語られる想い出


国中のガレキが上空に集まり、ルフィはついに海軍大将・藤虎と対峙した。彼が目指す『海賊王』になる為には、もう逃げる選択肢なんて存在しない。例え数多のガレキが降り注ごうとも、ルフィがイッショウを無視して船に乗り込むことはしなかった。しかし何せ時間がない。イッショウの攻撃によって吹き飛んだルフィを捕まえた巨人のハイルディンは、〈ヨンタマリア大船団〉の『連結橋』で海を渡る。それでも暴れるルフィに「もうやめてくれ!! 頼むから!!」と懇願する声があちこちから聞こえてきた。
――一方、シアンは。

「フフフフフ……、何しに来たんだ…シアン?」
「敗北者の顔を拝みに」
「随分悪趣味だなァ」

ドンキホーテ・ドフラミンゴが収容されている軍艦に潜り込み、檻越しに対面していた。海楼石の鎖で雁字搦めに拘束され、横向けに倒れているドフラミンゴの前に座りながら、シアンはテンガロンハットを目深く被る。

「どうしてあの時、わざわざ帽子これを届けに来たの」
「気まぐれだって言ったはずだ」
「嘘、ただの気まぐれでアンタが届けに来るわけがない」

一番不可解だったのは、それだった。シアンがエースの形見であるテンガロンハットを大事にしているのは、ドフラミンゴなら確実に知っている事実。それなら帽子を燃やすなり切り刻むなりすれば良かったのに、彼は何もせずに手渡しで返しに来たのだ。

「………目だ」
「目………?」
アイツ・・・と同じ目をしてやがる」
「あいつ、って……父さんのこと?」
「あの野郎じゃねェよ。……ディオネだ」
「か、母さん!?」

ドフラミンゴの口から出てきた名前に、シアンは驚いてガシャン!と檻を掴んだ。その反応が愉快なのか、檻の中の男は独特な笑い声を響かせる。

「ずっと知りたいと思ってた。ドフラミンゴ、アンタは……父さんと母さんとどういう関係だったの?」

無意識に檻を掴む手に力が入り、ジッとドフラミンゴの応えを待つ。真実を話してくれるのか、それとも嘘か――。ゴクリと生唾を飲み込んだ時だった。

「おれァもう、生きて外に出られるなんざ思ってねェ」
「………でしょうね」
「その前に一つ、昔話をしてやろうか?」
「それ、どういう風の吹き回し?」
「フフッ、フフフフッ! 言っただろ、『気まぐれだ』って」

彼の声色が変化した事にシアンは気づいた。するりと檻から手を離し、また椅子に腰掛けて聞く体制になる。ドフラミンゴは見えていなくても音だけでそれを察し、その声色のまま語り始めた。

「ヘリオス・ロイナールが“幻の海賊団”と言われる前、つまりアイツがまだ海賊になる前だ。アイツはおれが経営するヒューマンショップで奴隷として存在していた。その後、その整ったツラに女の天竜人が気に入り、アイツは天竜人の奴隷になった」
「天竜人の奴隷って………」
「そこで受けた仕打ちは、シアンなら想像も難しくねェだろう」
「………………」
「そこからはお前も聞いたことくらいはあるはずだ。聖地マリージョアを襲撃し、奴隷を解放したフィッシャー・タイガーのお陰で、ヘリオスは長かった奴隷人生から逃げ出した」

壮絶な過去にシアンは笑う父の顔を思い浮かべた。太陽のような人だった。そんな人が天竜人の奴隷として生きていた時があったなんて――。

「逃げ出したは良いが、何せ奴隷としての生き方が身に染みちまってる。行く先々で気味悪がられ、殴られ、メシすら食えねェ。そんな時に出逢ったのが、シェイナ・ディオネ――お前の母親だ」

かあさん、と音もなく呟かれた。知らぬうちに両頬は涙で濡れ、喉は引き攣って声が出ない。ドフラミンゴはそんなシアンに構わず更に話を続けていく。

「ディオネはヘリオスの『奴隷としての生き方』を受け入れ、そして一から『生き方』を教えた。それからしばらくして、ヘリオスはディオネと二人で海賊を始めたんだよ」
「どうして海賊に?」
「――“自由”がある。そう言っていた」
「……すごく詳しいけど、ドフラミンゴが父さんと会っていたのってヒューマンショップなんでしょ? どうしてその後のことも知ってるの?」
「あ? おれがいつヒューマンショップで最後って言った?」
「えっ!? じゃ、じゃあ――」
「アイツがディオネと出逢った後も、海賊になった後も、おれは会ってた。……いや、おれはじゃねェ。アイツが会いに来てたんだよ」

ドフラミンゴの返事にシアンが頷いた。そこへ足音が響いた。だんだんと此方に近づいてくるそれに、シアンは慌てて立ち上がって逃げる準備をする。最後にドフラミンゴに礼を言おうと檻に近づくと、彼は「シアン」と彼女の名前を呼んだ。

「ヘリオスもディオネも、お前のことを………」
「……ドフラミンゴ?」
「愛していた」
「――!」

まさかあのドンキホーテ・ドフラミンゴの口から『愛している』という台詞が出てくるとは思わなかったシアンは、瞠目して弱々しく檻を掴む。ドフラミンゴ、と呼びかける彼女の声は震えていた。

「ありがとう。……私、アンタのこと嫌いだったけど……今は嫌いじゃないよ」
「フッフッフッ! ならもっと優しく勧誘すれば良かったかァ?」
「冗談。絶対行かないわ」
「シアン」
「なに? 私もう行かないと――」
「おれを倒したことで、カイドウはお前らに標的を定める」
「……承知の上だよ」
「そうなったらもうイルレオーネ島には行けねェぞ」

