潜入調査


――“鎖国国家”ワノ国。全てが謎に包まれたこの島に訪れたのは初めてだ。〈赤髪海賊団〉に居た頃は自分を連れて行ってくれたことは終ぞ無く、だからこそシアンのテンションも上がりっぱなしだ。
ワノ国に来てから、錦えもんの悪魔の実の力で服を和装に変えてもらう。ついでにロビンに髪の毛を結ってもらった。

「ふふ、すっかり髪も伸びたわね」
「みんなに出会った頃は肩上だったもんね。それが今や結えるくらいにまで伸びちゃった」
「それだけ月日が経ったってことね。はい、出来たわよ」
「わー、ロビン早い! すごいすごい、かわいい!」

きゃっきゃとはしゃぐシアンだが、ローに呼ばれて気持ちを落ち着ける。

現在、一行はワノ国の“九里”にあるおでん城跡に集まっていた。見るからに争った後が色濃く残り、城は廃墟と化している。一歩進むだけで燃えた木がボロッと崩れ落ちて地に足が沈む中、比較的床がしっかりしている場所で作戦会議をすることに。

「誰にも気づかれずにワノ国に入れたのは大きい。このまま各自散らばって情報収集するぞ」
「その前に、ちょっといい?」

シアンが床にバサッと広げたのは、ニュース・クーの新聞。日付は古く、最近のものではなかったが、一行には見覚えがあった。何しろ自分達の同盟と同時期に起きた出来事が、新聞の一面を飾っているのだから。

「“最悪の世代”が四皇の傘下に入ったのは覚えてるよね?」
「そりゃまあ……」
「ギャング・ベッジはルフィ達が向かったビッグ・マムのところへ。そしてカイドウのところには――“魔術師”バジル・ホーキンス、“海鳴り”スクラッチメン・アプーが。この二人と同盟を組んでいたユースタス・“キャプテン”キッドは、赤髪のシャンクスを狙ったけど、その前にカイドウと鉢合わせてしまい、敗北。その後どうなったのかは分からないまま」

新星一人に狙われたと知った時は驚いたが、すぐに落ち着きは取り戻した。彼らの強さを一番間近で見てきたのは自分だ。ユースタス・キッドに負けるなんて全く思わなかった。
結果としてシャンクスに仕掛ける前にカイドウと対峙したらしいのだが。不運どころの話ではない。

「ワノ国の人達は私達の事を知らないだろうけど、バジル・ホーキンス達はこちらの顔を知っている。みんな注意して潜り込んでね」

黙って聞いていたローは、今までのシアンの言葉、仕草、オーラの全てにぞくりと肌が粟立つのを感じた。口調は優しく穏やかなのだが、雰囲気は誤魔化す気がないのか、まるで四皇と対峙しているかのような錯覚すら抱いてしまう。
――まるで、抜き身の刃を突きつけられているみたいだ。

「ロー?」
「ッ! ――なんだ」
「何だじゃないよ。ぼーっとしてないで、そろそろ動き始めないと」
「あァ」

既に新聞を直したシアンに怪訝な目で見られたが、ローは全く気にせずにそれぞれを見渡した。

「いいか、麦わら屋が帰ってくるまでは何があっても目立つんじゃねェぞ」

隠密。これが今回の作戦の肝となる。

「必ずカイドウの首を討つ!」
「「「おォ!!!!」」」






「シアンちゃん、お風呂掃除は終わった?」
「はい!」
「そう、ありがとう。それからまたオロチ様がお座敷をお呼びだから、隅々まで掃除をお願い」
「分かりました」

女中頭の指示に頭を下げ、彼女が去ってから座敷へ向かう。まだ誰もいない部屋には外からの喧騒が僅かに聞こえていた。
言われた通り隅から隅まで掃除する中、シアンはよくここに潜り込めたなと自分でも感心していた。

――ここはオロチ城。ワノ国の将軍“オロチ”が住まう城だ。カイドウと手を組んでいる将軍の懐に潜り込めるかどうかは賭けだったが、見事成功し、女中として働くことになったのだ。

