滅んだ国の真実


風呂の外には、ワンダ――数刻前に対峙した犬耳女が待機していた。まさかワンダが彼女だとは思わず、シアンはあっと声を出すと勢いよく頭を下げた。

「ごめんなさい! あの時はいきなり撃ってしまって………」
「構わないよ。いい腕だ」

頬に一筋の線が入った患部を見てしゅんと肩を落とす。腕が褒められるのは嬉しいことだが、素直に喜べなかった。そんな落ち込んだ彼女をワンダはくすりと笑い、服を選んでもらうために衣装室へと連れて行く。中に入るとそこには所狭しと和洋問わず服が並べられていた。これには落ち込んでいたシアンも思わず顔を上げて目を輝かせてしまう。

「好きな服を選んでくれて構わないよ」
「いっいいの!?」
「もちろん」
「!」
「改めて、私はワンダ。あの時は言葉が足らず、すまなかった」
「私はシアン! こちらこそ、なりふり構わず撃ってごめんね」

互いに頭を下げると、目を合わせてくすくすと笑い合う。時間をかけて服を選ぶと、それを着てネコマムシ達のところへ戻った。
道中では、シアン達がゾウに来るまでの間、何が起こったのかをワンダから聞いた。

「ジャックって……」
「カイドウの腹心である男だ」

ワンダの後ろをついて行きながら、シアンはジャックとカイドウという男の名を聞いて、彼女に気づかれないように奥歯を噛みしめる。自分にとって因縁深い海賊団が、まさかゾウを滅ぼそうとしていたとは。
黙り込んでしまったシアンに気づいていながらも、ワンダは話を続けた。まだ重要な話が残っているからだ。

「蔓延したガスによって、私達は死を待つだけだった。そこへゆティアの仲間であるナミ達が駆けつけ、助けてくれたのだ。……このような奇跡がなければ、私達は確実に、滅んでいた」
「そうだったんだ……」

ガスの出所は間違いなくシーザーの仕業だろうと踏んだシアンは、とりあえず合ったら一発殴ることを心に決めた。
これで話は終わりだろうと思い、「辛いのに話してくれてありがとう」と礼を言うと、ワンダは拳をグッと握りしめて足を止めた。自然とシアンの足も止まり、「ワンダ?」と彼女の背中に呼びかける。

「! わ、ワンダ?」
「すまないっ……すまない!」

ワンダは急にくるりと振り返り、シアンに抱きついた。首に手を伸ばして耳元で謝り続けるワンダに混乱しながらも、まずは落ち着いてもらおうと彼女の背中に手を当ててポンポンと優しく叩いた。

「どうしたの?」
「わ、私も詳しくは知らないのだが…。二日前のことだ。ペコムズともう一人他の仲間がやって来て、サンジとシーダー・・・・が連れて行かれたんだ」
「シーダー? ああ、シーザーか……って、はァ!? シーザーは分かるけど、なんでサンジまで…」
「それは分からない。詳しくはナミに聞いてくれ」

そう言いながらも責任を感じているらしい、ワンダは涙を流しながらまた謝った。

「これにワンダ達は何にも悪くないよ。謝る必要無し」
「っ…………」
「ね? ほら、もうネコマムシのところに着いちゃうよ。泣き止んで!」
「……ゆガラらには敵わんな」

笑顔を浮かべて涙を拭ったワンダは、ネコマムシがいる部屋の扉を開けた。

「ただいま……ってあれ、ロビン!」
「無事に此処に辿り着いてたみたいでよかったわ、シアン」
「返す言葉もございません………」

項垂れるシアンを見て可笑しそうに笑うロビン。そこへチョッパーが「サンジのことは聞いたか?」と不安そうな顔で尋ねる。

「あまり詳しいことは聞いてないんだけど、…一体誰がサンジを連れて行ったの?」
「たしか……カポネ・“ギャング”ベッジってやつだったような……」
「“最悪の世代”の一人……。ちょっと待って、ベッジってビッグ・マムの傘下に入ってなかった?」
「そうなんだよ! サンジのやつ、ビッグ・マムの娘と結婚させられちゃうんだ!」
「は……………え、っえ、結婚〜〜〜〜!!?