いつの間にか足音が聞こえなくなっていた。それに疑問を持つよりも、シアンにとってはドフラミンゴとの会話で頭がいっぱいだった。

「どうして、それを………」
「………じゃあな、シアンチャン」
「待って! それだけ話をする間柄なら、なんで王宮であんな言い方をしたの!? あんな、あんな屈辱的な……」
「……特に理由なんてねェよ」

それきり何も話さなくなったドフラミンゴに諦めたシアンは最後にもう一度礼を言い、軍艦から抜け出した。ルフィ達がどこにいるかなんて聞いていないが、騒ぎがあるところにルフィ有り。じわりと滲む涙を拭いながらシアンは走った。

「お前さんにしては長話だったね」
「……おつるさんか」
「良かったのかい? ヘリオスのことを教えて」
「いつかは知ることだ。脚色されたり捻じ曲げられて知るより、おれが教えた方がよっぽど良いからなァ」
「おや、優しくなったもんだ」
「フフフッ、フッフ……おれはアイツに対しては優しかったつもりだぜ?」
「そうかい」
「おつるさんよ」

ジャラリ…と鎖が床に擦れる。つるは先程までシアンが座っていた椅子に腰掛け、ドフラミンゴの言葉を待った。

「イルレオーネ島に海軍を回してやってくれ」
「………わかったよ」
「表立って回すんじゃねェよ? カイドウにバレたら元も子もねェからな」
「わかってるよ。それにしても……あのドフラミンゴが気にするとはね、それほどあの子が大事なのかい?」
「………別に、寝覚めが悪いだけだ」

ドフラミンゴの脳裏に浮かぶのは、まだ赤ん坊のシアンがヘリオスに抱かれながら自分に手を振る光景だった。あの、幻想的で美しい島で。

〈ヨンタマリア大船団〉の船上では、世にも珍しい『子分盃』が交わされた。自由で勝手なルフィに、子分となることを決めたバルトロメオ率いる7人の男達も勝手に盃を交わしたらしい。その後すぐに始まった宴に、皆が戦いで負った傷を忘れて楽しんだ。

「そういやシアンはどこだ?」
「見てないわね」
「もしかして、まだドレスローザにいるんじゃねェか!?」
「“剣聖屋”なら確かに見たが、おれより先にこの船に居るはずだ」

自分よりも先にセンゴクと話していたことを知っているローは、彼女の後を追ったのだからこの船にいるはずだと思っていた。しかし実際どこを探してもいなくて。シアンの姿が見えないことに途端に不安になったルフィ達は、酒を置いてどこだどこだと探し始めた。すると海を見ていたウソップが「ん? んん〜〜? ……いた! あそこだ!」と双眼鏡で遠くを見ながら指を差した。皆がギュウギュウとウソップの元に集まって双眼鏡を奪い合う。レンズ越しに見えたそこには、確かにシアンがストライカーに乗って此方に向かっていた。

「シアン〜〜〜〜!!」
「ルフィー! みんなー!」

自分を見る姿に気づいたシアンが、片手をブンブンと横に振って応える。降り注ぐガレキを華麗に避け、ルフィ達が乗る船に到着した。
ストライカーを引き上げてシアンも船に乗り込む。既に始まっていた宴に苦笑いしつつ、ルフィの無事な姿にホッと息を吐いた。

「シアン!! お前どこ行ってたんだ!?」
「書き置き残してたでしょ? 海軍に用事があるから、後から船に向かうって。そしたらもう船が出てたからびっくりしたよ」
「ストライカーを持って行っていたのね」
「いや、私が用意したんじゃないんだけど……」
「おれが出しておいたんだよ」
「フランキーが?」
「すこーし修理しておいたからなァ。どうせなら乗る機会があるかと思って出したんだが、結果オーライだったみてェだな」

フランキーのお陰で船に乗れたことに、シアンはお礼を伝える。もちろん修理してくれたことも含めて。
場所は変わり、〈ヨンタマリア大船団〉から〈バルトクラブ海賊船〉に移ったルフィ一行は、船首がルフィの形をしている船“ゴーイングルフィセンパイ号”に乗って『ゾウ』へ急ぐ。ニュース・クーの新聞を読んで情報収集していたゾロは、何かに気づいたようにルフィを呼んだ。

「おいルフィ、どうやらおれ達懸賞金上がってんぞ?」
「えーーー!? 本当か!?」
「あれま! ご存知ねがったですか!! じゃ、おれの部屋に手配書あるんでどーぞどーぞ」
『『どうぞ!!』』

レッドカーペットまで敷いてルフィ達を自室に招くバルトロメオは、ついでのようにローの懸賞金が『5億』に上がったことを伝える。当の本人は額なんてどうでもいいようで、興味のかけらすら無かった。シアンもどちらかと言えばロー寄りなのだが、ゾロが見逃さなかった。ガシィ!とシアンの手首を掴んだゾロは、そのままレッドカーペットを歩く。バルトロメオの自室に入ると、そこには額入りで〈麦わらの一味〉の手配書が飾られていた。

「全員上がってるね」
「おれ5億だぞ! シアン!」
「すごい上がったねぇ」
「シアン……おま、お前……はち、8億って!!」
「特に何もしてないんだけど……(この上がり方はおかしい……)って、え、ちょっと待って!」

サンジの手配書を指差しながら、シアンはある文字を読み上げた。

「これ、『ONLY ALIVE』って……」
「ん…? 生け捕りのみ…??」

一難去ってまた一難。どうやらもう既に難は降ってきているらしい。




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