「“石工”!?」
ネコマムシの先の台詞を読んだシアンは、まさかと震える手を口元に持っていく。その様子に気がつかないネコマムシはついに彼女の予想と寸分違わぬそれを口にした。
「――そうじゃ、800年前の大昔…!! その光月一族の腕で作られた壊せぬ書物。――それが“歴史の本文”ぜよ!!!」
「「えええええ〜〜〜〜〜っ!!?」」
これには流石のローも口を噤んで驚きを隠せない。
「世界中に散らばる“歴史の本文”を作った一族!?」
「ロビンが探してるあの石を!? お前が!?」
「せっしゃではござらん!! ず〜〜〜っと昔のご先祖たちでござる!!」
確かにこの世にあるものは等しく人の手で作られているが、まさかずっと行動を共にしてきた侍達のご先祖があの“歴史の本文”を作っただなんて……。とんでもないビッグニュースだとシアンはへたりとその場に座り込んでしまう。
ルフィが侍達に何が書いてあるのか知っているのかと尋ねれば、それは後世には伝えられていないとの事。唯一伝えられていたのは『古代文字の読み書き』だそうで。
「――しかしそれも…不幸な事に、」
「モモの助様に伝承される前に、父上『光月おでん』様の代で途絶えてしまった…」
「……………!!」
途絶えたとは、つまり――。
「おでん様は…、ワノ……!! ワ…!! フーッ…………!!」
「……………!! ウゥ!!!」
「煮えてなんぼのォ!! おでんに候!!!」
脳裏によぎるおでんの言葉。大粒の涙を流す錦えもんやモモの助、ネコマムシ達にルフィはそれ以上話す事を止めようとするが、何かを振り切るように錦えもんは声を張り上げた。
「おでん様は………!!! 処刑され申した!!! ワノ国の“将軍”と海賊『カイドウ』の手によって!!!」
「「!!!?」」
「カッ………」
「カイドウ!!?」
「家臣である我ら全員の命を守り!! 最期を遂げられた!!」
グッと拳を握り、歯を食いしばり、錦えもんは言葉を続ける。
「“四皇”カイドウの……!! 〈百獣海賊団〉は……!! ワノ国におる!!!」
あのカイドウがワノ国にいるだなんて全く思わなかったシアンは、驚愕に目を見開きながら「うそ………」と小さく呟く。するとゾロが光月おでんは一体何をして処刑をされたのかと問いかけた。ここへ来るまでに錦えもん達は執拗に狙われていたからだ。
「ああ……、察しの通り罪といえば大変な罪……。カイドウは我らから……“情報”を引き出そうとしておる」
「情報?」
「先代大名・光月おでん様は……『海賊王』ゴール・ディー・ロジャーと共に、最後の島『ラフテル』に辿り着き!! 世界の秘密を知ったお方でござる!!!」
これはキャパオーバーだ。混乱する頭で昔ギャバンやシャンクスが語ってくれた『海賊王』の話の中で、“光月おでん”なる人物は出てきたか――否、自分の覚えている限りではおでんの『お』の字も出てきていない。意図的に隠したのか、それとも話せない事情があったのか。
いずれにせよ近くまたシャンクスに電伝虫でもかけてみようと、シアンは桜桃の柄にそっと触れ、ドレスローザでつるに言われたことを思い出した。
「今イルレオーネ島が、とある海賊に支配されているという情報が上がってきている。まだ仮定の段階だから上層部しか知らないがね」
その“とある海賊”こそ、今の話にも出てきた〈百獣海賊団〉。なぜワノ国に居る筈の海賊があの島に手を出したのだろうか。
皆が錦えもん達との会話に夢中になっている中、シアンはさらに柄を握りしめた。
幻想的で、まさに“楽園”と呼ぶに相応しい島――イルレオーネ島。その名を知らぬ者は居ないとまで言われた〈ヘリオス海賊団〉が最期に選び、命を賭けて守った――自分の故郷。
常時幻術がかけられている筈なのに、カイドウはどうやってそれを見破ったのだろう。いや、そもそも
「(……知らないことが多すぎる)」
ともかく今はカイドウを倒さなければ、ワノ国もイルレオーネ島もあの男の支配下にあるままとなってしまうことは確実だ。ならばシアンが取る行動は自ずと決まってくる。
顔を上げたシアンの瞳に、もう迷いはなかった。
「そうか、その“世界の秘密”ってのを部下から聞き出す為に!! カイドウと繋がってたドフラミンゴもシーザーも、お前らを捕らえようとしてたんだな」
ゾロの確信を持った台詞に、錦えもんは目頭をグッと指で押さえておでんは自分達に何も教えなかったと言った。
「知ろうが知るまいが追っては止まぬ!! ならばそれがし達に残された道は!! 戦うことのみ!!!」
「おでん様が残された言葉はたった一言!!」
「「“ワノ国を開国せよ”!!!」」
声を揃えて口にした一言は、今のワノ国を壊すものだった。
「ワノ国の『将軍』を討ち!!! 閉ざされた国を『開国』すること!!!」
「それが我らの志願でござるっ!!! ワノ国は今!! 手を組んだ『将軍』と『カイドウ』の手により、ほぼ制圧状態!!」
「何と……」
聞くだけで想像は難しくない。国民の生活だってきっとままならない状態だろうことは、すぐに予想出来た。
「今、国ではわずかな反乱の意志をかき集めておるが、まだまだ敵の“大軍”に対して多勢に無勢!! 勝機は見えぬ――だが、勝たねばならぬ!!!
