ガレキ


「……ねえ」

ヴィオラに声をかけたのはシアンだ。ゾロやウソップ達に見られる中、シアンは空を見上げながらピッとそこに向かって指をさした。

「『鳥カゴ』、収縮し始めてる」
「!?」
「あと………もって一時間、かな」
えーーーーー!? 何でもっと早く教えてくれねェんだよ!」
「私だって今気づいたの!」

まだ背中にのし掛かったままのウソップに答えながら、「ルフィは?」とヴィオラに問いかける。ヴィオラは能力を使いながら王宮の方を見ると、「ドフラミンゴと戦ってるわ……!」と伝える。今までにない激闘を繰り広げているのだろうと、肉眼では見えないルフィの戦う姿を想像しながら、この“旧『王の大地』”に居る全ての人に向かって声を張り上げた。

「このままここにいれば、いずれ『鳥カゴ』が迫ってくる! ひとまずここから降りよう!」
「そうね。戦いが長引けば、この大地もバラバラよ」

カン十郎の能力で作られたハシゴを使って降りることにした一同。ここは国の真ん中だから安全だと思っていたウソップは、この『鳥カゴ』の中心が能力者であるドフラミンゴだと知ると、奇声を発しながらおぶってくれている革命軍のハックに向かって急げと叫ぶ。
これからどうしようかと悩むシアンを、ゾロはガシッと首根っこを引っ掴んで肩に担ぐ。「は?」と一瞬何が起きたか分からないシアンは「ちょ、ちょっとゾロ!? いきなり何すんのさ!」と抗議する。当の本人は「あ? アレ止めに行くぞ!」と走りながら答えた。

「………あれ?」
「アレだよ……あの糸!」
「ああなるほど! って……え、糸を止める!?」

そんな発想がなかったシアンだが、確かにそれしかないと大人しくゾロの肩にいることにした。体力のない自分が走るより、体力バカのゾロに任せた方が速い。途中フランキーにも会ったが、ゾロがシアンに言ったことと同じことを言うと、彼は何かを思いついたように首を傾げた。

「ここで止めよう!」
「工場の奥だね。何で……あァ、刀があった」

刀に武装色の覇気を纏わせると、ゾロ、シアン、キン衛門、カン十郎は一気にガキン!と刀を『鳥カゴ』に押し当てた。

押せェ〜〜〜!!!

国中の人間が『鳥カゴ』を止めようと頑張っているのだ。今ここで諦めたら、それこそ格好悪い。シアンは刀を手に縛ってもらったままの状態で必死に『鳥カゴ』を押した。

「どうでござる!?」
「収縮は遅くなってる!! ……はずだ!!!」
「ぬう! 言われるとそんな気がして参ったでござる!!!」
「てか思ったより収縮速くない!? 気のせい!?」

ガギギギ!!と『鳥カゴ』を押す音に負けないように声を張り上げていると、「ん?」とゾロとシアンは目だけを後ろに向けた。そこにはカツン…カツン…と下駄の音を立てながら歩く海軍大将・藤虎がこちらに向かってきていた。

「藤虎…………」
「てめェ何しに…!!」
「おっと…。――どこのどなたか、あっしにゃ見えやせんが……馬鹿な人達ってのァ放っとけねェモンですね…。微力でござんすが、ちょいとお力添えを……!!!」
「全隊!! 何者かのカゴ押しを援護せよ!!!」
「はっ!!」
「覇気を扱えない者は工場だ!!」
「海軍!!」

まさか自分達海賊に海軍が手助けするなど思いもせず、シアンは目をぱちくりとさせる。次いで「おれ達もやらせてくれェ!!!」と国民達が次々と現れてきて、ますます大所帯に。沸き起こる声援だけでも力は湧いてくる。

