟かせながら地上へと出るウソップ達を他所に、錦えもんはカン十郎を探すために自ら“スクラップ場”へと落ちていった。元オモチャ達はやはり“スクラップ場”に戸惑いがあるのか、それ以上錦えもんを追うことなく別の『受刑者』を探しに行った。

《迷ってる時間はないぞ!! 刻一刻と人間は倒れ、町は燃えていく!!!》

国民達の焦りを募らせるように、ドフラミンゴはわざと状況を伝える。彼の狙い通り、操られていない国民達は『ある方向』へと思惑を誘導させられていた。

「どうする!!? リク王様の“無実”がわかった所へ…!!」
「国民全員でやれば…!! もしかしてドフラミンゴ一人くらい、」
「一人じゃない! ドフラミンゴの首一つ取る為には…二千人のドンキホーテファミリーと戦うって事だ…!!」
「――だが、あの13人にはリク王様も入ってるぞ!?」
「何も……!! 殺さなくてもいい筈だ…。身柄を抑えれば…たった13人!!! やるしかねェ…!! 戦うんだ…」

二千人なんて倒せるわけがない。だったら12人の『受刑者』達の身柄を抑える。その考えに至った国民達は、それぞれ武器を持って『受刑者』を探しに行くのだった。――それこそドフラミンゴの罠だと、誰も気づかずに。
しばらくその場にいたシアン達に合流したゾロだが、彼の電伝虫が突然鳴る。ゾロは迷いなく電話に出ると、発信はロビンからだった。

《ゾロ!?》
「あァ」
《今どこ?》
「ロビンか。――今、ルフィ達と一緒にいる…!! 『王の大地』ってとこらしいが…面倒な事になってきたな……」

ピーカを追っていたゾロ。しかしピーカの持つ能力は厄介らしく、なかなか捕まえられずにいたら忽然と姿を消していたらしい。その後、持ち前のスキル(方向音痴)でルフィ達と合流したのだ。

「ロビンか!? 見たか今の、ムカつくなァミンゴ!! ウソップはなんか大爆笑だしよ」
《何だとルフィ!!》
「レベッカもリストに入っちまってたけど、あいつ大丈夫かな!!」
《レベッカなら…》
《私いるよ、ここに!! ルーシー!?》
「!」

そろそろか。シアンは少し気力が戻った事を確認すると、ゆっくりと立ち上がった。電伝虫からはレベッカの声が聞こえてくる。

「あれ!? 兵隊どこ行った!?」
《兵隊さん!? 兵隊さんも人間に戻ったんでしょ…!!? ねえ、ルーシー――どんな人?》
「ん!? どんな人ってお前っ!!!」

キュロスは一人戦場を駆け抜ける。その顔つきは、かつてのように険しいものへと変化していた。

何言ってんだ!! あの“片足の兵隊”が!! お前の父ちゃんだったんだよ!!! コロシアムの銅像のおっさんだった!!!
!!! …やっぱり……》

いつだって、自分を守ってくれた“片足の兵隊”。
オモチャの彼はいつも冷たくて、温もりなんて感じられなかったけど。彼といるときはとても暖かかった。

「よかったな!! ――今どっか行っちまったけど!! いいかレベッカ!! まだ泣くなよ!! 兵隊は死なせねェ!!! お前も無事でいろ!!! お前が食いたがってた“メラメラの実”やれなくて悪かったけど!! そのかわり、」

歩き始めたシアンを、ローが引き止める。

おれが必ずドフラミンゴブッ飛ばしてやるから!!! おれの仲間のそば離れんな!!!

立ち止まったシアンは、座りながらこちらを見上げるローと目を合わせた。

「何処に行く気だ…」
「どこって…わかってること聞かないでよ」

苦笑したシアンは、乱れた黒髪をくしゃりと握る。どうしてだろう、無性にシャンクスの声が聴きたくなった。ミホークの声が聴きたくなった。
褒めて欲しい。『強くなったな』って。最近じゃあ誰も言ってくれなくなったその言葉を、昔はシャンクス達がたくさん言ってくれたのに。

「成すべきことを成しに」

ギャバンがいなくなってから、空っぽだった。両親にも、ギャバンにも守られて生きてきたシアンは、守る力が欲しかった。だからミホークに酷い目に遭っても泣き言なんて一つも言わなかった。だってもう、守られてばかりは嫌だったから。
父が打ってくれた刀を、使いこなせるようになりたかった。いつか父に、母に、ギャバンに、誇れるように。

「(どうして…今更そんなこと思うんだろ…)」

きっと、サボが生きてるってわかったから。
きっと、ドフラミンゴと決着がつかなかったから。
きっと、まだ戦えるって思ったから。

きっとそうだ。ルフィが、私の知らない女の子と親しくなったからなんて、そんな子ども染みた独占欲のせいじゃない。血は繋がってないけど、ルフィは私のお兄ちゃんなんだから。
きっとあれだ。そのお兄ちゃんがとられたようで、寂しいんだ。
――きっと。





back