邂逅の意味


戦いはますますヒートアップし、互いに荒い息を吐き出す。サボとシアンに挟まれたイッショウは刀を抜いた。ズシッと地面が割れ、重たい空気に押しつぶされそうになる。

重力ぐらびとう!!! 猛虎もうこ”!!!
「「!!!」」

真横に重力がのしかかり、サボは帽子を抑えて耐えるが顔がボッ! と炎に変わる。シアンも地面に刀を突き刺して耐えていたが、ふと視界に入ってきたそれに気づいてすぐさま刀を抜き、重たそうに一歩を踏み出した。

「シアン!?」
「っ……! ユリー!」

後ろからサボが自分を呼ぶ声が聞こえるが、それを無視してシアンが駆けつけた先には、大方この戦いに巻き込まれてのしかかる重力にやっとの思いで耐え忍ぶ一人の男が居た。側には彼にしがみつく女の姿も見える。『ユリー』と呼ばれた男はハッとしたように顔を上げ、驚いたようにシアンを見つめた。

「君はあの時の――!!」
「やっぱりユリーだった…ということは、そっちの人が『エミリア』かな?」

以前見たときは狐のぬいぐるみだったが、隣にいる女性のおかげで『ユリー』だと気づけた。その女性はぬいぐるみ姿のユリーを『人間病』だと言い捨てた人だ。そしてユリーの幼馴染みでもある。

「ゆっくり話したいんだけど…この重力がやっかいで――」

持っていた刀をギュッと握ったときだった。宝箱が開く音が聞こえたのだ。カチャン…と、まるでこのときを待っていたかのように。

「あの子にもその刀を?」
「一族を…国を捨てたとは言え、血は捨てられない。シアンには必ずこの刀が必要となる日が来るはずだ」
「…ほんと、血って厄介なものね。家族の証にもなれば、縛り付ける鎖にもなる…」
「……シアンが一人前になったら、この刀の持つ能力を教えてやらないとな!」
「シアンのことだから、すーぐ貴方を追い越しそうだけど?」
「うぐっ! ……まだまだ負けねーよ!」


知ってる声、知らない会話。

「…おれ達ロイナール一族が打つ刀は、特殊だからな。シアンにはみっちり教えてやらねェとな!」
「そんなこと言って。どうせ手加減しまくるくせに」
「……いや! しねェ!」
「どの口が言ってるのよ…」


特殊。それは刀を自分の意思で消失、出現させることじゃないのか。

こいつの持つ能力の中でも特に特殊…。“空間”を意のままに斬り取り、その斬り取った空間にかかる“悪魔の実”の能力も起こった災害も全てを元通りにする力。建物が崩壊してようが、地面が割れてなくなっていようが関係ない」

ゆっくりと刀を構える。突然シアンが自分達に鋒を向けてきたことにユリーとエミリアは驚いた。遠くで見ていたサボも目を瞠ったが、海軍大将を前にいつまでも意識を他所に向けていられるわけもなく。すぐに迫ってきた刀を鉄パイプで防いだ。

「ほんと、面倒臭い一族ね。だいたい刀にそんな能力があるなんて反則よ」
「その代わりにおれ達は“悪魔の実”を食べれば死ぬんだぞ! 言うなれば、こいつが“悪魔の実”を食べた刀みたいっつーこと」
「なに、私に説明して。知ってるわよそんなの」
「ディ、ディオネにじゃねェよ! シアンにしてんの!!」
「…ふふっ、まだお腹の中にいるのに?」
「あァ。…絶対聞いてる」
「…そうね。だって、そんな難しい話するなってお腹をぽこぽこ蹴ってるもの」
「うっそ!?」
「ほんと」


エミリアは恐れを抱き、ユリーにぎゅっと抱きついた。ユリーも抱きしめ返すが、その目には恐怖の色などなくて。

「ま、空間をずっと斬りっぱなしっつーわけには行かないからな。一つしか斬り取れねェのが難点なんだよなァ」
「充分よ。というか、まだその話続けるの?」
「なんだよ! もう終われって!?」
「あ、ちょうどミオネルが来る時間だわ。身体動かしてくる」
「まっアホか! お腹にシアンがいるんだぞ!?」
「ちょっとよ、そんなに激しくしないわ」
「ダメ! 家にいろ!」


脳内で再生されたそれは、そこで終わった。霞みゆくもやのように頭が真っ白になって、パチンとシャボン玉が弾けた音が聞こえた、気がした。

「ゆっユリー!」
「……大丈夫」

エミリアがユリーに逃げようとせがむが、彼はゆっくりと首を横に振ってそう答えた。視線は真っ直ぐにシアンを見上げ、やがてにっこりと微笑んだ。

「……ばーか」

小さな呟きだった。
シアンは重たい重力が身体を押さえつける中、ゆったりとした動作で刀を動かした。ユリーとエミリアを囲むように空間を斬る彼女は、真四角に刃で形どった後に目に見えない何かをトン…と鋒で突いた。