「(この声が、どうかルフィに届きますように……)」

今は一人でドフラミンゴと戦っているルフィを思うと涙が出そうになるが、それをなんとか堪えるとシアンはより一層力を入れて『鳥カゴ』を押した。

「力を合わせろ!!!」
『『押せ〜〜〜〜〜っ!!!!』』

――ドスゥ…ン!!
大きな音を立てたそれは、確実に止まった。それは時間にしてみればたったの数秒だったかもしれない。けれど止まったのだ。“死”をただ待つだけの時間は終わった。無駄な足掻きかもしれないが、それでも必死にもがけば希望はある。国民も、海賊も、海軍も。皆が力を合わせてまた『鳥カゴ』を押し始めた。
そうしてどれだけ経っただろう。国内アナウンスが突然響いた。

《さァ皆さん!!! もう少しの辛抱だ!!!》

どこかで聞いた声だとシアンは思いながら、脇腹からぽたぽたと流れる血を横目に必死に歯を食いしばって『鳥カゴ』を押す。そうやって何かをしていないと、どうしてもルフィのことを考えてしまうのだ。

《“スター”は蘇るっ!!!》

アナウンスは止まらない。誰が話しているのだろうと、シアンは意識の端で聞き流していた。

《みな!! お忘れか!! ――いや、忘れるわけがない…!!! 本日コリーダコロシアムの闘技会に!! キラ星のごとく現れた…!! 愉快で…!! 大胆不敵なあの『スター』を!!》
「……………?」

ここで初めてシアンは意識をきちんとアナウンスに向けた。コリーダコロシアムと言えば、エースのメラメラの実につられたルフィが参加していたことを思い出したのだ。結果はその後、ルフィに成りすましたサボが見事勝ち取ったのだけれど。

《私は忘れない!!》
「“スター”ってまさか…(ぼくの事か!?)」

このアナウンスを聞いているのはドレスローザに居る者全員。キャベンディッシュはトラファルガー・ローと一緒にひまわり畑に居たのだが、このアナウンスに綻ぶような笑顔を見せている。

「なァ、トラファル……ガー・ロー!!! いないっ!! え !? どこへ行った!?

それがまさかローが消えるなど思いもしなかった彼は、そのまま辺りを見渡していた。

《誰もが恐れる…殺人牛を手懐け!! 雲をつく様な巨人をなぎ倒し!! 生ける伝説、首領ドン・チンジャオを討ち砕き!! コロシアムを…!! いや、このドレスローザを沸かせた小さな剣闘士!!! ――私は未だかつて、かくも自由で、かくも痛快な試合をする男を見た事がない!!!》

カチャカチャと刀が震える。横にいたゾロはシアンを見ると、刀を持ったままポンと頭を軽く叩いた。

《その名も!! “ルーシー”!!! そう!! 『ルーシー』、またの名を!! “麦わらのルフィ”!!!

ぽたりと地面に雫が落ちる。目深に被られたテンガロンハットの下の目からは、とめどなく涙が溢れていた。ひっく、と嗚咽まで聞こえてきて、「泣くなバーカ」とゾロの軽い口調が降ってくる。

《海賊にダマされ、支配され続けた我々が!! 海賊を信じる事は困難かも知れない!! ――だが、10年前の夜、英雄ヒーロー仮面・・を被って現れたドンキホーテ海賊団ファミリーとは違う。
真の王・・・!! リク王様をもって“希望”と言わしめた男!! 彼は今戦いに傷つき倒れてしまったが…!!! 嬉しさに震えろ、ドレスローザ!! ルーシーはこれを約束してくれたんだ!!! ドフラミンゴの、一・発・K・O宣言!!!!

「そうでもして貰わねェと…もたねェぞルフィ……!!」ゾロは低く呻きながらも、その台詞は完全に己の船長を信じていた。シアンは今のルフィの状態を憂うが、それよりもこのアナウンスをしている男の身の安全が心配だ。ここまで大々的に放送してしまって、彼は大丈夫なのか。ドフラミンゴが殺してしまうのではないか。そう案じたところで此処からアナウンスをしている場所は距離がある。彼を信じるしかない。

《聞こえてるかドフラミンゴ……!!! 王を操り!! 世界を欺き!! このドレスローザに居座った偽りの王!! ――ここが貴様の…処刑場だァ〜〜!!!!

