「……!! あれは…最高幹部の一人、ピーカ!」
巨人と呼ぶに相応しく、石畳で出来た巨体はガラガラと音を立てながらゆっくりと立ち上がる。その存在感は圧倒的で、国中の視線を集めていた。
「さァ……我がファミリーに盾つく者達は…おれが相手に――」
「声!!! 高ェ〜〜〜っ!!!」
降ってきたピーカの声は、想像を遥かに超えた高さだった。か細いソプラノの音のせいで、ルフィはこみ上げる笑いを堪えようともせずに大笑いする。周りにいた敵からは「し〜〜〜っ!!!」と口に人差し指を添えて静かにしろと言われるが、ルフィは完全にツボに入っていた。
「あっはっはっはっ!! だって、似合わね〜〜っ!!! あっはっはっはっはっ!!!」
「“麦わら”……!!!」
ガタガタブルブルと震えるドンキホーテファミリーの一兵達。ピーカが自身の甲高い声を気にしていることを誰よりも知っているからこそ、ルフィのせいで確実にキレたのは火を見るよりも明らかだ。
あっと思ってももう遅い。ピーカは大きすぎる腕を後ろに引き、パンチの体勢をとる。ただのパンチ、されどパンチ。あれはもはや町が降ってくると言っても過言ではないだろう。
「嘘でしょ……!!」
シアンも必死に射程範囲から素早く去り、ピーカを振り返る。刹那、隕石のような岩が町に降ってきた。ズッドォン! と轟音を立て、町は粉々、地面は揺れ、人なんてポーンとボールのように飛んでゆく。シアンは難なく着地し、再び王宮の大地を目指した。
「どこへ行くんでしょうかねェ……“剣聖”のシアン」
「!!」
土煙が舞う中現れたのは、海軍大将“藤虎”ことイッショウ。その周りには恐らくこの国にいる海軍の中でもトップクラスの者達が集まっていた。
焦りで周りが見えてなかった――シアンはギリ…と歯を鳴らし、鯉口を切る。まだ実力の底を見たことがないイッショウ相手に、どこまでやれるか…シアンは不安を感じながらも、またとない相手に僅かに口角をつりあげた。
「どこって…決まってるでしょ? ドフラミンゴのところにだよ」
「あんたが行ってどうするんですかい?」
「叩っ斬るんだよ!!」
ダッと地を蹴り、イッショウに向かって行くシアン。そのスピードに中将であるバスティーユを始め、他の海兵はついていけなかった。気がつけばガキィィン! と刃と刃がぶつかる金属音が戦場に響く。
連戦で、しかもどちらも強敵であることから、シアンの身体はもうボロボロだった。気を抜いたらそれこそ足が動かないんじゃないか、刀を握る手に力が入らなくなるんじゃないか、シアンはそれを恐れていた。極限状態まで張り巡らされた神経の糸は、シアンの身体を無意識化で突き動かす。
「“
イッショウの懐に潜り込み、強烈な風を生み出して身体を切り刻む。しかし流石は海軍大将を名乗るだけある、目が見えないというハンデを抱えながらもその全てを刀で凌いだ。
「お前さん…なんで“赤髪”の船を降りちまったんですか……?」
「…! …それ、今聞くこと…?」
「お前さん程の
「(…あぁ、そうだよ。まったく…その通りだ…)」
イッショウの言葉にシアンは心の中で頷いた。先ほどからシャンクスに会いたい気持ちを募らせていた彼女にとって、今のイッショウの言葉はまるで毒だった。
声が聞きたい。あの笑い声が、無性に聞きたい。それでも届かないこの想いは、どうすればいい?
