サボ・シアン vs. 藤虎


「どうしても……どいていただけやしませんかね」

民衆のざわめきも今やどこか遠くに聞こえる。側に控える一兵卒がごくりと生唾を飲み込み、ただ必死に身体の震えを止めようとしていた。
ボボ…と鉄パイプの先が燃え盛り、あたりは炎の海へと化していた。倒れる無数の屍は全て海兵。いつ自分がそうなっても可笑しくないと、一兵卒は卒倒しそうになるのを耐えた。

「――そうだなァ……。海賊“麦わらの一味”及び…それを手助けする戦士達。――それらに危害を加えようとする者を…この先通すわけにはいかない」

サボの台詞に片眉を上げた藤虎ことイッショウは、勇敢な海軍将校や大佐達の真ん中に立ちながら問いかけた。

「海賊の援護は…『革命軍』の仕事ですかい……?」
「そうだとも。『革命軍』として、この道は通さない!! ……いや、間違えた……!! 兄として・・・・……だ!!」
「――ほう、一体どちらのおあにィさんでしょうね」

ああ、こんなときは自分が泣き虫なことを呪う。サボの台詞があまりにも嬉しくて涙を流すなんて、こんな戦場で不謹慎にもほどがある。だけど涙を止める術なんて知らなくて、シアンは泣きながら刀を振るった。

「よせと言うのに!!! なぜ仕掛けたんだらァ〜〜!!! そいつは“自然系ロギア”の能力者だぞ!!!」

サボの戦いについつい見惚れてしまうシアンは、ハッと慌てて己もまた武器を構える。まるでエースがそこに居るみたいに、心強かった。それがエースの“メラメラの実”のせいなのか、それともサボという兄の存在が思い出させるのか――シアンには判らなかった。

「この男……!! 指の力が異常だ!!!」
「“爪”だよ」

サボは海兵の持つ大型の銃をガッと掴んで握力を込めると、銃はいとも簡単にひしゃげた。目の前で起こった現実に叫ぶ海兵だが、潰れた先からボン! と爆発が起き、呻きながらドサ…と倒れた。

「どけい!! お前らじゃ無理だらァ!!!」

中将のバスティーユが己の武器である“鮫切包丁”を構えた。大きな刃が風を切り、より大きな風がぶわりと煙を舞い上げた。

「おれの指は、竜の爪!!!

人差し指と中指、薬指と小指をくっ付けた形はまさしく“竜の爪”だった。本物のドラゴンなど見たこともないが、確かにそうだと認めてしまうほどにそれは忠実に形どられる。

かさ取る権力を引き裂く為の“爪”!!!

ミシッ…と微かに音がして途端にバスティーユの武器はバキン! と真っ二つに折れた。すべて指先だけの力であることに驚きを隠せない海兵達。

「おんどれ!!」
「人間の頭蓋骨くらい、卵みたいに握り潰せる……!!!」
!!?

今度はバスティーユの仮面を掴むサボは、そのまま指先に力を込める。帽子から覗く双眸にバスティーユが恐れを抱いたときだった――イッショウの申し訳なさそうな声色が皆に届く。

「弱りやしたね……」
「ん!?」
「う、うそ……」

イッショウに倣って空を見上げると、遥か上からゴウゴウと燃える岩――隕石が一直線にドレスローザへと降ってきていた。

「“鳥カゴ”とやらが邪魔して…ウチの隕石が切れちまってやしませんか…?」
!!?

イッショウには見えていないはずなのに、彼の台詞は一言一句間違えることなく現状を説明してみせた。ズパッと綺麗に鳥カゴに切られて輪切りにされた隕石は、分散してしまったせいで広範囲に降り注いだ。

「逃げろ!! 隕石だァ〜〜!!!」

その叫びも虚しく、巨大な隕石は辺りの家々を飲み込んで地面とぶつかった。無事だった建物も隕石のせいで崩壊し、人々は逃げ惑う場所すらないようでただ走るしか出来なかった。

「…あちゃあ〜…こらいけねェ。ずいぶん広範囲に……!! 市民の皆さんにお怪我ァねェか…!!」
隕石落とす時は言ってくださいイッショウさんっ!!
「あいすいやせん、落としやした」
やる前っ!!!

