“ゾウ”


人間の頭程ある雹が降ってきたり、航海士がいない所為で行き先がめちゃくちゃになったり、何故か田舎のおばあちゃんの知恵を披露したりと、穏やかではない海を航海して一週間――。濃い霧に包まれながら、〈ゴーイングルフィセンパイ号〉は“動く山”を見つけた。

「ここが『ゾウ』って島!?」
「いや、おかしいべ!!!」
「コレはマズイ!! 逃げるぞ、旋回ィ!!!」
「いや、ココ・・でいいんだ」
「まさか、『ゾウ』って……」
「トラ男お前、コレ……!!!」

皆が空を見上げ、口をあんぐりと開けて目を瞠った。

“象”じゃねェか〜〜〜!!!
「――あァ、『ゾウ』は巨大な象の背に栄えた土地の名だ」
えええ〜〜〜!!? 生きてんのか!? コレ!
「常に動き続け…、一定の場所には存在しない幻の島…」
「なるほど。“陸”じゃないから、“記録指針ログポース”では辿り着けないんだね」
「あァ、おれも来るのは初めてだ。“剣聖屋”は?」
「私も初めてだよ! 来る機会なんてなかったからね」

巨大な象の後ろ姿を眺めながら、シアンは久し振りにワクワクした気持ちを感じた。それを横目で見たローは、キラキラと瞳を輝かせるシアンに驚いた表情を浮かべる。こんな風に頬を染めて喜びを前面に出す彼女を、ローは〈麦わらの一味〉と同盟を組んでから、否、ロイナール・D・シアンと出会ってから一度も見たことがなかったのだ。

「じゃあ、あの象が背を向けてるって事は、サンジ達はもう随分と早くに着いた可能性が高いね」
「私達は遠ざかる象を追いかけてたのね…」
「ああ、上陸の準備をしろ。食糧を分けてくれるか」
「何でおめェに!!」
「麦わら屋に分けてくれるか」
食糧庫の全てを持ってってくれ!!

『ゾウ』には人を嫌う種族・『ミンク族』が住んでいるらしい。ローの話を聞きながら、シアンは国の歴史が1000年もある事に更に驚いた。

「………………!! ………じゃあ、あいつは1000年も生きてる象なのか!!?

流石のルフィも、1000年は予想外だったらしい。そもそも『ゾウ』と言う島が本物の『象』だった時点で、度肝を抜かれているのだが。

象の足に近づくと、そこにはサニー号が海に流されないように鎖で繋がれていた。バルトロメオ達がサニー号に向かって拝む中、ルフィは先に着いている筈のサンジ達の名前を叫ぶが、返事は無い。船内に姿も無く、全員が既に上陸したのだと判断した。
バルトロメオ達の別れの言葉を無視して、カン十郎が船の甲板に絵を描き始めた。ミミズか、ヘビか、トカゲかと皆が予想しながら見守る中、カン十郎は「出でよ!! “昇り龍”っ!!!」と言った。まさか誰も予想していなかった“龍”に、ゾロ達は驚きを隠せない。ただ一人、ロビンだけは心の中で(かわいい)と頬を赤らめていたが。

「じゃあな、“ロメ男”達。送ってくれてありがとう!!」
「(え……今!! おれの名を……!!?)」
「よかったですねー、ボス!!」

ルフィの適当なあだ名に大感激したバルトロメオは、“昇り龍”の背に乗って象の足をゆっくりゆっくりと登るルフィ達に向かって、大きく声を張り上げた。

「こ…こ、こづらこそ!! ありがとう存じます〜〜〜!!! どうかお気をつけて行っでら゛っひゃいばぜェ〜〜〜〜!!!」
「お前らもな!! またな〜〜!!!」

かくして一行は、幻の島『ゾウ』の頂上を目指す――。

「ん〜〜……」
「どーしたー?」
「いやァ、銃の手入れしてないからいつジャムるか心配で……」
「ふーん」
「ほんっと興味ない事には適当な返事するよね、ルフィは。自分から聞いたならもう少し興味持ってよ!」
「まだてっぺん見えねェ。サンジ達どうやって登ったのかな」
「もーやだ!」

完全にシアンの話をスルーするルフィのマイペースさに頭を掻きむしりたくなるが、今この龍から手を離せば海へ真っ逆さまなため、空を仰いで吠える事しか出来ない。それすら気にしていないルフィは、「そういやお前ら、何でゾウに行きてェんだっけ」と錦えもんとカン十郎に尋ねた。