「……約束したから。私の兄……ルフィと」
「約束……一体どんな約束で…?」
「『億越えの賞金首になったら、仲間になる』」
「それはまた…傍迷惑な約束で」
今一度、声に出してかつての約束を思い出す。思えば長かった。彼が億越えになるまで、何度ハラハラしただろう、何度シャンクスの元を離れる覚悟を決めただろう。
もう自分は、〈赤髪海賊団〉じゃない。〈麦わらの一味〉だ。敵船の船長の手を求めてどうする。
「……ドフラミンゴのところに行くのはもうやめた」
ルフィの声が、上から聞こえてくる。どうやら無事に王宮の大地の一段目に到達したみたいだ。
だったら私の役目は、ここで海軍を抑えておくこと。
「――ルフィの邪魔は、させない!!!」
・
・
「――は、ァッ…ハァ゙……っ…」
「そろそろ、終わりにしやすか…」
「ま、だ、まだ…!!」
肩で息をするシアン。喉が焼けるように熱く、痛い。もう身体は限界だった。いや、限界を超えてなお酷使してしまい、指一本動かすことすら今のシアンには辛かった。
それでも刀を引かないのは、すべてルフィの、仲間の為。ここで海軍大将を行かせるわけにはいかないのだ。
「鼻で息をし、口で吐け。己の体力以上の運動をしようとすると、口呼吸になって喉に痛みが走り、他のことに注意が散漫する。痛くなった後でも、すぐに鼻で息をするようにしろ」
師の教えを思い出し、シアンはスゥ…と鼻で空気を吸い、口から吐き出す。だいぶ酷使してしまったせいでそれだけでは喉の痛みが取れるわけがないのだが、心は楽になった気がした。
「自信を持て。その黒刀が何よりの応えだ」
「負けるわけにはいかない…ミホーク以外には、負けるわけにはいかないんだから!!」
「!!!」
「“
ブシュッ! とドフラミンゴから受けた傷口が開き、血が宙に舞い散る。再び刀と刀が合わさり、覇気同士が激しくぶつかった。
「私が、勝つ!!!」
「……何があんたをそんなに突き動かしてんですか…?」
「……ただの――」
一度離れ、再びイッショウめがけて刀を振るう。隙のない動きでシアンは敵に一太刀浴びせた。
「意地だよ!!!」
鈍く光る眼差しは、一心にイッショウを貫いた――そのときだった。ボボボボッ! と炎が舞い、シアンの視界を赤く染める。その赤は今まで幾度となく見てきた、大好きな“赤”だった。
「――強くなったな、シアン」
見慣れた黒いシルクハット、金の髪。
昔より少し声変わりした、でもやっぱり聞き慣れた声。
手に持つ古びた鉄パイプ。
「あ……あ…っ…!!」
滲む視界の中、目が合った。優しく微笑む彼の顔には見慣れない火傷痕があったけど、その笑顔はずっと昔に毎日見ていた“兄”のそれだった。
「待たせたな」
「っ……おっ…おそいよ、サボっ……!」
実に12年の時を経て再会を果たした兄と妹。
「…っ…おかえり…サボ!」
「あァ…ただいま、シアン」
今ようやく、役者が揃った。
「まったく…ボロボロじゃねェか」
「こんなの傷のうちに入らないから大丈夫!」
「ハハハッ! エースが見たらブチ切れるぞ」
「ゔ…」
数年ぶりとは思えない軽口を叩きあい、二人は各々武器を構えた。――まだ武器の使い方すらままならない幼少の頃、ポルシェーミを相手に共闘したことを思い出す。
「ポルシェーミよりよっぽど強いぞ…やれるか?」
「誰に向かって聞いてるの、サボ。…こんなの、楽勝だよ!!」
重症なんて感じさせない挑発的な笑みに、サボは目を奪われた。なんて強く、輝かしい眼差しだ。
ニヤ…と笑ったサボが“メラメラの実”の能力を余すことなく披露する。辺りが炎に包まれ、温度が上昇した。
「さすが、おれ達の妹だ!!!」
サボ・シアンVS.藤トラ。
その戦いの火蓋が今、切って落とされた。
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