なんて恐ろしい攻撃、いや能力だ。シアンは煙を吸い込んでゲホゲホと咳をしながら、バスティーユが倒れている側をコツンと足音を立てながら通り過ぎた。

「(さすがサボ…強い…!!)」

中将クラスをああもあっさり倒すとは、『革命軍』の参謀総長と言われるのも頷ける。

「――ちょうどその“メラメラの実”の先代、頂上戦争で死んだ“火拳のエース”も“麦わら”と“剣聖”の『義兄弟』と公表されていやしたが、お前さんもそうだと?」
「4人で盃を交わした。おれ達には切っても切れねェ“絆”がある……!!!」
「ハタ迷惑な四兄弟がいたもんだ…!!」

ぽたり、ぽたりと落ちる涙のせいで、うまく前が見えない。もっとサボの姿を見ていたいのにとシアンはぐしぐしと乱雑に目をこするが意味はなく、とうとう嗚咽まで口からこぼれてしまう。
ダダンから酒を盗み、森の中で盃になみなみと酒を注いだ。『盃を交わすと兄弟になれる』と不敵に笑ったエースにサボ、ルフィ、シアンは嬉しそうに笑い、四人で盃を持ってガチャーン! と酌み交わした。
――あのときは、四人全員揃っていたのに。シアンは目の前でエースが死んだ光景を思い出し、後から後から溢れる涙を止められないでいた。

「どんな兄弟だ…“麦わら”の兄や妹達は。白ひげんトコの“隊長”と、革命軍のNo.2、それに元〈赤髪海賊団〉の“特攻隊長”!!?」

どよめく海兵達の目は飛び出し、ルフィの家族構成に驚きを隠せないでいた。これで実の父親は革命軍のトップに祖父は元海軍の英雄なのだから、とんでもない。

「覚えとけ…。ルフィやシアンがもしおれに助けを求めたら――たとえ世界のどこにいても、おれは立場を押して駆け付ける!!」

ざわざわと五月蝿い騒めきすら気にせず、サボは海軍大将に宣言した。

「もう二度と……」

もう二度と、エースが死んだと知って記憶を取り戻したときのあんな想いはしたくない。グッと帽子の鍔を掴んで深く下げ、唇を噛み締めた。目の前で大切な兄が死んだ心情なんてその場にいなかったサボが語れるはずもないが、そのときのルフィとシアンの様子を想像するだけで胸が痛む。全てを思い出したとき、ルフィとシアンが生きていると知ったとき、どうしようもなく喜びに打ち震えて涙が溢れた。『生きてて良かった』と、心の底から思った。
後ろからそんなサボの様子を見ていたシアンは、ズズッ…と鼻をすすりながら見守る。一体彼に何があったのか、彼女はまったく知らない。故にかける言葉など思い浮かばなかった。

「これ以上の質問はヤボな様だ…」
「――どうせ興味はねェだろ?」
「その肴に合う酒もねェもんで……!!」

ドン!! と覇気と覇気がぶつかり、周囲にいる者達は耐え切れず吹き飛んでしまう。シアンはぐいっと涙を拭い、サボとイッショウの戦いを、ルフィの進む邪魔されないように周りの海兵達を倒すことに専念した。

「ウラァァァああ!!!」
「腰が引けてるよ…“二ツ舞 テンペスタ!!”

一斉に敵を蹴散らし、シアンは銃に持ち替えてパンパン! と発砲した。しかし盲目なはずのイッショウは刀でキンキン! とそれを退ける。やはり侮れないと、彼女は片目を瞑って嘆息した。





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