「そうでござるな、おぬしらは恩人。いずれ全てを話せばならぬが……!! まずは安心させてくれ…!!」
「(安心?)」
「ウム……、『ワノ国』を出てこの『ゾウ』こそが我らの目的地!! モモの助は無事であるか――また、海上にて逸れたもう一人の同心…『忍者』の“雷ぞう”は…無事にこの島に着いておるか、確認したい!!」
え!!? ニンジャ!? ニンジャなのか!!?
「いかにも!!」

男連中が『忍者』というワードに目を輝かせ、後方にいる錦えもんとカン十郎を振り返る。力強く頷く錦えもんに更に質問しようとしたが、前を向いていたロビンとシアンがそれ・・に気づいた。

「るっルフィ!」
「ん?」
「上を見て、何か降ってくる!!」
「ん!!?」

シアンとロビンに言われ、ルフィは急いで前に向き直り上を見上げる。

うわ!! 何だァ!? ありゃ………!!!

ひゅるるるるると降ってくるそれは「エテテテテ!」と言いながらルフィ達に向かって真っ逆さま。「えて?」と驚きながらもその声を真似するルフィに、何も気づいていないカン十郎は「そう、雷ゾウはテテテテ走る忍者でござる」とまだ雷ゾウについて話している。

「危ねェ!!! よけろォ〜〜〜〜!!!」

降ってくる謎の物体を右に身体をそらす事で避けたルフィ達だが、事態を全く把握していない錦えもんとカン十郎は何故かこの状況で「だ〜〜れだっ!」と目隠しをしながら遊んでいる為、謎の物体に気づかず錦えもんに直撃。「どへェ〜〜〜っ!!!」と間抜けな声を上げながら二人は龍から落ちてしまった。(ただのバカだ……)とシアンは思いながら、戻るように龍に声をかける。それにゾロも続いて言うが、「ゼェ…ゼェ…」と荒い息を吐き、たまに咳き込む姿を見てしまえばもう何も言えない。
いつのまにか龍は“りゅーのすけ”と名付けられ、ルフィ達に励まされながら足を登りきった。りゅーのすけは役目を終えたと言わんばかりに微笑み、スー…っと絵へと戻った。夕陽に向かって「りゅーのすけーー…!!」と叫ぶルフィ達だが、ゾロとローは「茶番だ」「ただの下手な絵だろ」などと切り捨て、さっさと先へ進もうとする。

「得体の知れねェ土地だぞ、振り返るな。――常に前方に注意を払え!!!」
「あれが国の門か……大きいねェ」
「ゾウの背に……しっかりと文明がある」
「物見やぐらもあるが、見張りはなし…。国としちゃ手薄だ」
「淡白な奴らめ」

二人に倣ってシアンも周囲を警戒しつつ観察する。そこへ「おーーいウソップ、来てみろ、すげーぞ!!!」と、いつの間にか物見やぐらに登っていたルフィが大きく手を振る。

「面白ェなーー!!! 千年生きるでっけェ象がいて、その背中に国があるなんて!!!」

遅れてウソップもルフィのいる物見やぐらへ登ってきた。二人は高い場所から見下ろし、眼前に広がる光景に感嘆した。

すげェな!!! これがゾウの背中かァ!!? 森があって、川もあって!! 町もあるぞ!!!
「確かにすげェ。完全に“島”だ!!! でもあの町……!! 何だか……」
「ひゃっほー!」
「あ!! ルフィが飛んだーーー!!
「――でしょうね」
「“マユゲ”はいるか?」
「いや、さすがにここからは!」

好奇心の塊であるルフィを留めておくなんて不可能だ。最初から諦めていたシアン達はすぐに追いかけようとはせず、他の仲間を探すことに。下に落ちて行った錦えもん達の目的地も此処、“ゾウ”だったから、待たなくても大丈夫だろう。それにいくら広いと言っても大陸ではない。いつかは会えるだろう。

「飛び越えなくても門は開いてる」
「開いてんじゃねェな。これは…誰かにこじ開けられてる」

シアンは一味の最後尾を歩きながら、破壊された跡が色濃く残る光景に眉を顰めた。ぶにぶにと変な感触に感動する余裕もないが、それを他の仲間に悟らせるような真似はしない。時折話しかけられた時は余裕のある表情を浮かべて返事をするが、内心は動揺や不安でいっぱいだった。

「(“記録指針ログポース”で辿り着くことの出来ない島なのに……、誰がここに来た? 一体何の目的で? しかもこの荒らされ方……)」

ジッと見ていて分かった。これはごく最近の爪痕だ。つまりこの国は自分達が訪れる一週間、二週間前に滅ぼされたのだ。
目に映る光景が、自分の生まれた島と被って見える。風景は全く違うのに、荒らされ、踏み躙られた悲惨な有様は何処と無く似ている。今はもう復興しているらしいが、センゴクの話からすると――…。

