しばらくの別れ


「さて……これからまだカイドウと戦うまでにやる事は多々ある!!! 準備が必要でござる!!!」
「まァ、あの四皇と戦おうとしてるくらいだからね……。それ相応の準備は必要だけど、なんの準備?」

シアンがネコマムシの肩上に乗りながら、錦えもんに問いかける。

「先刻話した様に『ワノ国』においても、現在共に戦う“侍”達を募っておる所!!」
「その間にわしらも会いたい男がいるぜよ!」
「会いたい男? 誰?」
「――元〈白ひげ海賊団〉一番隊隊長“不死鳥マルコ”!!!」
「まっ………」
「「「マルコ!!?」」」

思いもしなかった人物の名前に、シアンは開いた口が塞がらない。まさか彼を戦力に引き込む事を考えていたなんて。だが、それと同時にシアンは期待はしない方がいいだろうとも思った。

なにせマルコ率いる白ひげ海賊団の残党達と、マリンフォードでの頂上戦争を引き起こしたきっかけでもあるティーチの黒ひげ海賊団との“落とし前戦争”からまだ一年しか経っていない。その戦争にシアンはシャンクスから待ったをかけられて参加する事は出来なかったのだが、それでも事の詳細だけは逐一聞いていた。
――だが、ついぞ今まで彼らに再び会う事が出来ぬまま、彼女はシャンクスの元から離れ、麦わらの一味に帰ってきた。

「――つまり、わしらにしてもまだ準備する時間が欲しいがよ」
「そうか! わかった」

ルフィ達の会話に意識が戻ってきたシアン。集まる場所を決めようとする仲間に、彼女も自分の考えを言おうとネコマムシの肩から身を乗り出した瞬間、「雷ぞう殿だ!!」とミンク族の歓迎の声が出迎えた。そのままのノリで宴が始まりそうになり、ルフィも乗っかりそうになったが、慌てて引き止めるのはナミ。どうやら一緒にサンジを迎えに行くらしい。他にもチョッパー、ブルックが行くことに。

途中でまたジャックが襲ってきて、それを象主ズニーシャが自らの鼻で艦隊を沈めたという出来事があったが、何はともあれそれぞれ行動を開始することに。

「で、アンタはどうするの? シアン」
「ナミ…」
「私としてはシアンが来てくれるなら、正直すっっごく安心するんだけど…」

ナミはルフィとの少人数の旅に不安があるらしい。そうでなくとも四皇のナワバリに行くのだ。少しでも戦力が欲しいのだろう。

「なんだ? シアンも行くのか!?」
「えっと……一緒に行きたい気持ちはもちろんあるん、だ、けど……」

言葉を濁し、目線を泳がせる。ルフィは首を傾げ、ナミは先を促した。シアンは一度言葉に詰まるが、それでもやっとその目をルフィと合わせた。今や錦えもんやネコマムシ達も彼女の言葉を待っている。

「私は――ワノ国に行く」

ゾロやナミ達はルフィと一緒に行くものだと思っていたようで、彼女の選択に少なからず驚いている。

「迷ったよ。ルフィと一緒にビッグ・マムのところへ行くか、ネコマムシと一緒にマルコに会いに行くか。……でも、私は先に進む。先にワノ国に行って、少しでもカイドウとの決戦に向けて準備を進めておきたい」

その瞳の奥にある強い光に、ゾロはごくりと生唾を飲んだ。意図せずして自分を鍛えてくれたあの大剣豪も、彼女のあの瞳に魅せられたのだろうか。

一方シアンは、自分がカイドウに抱く復讐心に似たこの気持ちを、仲間に伝える覚悟も勇気もまだなかった。〈麦わらの一味〉なら言ってもいいと分かっているのに、心のどこかでストップがかかる。

全てを放り出して生まれ故郷であるイルレオーネ島にだって行きたいけれど、カイドウを倒さなければ行ったって無意味。それならば、今まさにカイドウのいるワノ国へ行った方がより早く倒せるかもしれないとも思ったのだ。

「そっかー、シアンは来ねェのか」
「そうだよ。だから、サンジを見つけたらすぐに島から脱出して、ワノ国に来てね! ルフィより懸賞金が上の奴らばっかりなんだから」
「ンなもんぶっ飛ばして、サンジを――」
「ぶっ飛ばしたらバレるでしょうがこのアホォ!!」

やる気に満ちたルフィをボコボコに殴ったのはナミ。つり上がった目に、握られた拳からはしゅうしゅうと煙が出ている。

「ず、ずびばぜん……」

どうやらナミは懸賞金額がルフィより上の奴らがたくさんいるという言葉に、すっかりビビってしまったようだ。頭を抱えて涙を流している。

「本当に、サンジを見つけたらすぐに逃げるんだよ、ナミ」
「わ、わかったわ」
「それから……カタクリって男には特に気をつけて」
「カタクリ?」
「シャーロット家次男、シャーロット・カタクリ。彼は――無敗の男と呼ばれているの」



荷造りも済み、ペコムズを背負って門までやって来たルフィ達。ミンク族や錦えもん達、そして残るゾロ達に見送られながら、ルフィはご自慢の伸びる腕でナミ達をぐるんと抱えると、ゾウから飛び降りた。

「じゃ!! サンジの事は任しとけ!!」
「「「ええええ〜〜〜!!!」」」
「あのバカ…………」

額に手をついて呆れるシアン。ルフィの腕の中にいるナミ達は失神寸前だ。

「ワノ国で会おう!!!」

そう言ったルフィの表情はもう見えないけれど、きっと笑顔に違いない。
ゾロ達が応える中、シアンも「行ってらっしゃーい!」と努めて明るく見送った。

「ナミ、大丈夫かな……」
「生きてるだろ、多分」
「ていうか、ここからビッグ・マムのところまで何日かかるんだろう? あれだけの食料で保つかな……」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「誰か答えて!?」

ゾロも、ウソップも、ロビンも、フランキーも、そして質問したシアンも思った。
――保つわけがない、と。




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