ガタガタと震えながら言い切ったギャッツの台詞に、ドレスローザ中から歓声が沸き起こる。

《コロシアムの生んだスター!!! ルーシーは蘇るっ!!! その瞬間まで――あと、“10秒”!!!》

1秒ずつ進むカウントダウンにつれて、各国の戦士達が次々と倒れていく。かくいうシアンもガクガクと足が震えてきた。意識だって飛びそうだが、ルフィの勝つ姿をまだ見ていないのに倒れるわけにはいかないと何とか踏ん張って『鳥カゴ』を押す。

《どこかで聞いてる!! スターの名を呼べ!!!》
「ルーシ〜〜!!」
「ルーシー!!」
「ルーシー!!」
《3秒前〜〜!!!》
「“2”!!」
「ルーシー!!」
「“1”!!!」

カウントダウンが終わる。シアンはゾロの張り上げる声を聞きながら、目を閉じてそっと呟いた。

「――ルフィ」
「“0”ォ〜〜〜〜!!!」
現れたァ〜〜!!! ル〜〜〜シ〜〜〜ィ!!!!

かつてゴミ山で育った私達。それなのに、こんなにも求められる声が聞こえてくるようになるなんて。シアンはズズ…っと鼻をすすりながら、ガクリと膝をついた。「シアン!?」「だいじょーぶ大丈夫。ちょっと……ほら、力が抜けただけ。すぐ立てるから」刀を支えにして何とか立ち上がり、また『鳥カゴ』に刀を押し付ける。ゾロはその様子を見ながら「一発KOっつったんだ。ならもうすぐだな」と口端を上げて笑う。それにつられて笑うと、シアンは今一度力を入れて血や汗の滲む刀の柄を握りしめた。
ルフィVSドフラミンゴの空中戦も佳境に入る。拮抗した勝負の中、派手に地面に叩き落とされた音が響いた。果たしてそれはどちらか――皆が見守る中、ギャッツの声がまたドレスローザ全土に広がる。

「空を見よ!!! ドレスローザ!!」
「!!?」
「あ…『鳥カゴ』が…!! 消えてく………!!」

随分と狭くなった『鳥カゴ』が、頂点からスー…と消えていく。

《ハァ…消えてゆくのは……『鳥カゴ』か…!! ドフラミンゴの“支配”か!!!

「もう一息…」とゾロが声を出したところですかーっ!と刀が空振り、地面に放り出される。シアンも例外ではなく、受け身も充分に取れずに顔から地面にダイブした。

「ハァ…糸が……消えたぞ……!!」
「……おお…。つまりルフィ殿がついに…!?」
《カゴの外に広がる風景は…切り刻まれた町か…!! はたまた……!! もはや操られる事のない、自由の地か!!》

『鳥カゴ』の無くなった眼前に広がるのは、瓦礫まみれのドレスローザ。あんなに綺麗だった町並みはごっそりと姿を消してしまった。けれど――。

《ハァ…『ドレスローザ国防戦』!! ハァ…。海賊『ドンキホーテファミリー』2千人!! VS. この地に居合わせた『運命の戦士達』……!!! その“大将戦”『王下七武海』ドンキホーテ・ドフラミンゴVS.剣闘士ルーシー!! ひょーひゃ…ひょーぴゃ!! ひょーーひやわ!! ひっく、えぐっひ〜〜…ん……》

泣き声の入り混じる解説に、シアンはぷっと吹き出す。その笑いを聞いたゾロは刀を収めながら晴れ晴れとした空を見上げた。

《ひょ……勝者は…!!! ル゛ゥーーー〜〜〜シィィィ〜〜〜〜〜!!!!

わあああああ!と、ドレスローザ全土に歓声が響く。皆が両手を突き上げてその勝利を喜び、手にした自由を叫んだ。
崩壊する国が必ずしも不幸とは限らない――。この日国の人々は――ガレキの中で喜び…泣いた…!!!

「シアン?」

ゾロはいつのまにか静かになった隣を見やる。すると目当ての人物はうつ伏せになってすやすやと寝ていた。

「ったく……。手当てもしねェで……」

開ききった傷口を見ながら呆れたように呟いたが、その声色はとても優しいものだった。




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