「カイドウ………!!」

誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟かれた名前だが、その声色には憎しみの色がこもっていた。

「――!」

のんびり歩いていた一味の足を止めたのは、一瞬の違和感。ロー、ゾロ、シアンは己の得物に手を添え、フランキーは上空を睨む。

「任せろ…」

ゾロがギロッと前方を睨んだ時だった。何者かが凄まじいスピードで迫って来たのだ。それに即座に反応したゾロは刀を抜いて振るうが、兎の耳に尻尾まである女は空中でふわっと浮いて、彼の攻撃を避けた。その動きを目で追っていたシアンは驚き、咄嗟に銃を取り出して引き金を引く。しかし銃口から弾丸が出ない――弾づまりジャムだ。

「くっそ! こんな時に!」

メンテナンスをしていなかった自分を恨みつつ、もう一丁の銃を手に取ろうとしたが、それよりも先に「待て!!!」という声が駆け抜けた。

「やめるのだ!! キャロット!!」

兎の女キャロットに呼びかけながら森をバキバキと破壊して現れたのは、巨大なワニ。それに跨る犬耳の女はワニの手綱を握りながら、さらに言葉を続けた。

「そティアらはよいのだ!!! それより今、“くじらの森”に侵入者が!!」
「わァ!!! 喋る動物!!?」

「ミンク族だ」と呟くロー。その横で喚いていたウソップがある事に気づく。

「あれ!!? ……あ!!! あの服!! ナミの…」
「!!」

キャロットの攻撃を受けたゾロは、一瞬電気が走った事に冷や汗を流しながら構えを解かず、いつでも応戦出来るように腰を低く落とす。現に今も彼女の手からはパチパチ…!!と電気が走っている。

「“くじらの森”に侵入者!?」
「ええ、マズイ事に!! 侠客団ガーディアンズ”を怒らせてしまう!!

近くで見るとより大きいワニ。それに跨る喋る犬耳の女。人間なのか動物なのか、動揺する声を上げるフランキー。

「お…おい!! お前ェ!! その服・・・一体どこで手に入れた!! ナミに何をしたんだ!!?」
食人族かしら
「コエー事言うなァ!!!」

するとキャロットが空高く跳んだ。その跳躍力に目を瞠るシアンを他所に「どうだ!? 見えるか、キャロット!!」と声をかける犬耳女。

「見えた!! ――ちょっと手遅れかも…!! “クラウ都”より一直線!! “くじらの森”で諍いが!!」
「やはりか!! 急ごう、ワーニー!! 乗れキャロット!!」
「はいっ!!」

どうやら敵もこちらに構っている暇がないらしい。しかしここでミンク族を逃すわけにはいかないと、シアンは走り去る巨大なワニを追いかけて銃の引き金を引く。命中はしなかったがどちらかの頬に掠ったらしく、宙に数滴の血が舞った。

「ワンダ! 大丈夫!?」
「大丈夫だ! 今ゆティア達を連行しているヒマはない!! 指示に従え!! ここより右手“右尻ウシリーの森”を進み、闇深き沼を左折! “右腹の森”へ行け!! ゆティアらの仲間の死体・・がそこに!!」
!!? えェ〜〜〜〜〜〜っ!!?
「“右腹の森”で待て!! 私達も後で向かう!!」

爆弾発言を残して去ってしまった二人のミンク族とワニ。残されたシアン達はこれからどうするかを話し合っていた。

「うわああああああ〜〜!!! あいづらが殺されだ〜〜!!!」
「死体が残っているという事は、食べられていないという事ね…」
「そういう問題じゃねェ!!! フザけんな!!!」

一人泣き喚くウソップを宥めるのはゾロだ。彼はサンジがいるのだから殺される様なヘマはしないと言う。

「そうさ、あいつらが簡単に死ぬタマか!! おれ達を動揺させ、誘導するワナだ!!」
「――ええ、全く信じ難いわ」

ロビンがローに仲間との連絡手段を聞いているのを横目に、シアンは弾づまりした銃をガチャガチャと弄っていた。それに集中しすぎてゾロ達が町へ行った事なんて知らず、気づけばその場に一人ポツンと立ち尽くしていた。

「…………あれ?」

キョロキョロと周りを見ても誰もおらず、音もしない。もしかすると先程の犬耳の女が言った通り“右腹の森”に行ったのかと、シアンは銃を弄りながら一人でトボトボとそちらへ向かった。




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