ゾロ vs. ピーカ


「ここが、“旧王の台地”…………」

歪な梯子が書かれた壁を見上げ、シアンは一足飛びに駆け上がる。ここにウソップが居るはずだからだ。荒い息を零しながらやっと頂上にたどり着くと、大勢の人がこちらに向かって全速力で走って来た。

「は!?」
「早く逃げろ!! この台地から降りろォ!!!」
「お、降りろ?」
「ピーカ!! 私はここだ!!」
「ピーカって………ゾロが戦ってるはずじゃあ……」
「シアン〜〜〜〜〜!!!」

人並みに呑まれながら状況を把握しようとしていると、自分を呼ぶ声が聞こえた。ウソップだ。彼は登ってきたシアンの存在に気づき、満身創痍の身体で立っていた。その両隣には錦えもん、カン十郎の姿が。侍二人を一瞥したシアンは、人並みを掻き分けながらウソップとこの国の本当の・・・王様、リク王の元へ歩み寄る。

「おま、おばえどご行っでだんだよォォォ!!」
「ごめんってば! ………リク王も、先程ぶりですね」
「生きておったか……」
「さっきはお恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね……っと、お喋りは後か」

なるほど、ここからなら戦況がよく見える。ピーカと騒いでいたのは、彼がここに一直線に向かってきていたからだったのかと納得したシアン。すぐに桜桃を抜刀して、何を思ったのか破った服の切れ端をウソップに差し出した。

「な、なんだァ?」
「これで私の手と刀を縛ってくれる?」
「縛るってお前………」
「……もう、あまり力が入らなくて」

苦笑した彼女の手は、小さく震えていた。ゴクリと唾を飲んだのは、ウソップだけではなかった。ドフラミンゴとの戦いを目の前で見ていたリク王や、窓越しから聞いていたヴィオラ、そして錦えもんとカン十郎も、シアンがどれだけこの戦場を駆けてきたのかを想像することは難しくなかった。
ウソップはズズッと鼻水を啜り、ジワリと浮かぶ涙を堪えてギュッと服の切れ端でシアンの手と刀を固定する。「そういえば……」とシアンは破壊される街並みを見ながら、話を切り出した。

「シュガーをやっつけたの、ウソップって聞いたけど」
「あァ! このおれに不可能はないからな!」
「さすが、〈麦わらの一味〉の狙撃手だね」

ニッと笑ってみせると、ようやくウソップも笑顔を浮かべた。

「リク王……!!!」
ぎゃああああああ
「お前は王じゃない…!!! 王の“器”でもない……!!!」
ああああ手のひらが町の広さだ〜〜〜!!! 町が落ちてくる〜〜〜〜!!!

しかし、ピーカの巨大な手のひらがすぐそこまで迫り、ウソップは先程の笑顔を瞬時に消して今度は白目を向いて叫びだした。シアンはそんなウソップとリク王達を守るように前に立ち、桜桃に武装色の覇気を纏わせる。(………いや)と、シアンはフッと目を閉じて笑う。気配を感じたのだ。

「ヴィヴィヴィ…!!  九山きゅうざん八海はっかい……!! 一世界ひとせかい……!!

空を飛ぶという、とんでもない方法でピーカに向かう人影が一つ。それは真っ直ぐに此方へ近づいてきていた。

千集まって“小千世界”……!! 三乗結んで…斬れぬものなし!! ウヴィヴィヴィ…“三刀流” “奥義”
「10年の誤解がとけ、人望が回復したか…? くだらねェ!! 貴様の様な平和主義者では、国は守れなかったという事実を忘れたか!!!」
「…………!!」

泣き叫ぶウソップが、ガシッとシアンの背中に掴まる。鈍い痛みに呻きそうになったが、不安でたまらないウソップを突き放すわけにもいかず、結局シアンはそのままにしておいた。

「国とは“武力”だ。敵を滅ぼせねェ奴が、王になる資格もない!!!」
「確かに…国を守れなかった私は無能…!! もう二度と王座につく気はないさ」
「リク王!!」
だが…!!

力のこもった声に、シアンはリク王の言葉に耳を傾けた。

“人間”である為の努力をした!!!
!?
殺人を犯さねば生きてはいかんと言うのなら、私は進んで死を選ぶ!!! 殺戮国家に未来などないっ!!!!