驚きで目を見開き、声も大きくなってしまったが仕方がないだろう。想像もしていなかった答えが返ってきたのだから。その後、チョッパーの口から語られたサンジのファミリーネームや過去にシアンは開いた口が塞がらなかった。

「まさかサンジの家族が……あの“ジェルマ66”だったなんて……」
「私もさっき知って驚いたわ。あの“悪の軍隊”が実際に存在していたなんて」
「サンジはどうして教えて――いや、知られたくないこともあるよね」

それにしても、あの“戦争屋”に生まれたとは思えない程優しい性格のサンジ。特に料理なんて戦争とは真反対のそれなのに、どうして彼は料理人になったのだろうか。
しかしどれだけ考えたってその答えはサンジしか持っていない。すぐに考えることをやめたシアンは、このことはルフィも知っているのかとチョッパーに聞くとうんと頷く。となると、ルフィの今後の行動にも予想がつく。

「ルフィは?」
「ペコムズのところにいるぞ!」
「ちょうどいいぜよ。わしらもすぐに向かうきに!」
「バカ! お前はまだ安静にしていなくちゃいけないんだ!」
「もう治ったぜよ!」
「治ってねェよ!!」

チョッパーの怒鳴り声なんて全く気にしないネコマムシは、シアンを肩に乗せてドシドシと扉へ向かう。その後ろを慌ててチョッパー達が着いて行った。

「おーーーい、ルフィ!! ゾロ!! ペコムズどうだーー!?」
「あァ、チョッパー!! 痛がったり、壁に頭ブツけたり、怒鳴ったりしてるよ!! すぐ治してくれ!!」
え!? それどんな症状だ!? すぐ診る!!

まさかそのどれもがルフィがしたことだとは夢にも思わないチョッパーは、焦り気味でペコムズがいる部屋へ走る。その後ろからネコマムシが手を上げてルフィに声をかけた。

「おおー、ゆガラが“麦わらのルフィ”か!! 会いたかったぜよ!!」
「デケーー!! あれがネコマムシか!! バケ猫じゃんか!!」
感謝のガルチュ〜〜〜!!!
「う゛お!!」
「どわーーーっ!!!」
「ちょっと!?」

ネコマムシがガルチューをしたせいでシアンは肩から必死に飛び降りる。ゾロは急なことにネコマムシに怒鳴り、ルフィは楽しげに笑い、チョッパーはネコマムシが血を吹いたことに慌てふためいている。

「あっシアンーーー!! お前どこにいたんだよ!!」
「勝手にはぐれてごめんね、ルフィ」
「そうだぞ! 迷子はゾロだけで充分だ!!」

さらっとルフィと再会することが出来てホッとするシアン。そこへローが仲間を連れてやって来た。ルフィに自分の仲間をぞんざいに紹介すると、彼はすぐに「話がある」と言って中に入ってしまった。

「だからよ!! おれが迎えに行って来るから! ちょっと待っててくれよ! カイドウと戦うの!!」

やっぱり“ビッグ・マム”のところに行くのか。シアンは分かってはいたが、想像通りの展開に眉をしかめた。一言に言うのは簡単だが、サンジを迎えに行くとなると実際にはとても難しいだろう。恐らくルフィは知らない――あの〈ビッグ・マム海賊団〉の恐ろしさを。

「待つも何もおれ達がカイドウに狙われるのは時間の問題だぞ!! しばらく身を隠せる筈だったこの『ゾウ』も、奴らに場所が割れちまってる」
「んーー」
「次はおれ達が狙いだとしても!! また攻め込まれたらこの国は一体どうなる!!!

ローの台詞に涙を流して喜んだのはこの国に住むミンク族だ。そのノリで宴が始まってしまい、話はそこで一時中断となってしまった。

「おい」
「ロー、なに?」

どんちゃん騒ぎをしている宴の中心から少し離れたところで座っていたシアンに、ローは話しかけた。こうして二人で話すことなんてない筈だが、どうやらローはそうではないらしい。

「お前は“ビッグ・マム”のところへ乗り込むのがどういうことか、分かっているな」
「……上陸するのは出来ると思うけど、問題は無事にあの国から出て来られるかっていうところだと思う。あそこの警備は厳重だし、恐いのは“ビッグ・マム”だけじゃない」