「こ、れは……!」
「うそ…呼吸が楽に…!!」
「……成功、かな…」

ふう、と脂汗を拭い、シアンは刀を下げた。三人を囲むその場だけのしかかる重力が無くなり、荒れ果てた街並みも元に戻っている。――空間を斬り取ったのだ。

「君は…一体何者なんだ…?」

最初に出逢った頃と似たような質問を投げかけたユリーに、シアンはこの戦場に不釣り合いなほど綺麗な微笑みを返した。

「――ただの、海賊だよ」

そのまま、シアンはユリーとエミリアを逃がすためにサボとイッショウに背を向け、群がる海兵達を退けながらその場から離れた。

「……また、詳しく聞いとかねェとな」
「あんな刀見たことねェですが…何か知っておいでで?」
「さァな…知ってても教えねェさ!」

また、激しい争いが始まった。轟音から少しでも遠ざかったシアン達は、イッショウの能力の範囲外までやってくると落ち着くように一息ついた。シアンは刀の能力を解いて、チン、と鞘に仕舞う。

「ここまで来れば大丈夫だと思うから…。あとはドフラミンゴとか、鳥カゴとかに気をつけてね」
「どうして…そこまで…僕達に、…この国に……」

また戦場に駆け出そうとするシアンに、ユリーは思わず尋ねた。それもそうだろう。ただの海賊が、何故こうも自分達を助けてくれるのか、何故この国の悪と戦ってくれるのか。ユリーには分からなかった。

「ユリー達を助けたのは、ただのエゴ。それに言ったでしょ? ユリーみたいな人が好きだって」
「すっ……」
「それは後付けだけどね。この国と…ドフラミンゴと戦う理由は、いたって簡単。――ドフラミンゴああいう奴が大嫌いだから!」

ニッと笑ってみせると、シアンは走り出した。サボのところに戻って加勢しようかと思ったが、もう今はサボとイッショウの一騎打ち。邪魔立てするわけにはいかない。

「なっ……っ!」

とりあえず走っていると、いきなり後ろから殺気を感じて刀を抜く。するとガキン!とぶつかる音が響き、シアンはそこに居た人物に驚いた。

「ドフラミンゴ……!? なんでここに…!」
「フフフフフ…! 何故王宮に来ない、シアン」
「何故って…あんた、今ルフィと戦ってるはずじゃ…」
「落とし物を見つけてなァ。持ち主を探してるところだ」
「落とし物……?」

ドフラミンゴが目の前に持ち出したのは、見慣れたテンガロンハットだった。ドフラミンゴに王宮へと連れ去られた時には既に無く、シアンがすべて終わってから探そうと思っていた大事な帽子が、あまつさえ敵の手にあるとは思わなかったため、思わずカッとなって「返せ!」と吠えた。

「やっぱりあんたが…! 返してよ!」
「やっぱりとは心外だな。おれァ親切に拾って返しに来てやったのに」
「親切!? よくそんな台詞が吐けるな!」

憎しみの色を即座に瞳に灯したシアンは、スタミナが切れそうなことに気づかぬふりをして、王宮で対面した時のように斬りかかった。またドフラミンゴの糸に塞がれる――そう予想したシアンだが、目の前で飄々と笑う男は構えもせず、むしろ堂々と立っていた。
斬りかかる勢いは止まらない。どうせなら思いきり斬ってやろう。更に勢いの増した刀は、見事ドフラミンゴをバッサリと斬った。
だが、それは糸で作られた偽物のドフラミンゴだった。たちまちその身体は糸に戻り、影も形もなくなってしまう。

「は…!?」
「フフ、フフフッ! 言っただろ? 『返しに来てやった』って」
「なんで、そんな……」
「…気まぐれだ」

なんて、おおよそ彼に似つかわしくない声色で言われてしまえば、シアンは何も言えない。クッと眉間に皺を寄せてドフラミンゴの真意を探ろうとジロジロと無遠慮に観察すると、「王宮で待ってるからな」と本気とも嘘とも取れる台詞を吐いて消えた。
ドフラミンゴが居た所には、大事な宝とも呼べるテンガロンハットが落ちていた。

「……なんだったの…」

刀を戻して帽子を拾う。土埃をパンパンと払って頭に被せると、シアンは本物のドフラミンゴが居る場所を見上げ、背を向けて走り出した。
自分が今やるべきことは、ドフラミンゴに会いに行くことでも、戦うことでもない。この国を守ることだ。





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