したがって…共に戦ってくれる同志を募る為、我らは海へ出たのだ!! ――まずはこの『ゾウ』を目指して!!」
そんな想いがあったとは…。シアンはパンクハザードで初めて会った時のことを思い出した。ローによって身体をバラバラにされた錦えもんは、海賊の自分達と一緒に息子を探した。海賊が嫌いだと言っていたが、その言葉の裏にまさかカイドウが絡んでいたなんて思いもしなかった。
「――して、頼みが!! ルフィ殿!! そしてロー殿!! 命を救われ、なお物願いなど痴がましいが……!! ワノ国の『将軍』及び四皇『カイドウ』を討つ戦に!! どうか助太刀願いたい!!!」
目の前で言われたそれを、ルフィは笑いもせず真顔で錦えもんを見返す。ウソップやフランキー達は喜んでいるが、シアンはルフィのその顔を見て目を閉じた。彼が何を言うか分かったからだ。そしてその予想通り――。
「断る!!!」
「「「断るなァ〜〜〜〜〜!!!」」」
あっさりとお断りをしてしまった。だが何故ルフィが断ったのか、シアンは何となくだが予想がついた。ウソップ達に身体を押さえつけられシメられるルフィは、モモの助に「お前は飾りかよ、モモ!!!」と吠えた。
「
「………………!!」
「いい加減にしなさいよルフィ!!」
今度はナミがルフィの頬を容赦なく往復ビンタする。シアンはナミを止めようか悩んだが、モモの助が自分を抱きしめようとするナミの横を通り過ぎてルフィの元へ行くのを見てやめた。
モモの助はぽろぽろと涙の粒を流しながら、必死に歯を食いしばって目の前のルフィを見上げた。
「ルフィ…っ、カイドウを倒しだい!!!」
その顔は涙や鼻水でぐしゃぐしゃだけど、ルフィは決して笑わなかった。
「カイドウは親の仇でござる!!! うぅ……!! 母上も殺されもうした!! せっしゃだって早く大人になって!! 強くなって!! 父上と母上の仇を討ちたい!!! 家臣もみなまもってやりたい!!!」
「……………………!! モモの助様…!!」
「そのお気持ちで……充分じゃき…!!」「歳取ったな、ゆガラ」「黙れ」ネコマムシとイヌアラシの言い争いがここでまた勃発しそうだったが、モモの助の言葉はまだ終わりではない。
「されど…体も小さいゆえ…!! むりでござる!! だからいっしょにたたかってほしいでござる!!! ルフィ!!!
このとおり……!! おねがいするでごブ!!」
手をついて頭を下げようとしたモモの助の顔を手のひらでべちっと受け止めたルフィは、「よくわかった!!」と少年の気持ちを真っ直ぐに受け止めた。
「手ェ組もう!! 『同盟』だ!! カイドウの首はおれが貰うぞ!!!」
その台詞にモモの助は“はーっ!!”と顔を輝かせ、けれど差し出されたルフィの手の意味が分からずに、己の両手でそれをぎゅうっと握りしめて「かたじけのうござる」と繰り返した。どうやらルフィは『がしっ』とやるやつがしたかったらしい。
――そしてこの日、何とも異例な“忍者海賊ミンク侍同盟”が結ばれた。
「名前長ェな!!」
「忍者いるの?」
「「それはいるだろ!!!」」
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