「ふーー、広い、部屋広すぎる……。終わらん……!」

だいたいこの広さを一人で掃除ってどういう事だ! シアンはブツブツ文句を言いながら必死に手や足を動かして、やっと宴の時間ギリギリに終えることが出来た。
これが終われば大量の洗濯物が待っている。ピカピカになった部屋から出て水場へ行くと山のように積み重なった洗濯物に辟易するが、これも仕事。脳内でありったけの文句を垂れ流しながら、手洗いで洗濯していく。

「おっ、新入り。今日も頑張ってんなァ」
「あ、吉太きちたくん。今日もおサボり?」
「サボりじゃねーよ、休憩!」

よいしょっと天井から軽やかに着地したのは、鼻頭に絆創膏を貼っている男の子。赤褐色の髪は両サイドが長く、後ろ髪は襟足まで短くて綺麗に切り揃えられている。まん丸の銀鼠色の瞳は、今は悪戯っぽく目尻がキュッとつり上がっていた。

「座敷見たぜ。めっちゃ綺麗になってたじゃん!」
「綺麗になったのは良かったけど、一人でやるには広すぎるよ……」
「あの女中頭ババアの新人いびりは昔からだからなー。ま、精々励めよ!」
「はいはい、ありがと」

吉太との出会いは、シアンがこのオロチ城に来て3日が経った夕方の事だった。まだ慣れない仕事に精一杯努めてきたが、やはり疲れは溜まるもの。初日で厨房の料理人と仲良くなって、気前のいい彼らからお裾分けで饅頭をもらい、夕食前に食べていた時に吉太と出会ったのだ。
しかし出会った、では無く屋根裏からこちらを観察していた彼にシアンが気づいたの方が正しい。吉太はこの国の忍者なのだ。

「ていうかさ」
「?」
「吉太くんって「〜〜でござる」って言い方しないよね」
「あー、まあ、うん」
「何で? 私忍者……っていうか、ワノ国の人達ってみんなそういう口調なんだと思ってた」

吉太には出会った頃からシアンがワノ国の者ではないとバレているため、堂々とこの手の話が出来るのだ。勿論自分達がカイドウと戦いに来たなどとは口が裂けても言えないが。
質問された本人は「ん〜〜〜」と頭を掻き、「これ、誰にも言うなよ?」と前置きした。

「おれ、ワノ国から出て旅をした事があるんだ」
「えっ!? 旅!?」
「おう! いろんな人に出逢って、いろんな場所を見て……。そんな時にあの人に出逢ったんだ!」

「誰だと思う?」銀鼠色の瞳がキラキラと輝く。

「エドワード・ニューゲート! 〈白ひげ海賊団〉の船長だよ!」
「――――!」

少年の口から出てきた名前に、シアン驚愕して目を瞠った。その様子を待っていた吉太は、ニッと目を細めて本当に嬉しそうに言葉を続ける。

「おれはワノ国の忍だから海賊にはなれないけど、こんなおれを例え一時の間だけでも“息子”って呼んでくれたんだ! ずっと一緒には居られないおれに、あの人は――オヤジさんは、『また会いに行く』って言ってくれたんだ」

言葉が、出てこない。

「オロチ様がカイドウって奴と手を組んでるから、なかなか来れないって言ってたけど……。いつか、絶対来てくれるって信じてるから」

少年は白ひげと別れてワノ国に戻ってきてから今まで、言葉通りずっと待っていたのだ。いや、過去形じゃない。彼は今も待っている。

「オヤジさんの船に乗ってる間に、口調も直したんだ。外界じゃこっちの話し方は珍しいだろ? だからオヤジさんの迷惑になりたくなかったし、おれも一緒が良かったから」

こんなにも健気に待っている少年に、事実が言えるのか? 言ったところで信じてもらえる?
――彼が待つ白ひげ、エドワード・ニューゲートは死んだなんて。

「………吉太くん、あの、」
「ずっと待ってるんだ。あの人を」

結局、シアンは言わなかった。――言えなかった。



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