錦えもんが背中に彫った光月家の家紋を見せ、改めて自分が本物の侍だという証を見せる。どうやらそれはイヌアラシやネコマムシにもあるらしい。肩を並べて仲良く話し始めたかと思いきや、何故か突然喧嘩を始めた二人にシアンは少しだけネコマムシから距離を取った。
「ケンカなどよせ!! イヌアラシ!! ネコマムシ!!」
「!?」
「あんなに仲の良かった二人が、なぜさっきから殺し合いのようなケンカをするのでござる!!」
「……それは……!!」
「もう二度とケンカは許さぬ!!! 父上の事が原因ならなおさらでござる!!! こんな二人を見たら
モモの助の台詞に〈麦わらの一味〉は全員首を傾げた。『父上』とはそこにいる錦えもんだと聞いていたが、モモの助の言い方だとまるで彼が違うかのように聞こえてしまう。
「モモ?」
「父上って…錦えもんそこにいるじゃねェか」
ウソップが何を今更という意味を含みながら言うが、ネコマムシとイヌアラシがウソップの疑問なぞ関係ないとばかりに頭を下げた。
「申し訳ありませんっ!!!」
「モモの助様!! お恥ずかしいぜよ!! 確かにその通りちや!!」
「え!!?」
「公爵様!!?」
「旦那が頭を下げるなんて…!! もしかしてあの子は――」
トップツーが頭を下げた事態に皆が騒然とする中、錦えもんのよく通る声が場を静める。
「
「!!?」
その台詞だけでよく分かった。シアンはきっと人よりも場数を踏んできた分、理解するのも早かった。
「おぬし達も欺いていた事、許してくれ!! 実は拙者とモモの助様は親子ではござらん!!」
『『えェ!!?』』
「ここにおわすはワノ国『九里』が大大名!! 『光月おでん』様の跡取り!!! 『光月モモの助』様にござる!!!」
『大大名』という位が一体どれほど高い地位なのか分からないが、この国を治めるイヌアラシとネコマムシが頭を下げてへり下るくらいだ。相当な身分だというのは説明されなくても分かった。
「――つまりはイヌアラシもネコマムシも含め、我らの“主君”でござる!! しかし道中その身分が明らかになれば敵が増すゆえ!! 拙者と親子という芝居をうった!!」
自分達を信頼してはいたが、告白の時期を逸したと話す錦えもんを他所に、ルフィやブルックは親子じゃなくても似ていると言う。主にどういうところからは知らない方がいいだろう。
ルフィとモモの助が言い合っている姿を目の端で見ながら、シアンは一人考える。サンジを助けに行くか、ワノ国に向かうか。恐らくこの話が落ち着いたらルフィは“ビッグ・マム”のところへすぐに向かうだろう。その前に決めなくては――。
モモの助の涙ながらの訴えもあってか、イヌアラシとネコマムシは休戦をすることにしたらしい。ガシッと互いに手を握り合うと、ミンク族の喜びの声が大きく響いた。
――“
「クジラに登るぜよ。蔓を渡る道順を覚えれば頂上まで行けるきに」
「ここにいるのか、雷ぞう!!」
ルフィ達一行はイヌアラシやネコマムシに連れられて忍者に会いに、くじらの森へやって来た。漸く忍者に会えると喜ぶチョッパー達にくすりと笑いながら、シアンは定位置となっているネコマムシの肩の上でぼんやりと下を見下ろした。眼下に広がる一面の緑に、これがカイドウの部下・ジャックの手によって滅ぼされたのだと思うと無意識に肩に力が入ってしまう。
隠し扉から入り、更に長い階段を降りていく。だんだんと下に降りるにつれて叫び声が聞こえ始めた。やがて拓けた場所に着くと、「来たな、ネコマムシィ〜〜!!!」と恨みのこもった第一声が一味を迎えた。
「忍者!! 忍…――」
「おぬし、なぜ拙者を敵に渡さなんだ!!! メシ運びの者達は皆ケガをしておったぞ!!!」
そこにいたのは真っ赤な石に鎖で縛られた男だった。彼はワノ国の忍者“霧の雷ぞう”。正真正銘の『忍者』だ。しかしルフィ達は予想外の風貌だったのか「なんかイメージしてたのと違ァ〜〜〜〜〜う!!!」と目から涙を流しながら幻滅していた。
そんな男連中の後ろでシアンとロビンは彼の背後に注目していた。壁に大きく描かれた『光月家』の家紋に、雷ぞうが鎖で縛られている真っ赤な石――“
「……コレを解読出来る。それがどれだけ恐ろしく、貴重なものか」
「あァ。……ニコ・ロビンはあの“オハラ”の生き残りだと聞く。まさか本当に解読出来ようとは」
ぼそりと呟いた台詞に返事をしたのはイヌアラシだ。まともに会話をしたことがなく少し戸惑うシアンだが、彼の瞳の奥にある光にホッと肩の力を抜き、「大丈夫だよ」と安心させるように言った。
「何があっても、ロビンは守るから」
それが言葉だけではないのは、イヌアラシにはすぐに分かった。自分の大きな手でシアンの頭をわしわしと撫で回すと、解読の終わったロビンの元へ行こうと自分の肩にシアンを乗せて歩き出した。
「どお? ナミ」
「“
「そうか……。『くじらの森』は
なるほど、彼らはまだ知らないのか。シアンはネコマムシの説明を聞きながらイヌアラシの肩の上で頷き、この石の正体を口にした。
「――その赤い石の名前は『ロード
「なんじゃ、ゆガラ知っとったんか」
「いろいろと聞かされてたからね」