情報収集は航海の基本。〈赤髪海賊団〉の頃から情報収集を怠ったことはなく、特に“四皇”の船に乗っていると自然と新世界の情報は入ってくる。その中でも同じ“四皇”の情報は逐一チェックしていた。いつ何時その牙がこちらに向くか分からないからだ。
まさかその時の情報が役に立つなんて。シアンはくしゃりと髪を乱すと、楽しそうに笑っているルフィを見た。

「本当は行ってほしくないの。でもサンジを見捨てることも私には出来ない」
「だが、悩めば悩むだけ時間は過ぎ、カイドウの目もこっちへ向く」
「……この国を犠牲にはしたくない。これ以上、この国をカイドウなんかに荒らされてたまるか……!」

その強い意思にローは思わずシアンへ視線を移す。グッと噛み締められた唇に、怒りを滲ませた瞳。カイドウに対して強く、深い何かがあるのは明確だった。

「“剣聖屋”。お前はどっちに着いて行くんだ」
「どっちって……」
「“ビッグ・マム”か、“ワノ国”か。分かるだろ、おれ達はもう立ち止まれねェ」
「………、わかってる」
「それならいいんだがな」

言いたいことだけ言い終えると、ローは立ち上がって仲間の元へ行ってしまった。残されたシアンは自分の膝に顔を埋め、しばらくそこから動けずにいた。

――翌朝、事態は急変した。
カカカン、カカカンとバリエテの鐘が国中に鳴り響き、動ける者は町へ向かう。
『侍が二人現れた』。これはこの国に住まう者にとって一大事となる速報だったのだ。何せその“侍”のせいでこの国は滅びかかったのだから。

「『侍二人』って間違いなく錦えもんとカン十郎だよね!?」
「それしか考えられない! とにかく二人を早く見つけないと――」

町に到着するとネコマムシとイヌアラシが鉢合わせていた。バチバチと今にも争いが始まりそうな雰囲気の中、やっと錦えもん達を見つけたルフィ達は瓦礫に隠れて二人を確保した。ナミはその側にいたモモの助に「サニー号へ逃げるように」と伝えるが、次の瞬間ネコマムシとイヌアラシの間に入るように錦えもんが立ち上がった。

ケンカをやめェーーーーーい!!!
「おいバカ、何叫んでんだ!!!」
「ん!? あれは――侍!!?
「みろ見つかった! 逃げるんだ錦えもん!! 殺されるぞ!!」

ウソップの必死な訴えなぞ聞かない錦えもん。ネコマムシとイヌアラシの血走った目はしっかりと侍の姿を捉えていた。
ついにカン十郎までもが出てきてしまい、その後ろをモモの助が続く。その間もウソップが必死になって錦えもん達を守ろうとするが、それを袖にするかのように錦えもんがずいっと前へ出てくる。

「ゾウの国の者達よ!!! 拙者、ワノ国光月家が家臣!! 錦えもんと申す者!!! 同国武人『雷ぞう』という同志を捜しにきた!!
この国に来てはおらぬか!!?」
だから!! そいつがいねェからこの国は滅んだんだよ!!!

涙ながらに叫ぶウソップとチョッパーだが、地響きのようにドスン! ドスン! と鈍い音が鳴り、見てみればネコマムシとイヌアラシが二人揃って膝をついていた。シアンはその光景にもしかしてと固唾を呑む。

「お待ちしていた…」

二人とも涙を流しながら錦えもん達を見ていた。

――雷ぞう殿は…ご無事です!!!

思ってもみなかった一言に、ルフィはどさっと膝をつく。シアンもわなわなと震えながらその横に並んだ。

「そうか、無事か! よかった!!」

錦えもんの明るい返事にニコッと笑うイヌアラシ。そこへ待ったをかけたのはウソップだ。

「おいおい!! 雷ぞうは居たのか!! ずっと!! 全員が知ってたのか!?」

町に集まった人々は、ウソップの問いに穏やかに微笑む。それだけで分かってしまった。――全員、知っていたのだと。

お前らみんな!!! 死ぬトコだったんだぞ!!!! 千年続いた都市が、滅んだんだぞ!!!!

ぼろぼろと涙が流れる。

「ゆガラ達にも秘密ですまんかった…!! ワノ国の光月一族と我らは、遥か昔より兄弟分」

――ああ、この国はなんて。

「何が滅ぼうとも、敵に“仲間”は売らんぜよ!!!」

なんて、強いのだろう。
ネコマムシにぐしゃぐしゃと頭を撫でられながら、シアンはさらに涙を流した。




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