戦争をしたくない。国民を傷つけたくない。
あの戦火の中、涙を流して絶望した王は、敵から目をそらさずに己が台詞を言ってのけた。

「国王様!! 我々の王はあなただけです!!」
「ピッキャララ……だから善人は歴史に名を残せない!! お前の様に死んでゆくからだ!!!」
「ああああ!!!」

町の広さ程ある石の手のひらが、“旧王の台地”に迫る。その瞬間――待ち侘びたとばかりに彼の声が聞こえてきた。

“一大・三千” “大千・世界”!!!!
「――お見事」

ズパッと斬れたピーカの形をした大石は、とても綺麗な切り口で真っ二つに。何度も見てきたシアンだから分かる。ゾロがどれだけの修行に耐えてきたか。
ピーカは斬られた石を次々と動き回るが、それでもゾロが目敏く追い詰める。「ゾロォア〜〜〜!!!」と安心して大量の涙を流すウソップを背中に、シアンは気を集中させた。

「出て来い!! ピーカ!!」
「ぐぬ…追いつめて…!! 勝ったつもりか!!?」
「!?」

ズズ…と石から出てきたのは、ピーカの本体。その身体は全身に武装色の覇気を纏っている。

「“石”さえ斬れれば…おれに勝てると思っちゃいないか!!? “覇気”をまとえば斬られやしねェ!!!」

バラバラになった石を足場に、ゾロはタンッと跳んだ。

「叩き落とせばお前の負けだろう!!!」
「――てめェの覇気が……おれの覇気を上回ってたらな」
「!?」

勝負は、決した。

九山八海……――斬れぬ物なし…“三・千・世・界”!!!!

ゾロの攻撃をまともに食らったピーカは「ゴブ!!!」と血を吐いて落ちていく。「堅気に迷惑かけてんじゃねェよ…!!!」と片目で睨んだゾロは、石の瓦礫を器用に跳んで“旧王の台地”の壁に掴まった。

「ぶえ〜〜!!! で、結局残骸落ちて来る〜〜〜!!! 死ぬ〜〜〜〜〜!!!」
「ちょっとウソップ……」
「助けぺ〜〜!! シアン〜〜!! ボロォ〜〜〜!!!」
「(だめだ、パニックで聞いてない。……仕方ないか)」

ウソップを背中に引っ付けたまま、シアンは刀を構えた。

“キィーーーングパァーーーンチ”!!!
二ツ舞 “テンペスタ”!!!

降り注ぐ瓦礫の残骸を排除したのは、プロデンスの王・エリザベローとシアンだった。ゾロはエリザベローに頼んではいたが、まさかシアンもあの場に居たとは知らず、肩で息をしながら笑った。

「…上出来だ」

奇しくもそれは、先程のシアンと似たような表情だった。

「ハァ…ハァ…刃毀はこぼれなし…」

己の刀を見やったゾロは、二年前の修行を思い出していた。

「刀を折られた事はあるか?」
「――まァ何度かな…。おめェにも折られたよ!!」
「“覇気”をまとえば同じ刀でも折れる事はなかった」
「!?」

片手にワインを持って覇気について指南するミホーク。

「シアンの刀は一度も折れた事がないぞ」
「ハァ!? マジかよ……つかお前ら本当に師匠と弟子の関係なのかよ」
「嘘などつくか。 シアンアレは正真正銘おれの弟子だ」

疑った事はなかったが、いざこうしてミホークから聞くと余計に疑いたくなる。何せ世界一の大剣豪だ。その彼が弟子を持っていたなどとは到底信じられる話ではなかった。

「お前がどれだけ疑おうが、シアンとロロノア、比べればどちらが強いかは明白だ」
「…………」
「シアンはおれが一から鍛えた剣士。生半可な修行では追いつくことすら叶わん」
「(…そんなに、おれとアイツの差はデケェのかよ…)」
「刃毀れすら己の恥と思え。全ての刀剣は“黒刀”に成り得る。――それを体得するまで禁酒だ」
「え〜〜〜〜!!?」


死すらも覚悟した事があったあの修行に、「へへ…」とゾロは笑いながら壁を登る。この戦いが終わったらシアンに修行に付き合ってもらおうと考えながら。

「ゾローっ、手を!!」
「大丈夫、傷は受けてねェ…」
「ウゥ〜〜!! ゾロ〜〜〜〜〜!! シアン〜〜〜〜!! あ゛りがどう゛もうダメがど思っだーー!!」
「「 !!」」

ウソップはシアンの背中に張り付いたまま、ゾロに抱きつこうとする。そのせいでシアンはウソップとゾロの間に挟まれることに。「う、ウゾップ、息が、」と苦しそうにするシアンを見かねたゾロが、ウソップを退けながら「喜んでいいのは、この息のつまりそうな“カゴ”が消えた時だろう」と空を見上げた。

「まだあるって事は、肝心の男が倒せてねェ証拠…」
「――しかしヴィオラ様の話じゃ、敵のデカイ戦力はもう…」
「今の勝利であと“三人”に!!」
「いいえ、“二人”よ…。――たった今………!! また一つ、勝敗が決した…!!」





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