「まさか、最後の島『ラフテル』へ……!!?」と、ロビンが冷や汗をかきながらシアン達に尋ねる。それにこくりと頷いたシアンは「だけど、」と言葉を続けようとしたが――。
「「『ラフテル』〜〜〜〜!!?」」
驚いた仲間達の声に掻き消されてしまった。
「ゴールじゃん!!! “海賊王”じゃん!!!」
「え〜〜〜!!? ラフテルの場所書いてあんのか!? それ!!」
「待って待って! ちょっと話を聞いてってば! “だけど”!」
イヌアラシの肩上からぴょんっと飛び降りたシアンは仲間達の興奮をなんとか静め、話の続きをする。
「この赤い石“ロード
「え〜〜〜!!? 『ラフテル』は4つもあんのか!?」
「ねェだろ、話途中だよ!!」
ルフィがいると相変わらず話が進まない。頭を抱えていると、イヌアラシが彼女の台詞の後を引き継ぐ。
「確かにその石にはどこかの“地点”が記されている筈だが、『ラフテル』ではない。残る3つの赤い石にも同様に…それぞれの“地点”が記されている……!!」
「その位置を知って、地図上で4つの点を結んだ時に、その中心に浮かび上がるの。数百年………『海賊王』の船員達しか行き着くことのできなかった“最後の島”、『ラフテル』が!」
この話を聞いた時、シアンもごくりと生唾を飲み込んで何度もその真偽をシャンクスに尋ねた。それくらい衝撃的な話だったし、辿り着くには数多の危険を侵さねばならないからだ。そもそもその“ロード
初めてこれを聞いた夜は、心臓がドキドキと煩くて眠れなかったことを思い出した。
「いよいよか……!!! ……そこにあんのかな……!! ねェのかな!!! “
両拳を握ってぞくぞくと興奮するルフィ。すぐにサンジを連れて来ると大はしゃぎする彼に、ネコマムシが静かに声を掛けた。
「ペコムズと『ホールケーキアイランド』へ向かうなら……あながち間違うちょらんぜよ!」
「!?」
「4つの“ロード
そんなバカなとシアンは目を瞠った。しかしネコマムシはそれに気づかず、「1つはここに」と言葉を続ける。
「残り2つは、ある海賊達に“所有”されちゅう」
「海賊!?」
「“四皇”『ビッグ・マム』!!! 同じく“四皇”『百獣のカイドウ』!!! この二人が赤い石をそれぞれ1個ずつ持っちゅうがじゃ……!!」
「「え〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」」
「うっそォ…………」
これにはシアンも脱力した。どちらもあの“四皇”が手にしているなんて、初めから負けているではないか。
怖がるウソップ達とは真反対にルフィやフランキーは「奪えばいい」と宣うが、事はそう簡単ではない。彼は“四皇”を少し舐めてはいないだろうか……。
そんな彼らにネコマムシが『奪う必要はない。これは本来魚拓のように“写し”を取って集めるもの』と説明すると、ウソップ達も少しは気が楽になったのか真っ青な顔色にも赤みが戻る。
「そうか!!! こっそり潜入して“写し”を集めて!! 誰も知らぬ間にラフテルへ行って! 『海賊王』にお前はなれ!!!」
「………………………」
「何が不服だキサマァ〜〜〜!!」
ルフィのむすっとした顔ときたら。ばっちりと見てしまったシアンは人ごとのように声を上げて笑う。小さい頃に聞いた彼の“夢”を知っているからこそ、ウソップが言った『知らぬ間に』というのは叶わないだろう。
「それより心配なんはゆガラの身じゃな、ニコ・ロビン」
「!」
「今、世界中で“空白の100年”に興味あるやガラ等は“写し”を何枚も集めゆうが、誰もそれを解読できちょらんのじゃき…!!」
先程イヌアラシと似たような会話をした事を思い出したシアンは、黙ってネコマムシの話を聞く。
「いざそれを読みたい思うた時…!! 世界中の“大物達”がゆガラの身を奪いにくるぜよ」
「!!! ロビンを!?」
一味の誰もその考えに至らなかったのか(ナミは薄々感じていた)、取っ組み合いをピタリとやめてネコマムシの方を見る。当の本人であるロビンは一瞬の沈黙の後、晴れやかな笑みを浮かべた。
「構わないわ。……私には守ってくれる強い仲間がいるから」
その台詞の破壊力に一味は大打撃を食らった。みんなへにゃりと照れた笑顔で「何でもブッ飛ばしてやるぞコノ〜〜!!」「触れたら命とお金取ってやるわ!!」と、まだ見ぬ敵に対して割と物騒なことをサラリと言う。
「ゴロニャニャ…!! 頼もしいやガラ等ぜよ!!」
「――ところであなた達、なぜそんなに“歴史の本文”に詳しいの?」
まだ謎な事が多い“歴史の本文”。なのになぜこんなにも詳しいのか――シアンも知りたかったため耳を傾ける。
「発端を話せば昔…、わしらの主君・光月おでん様が……“石”に興味を持っちょったのが始まり。――というのも……、あァ…これは話して構んのか!? イヌ」
続きを話す前にイヌアラシに確認を取ると、彼はチラリと侍達――正しくはモモの助へ視線を向ける。その視線の意味を理解したモモの助はこくりと頷き「何でも話すがよいぞ」と、話す事を許した。
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