都落ち――それを、この国の人達はひどく怯えている。
「さてと、ゾロはどこにいるかね」
毎日見ている豪華絢爛な『花の都』。ガヤガヤと賑やか声がひっきりなしに飛び交う中、シアンはみたらし団子を食べながら迷子の名人ゾロを探し始めた。
探し始めたのは昼前。だが一向に見つからず、夕暮れ時になって漸く見つけることを諦めた。
「そもそも! あの方向音痴が花の都に留まっていられるはずがない! くっそ〜〜、もっと早くに気づいていれば……時間の無駄じゃん…」
がっくりと肩を落として、ゾロの方向音痴を憎む。どうせなら今日はとびっきりのご飯を買って帰ろうと、賑わう出店に寄った。
「そろそろ腹痛も治る頃かなぁ。肝心のローは当てにならないし……」
今では“桃源農園”と呼ばれるところから、安全な食料を盗んでくる始末。故にこうして法に則った食事を用意するのは、シアンしかいなかった。
「忍に不審に思われないようにって、ロビン達はあまり帰ってこないのも痛い…。私の場合、宿に泊まるお金がないっていう理由だけどね」
落ち込みながら出店を探していると、「どうした嬢ちゃん! そんなに下向いて歩いてたらぶつかるぜ!」と声を掛けられた。声のする方へ目を向けると、そこにはニカッと笑顔の眩しい男がいた。
つい無意識にその男が経営する出店に近寄ると、火で炙った魚の干物が売られていた。
「わぁ、美味しそう!」
「おっ、お目が高ェ! これァ一級品よ」
「そうなんですね。えっと、じゃあ……全種類3匹ずつください」
「そんなに買ってくれんのかい!? 毎度あり!」
すぐに袋に包んだくれた店主に改めて礼を言うと、行きつけのお汁粉のお店で休憩してからおでん城跡に帰ろうとした。
しかし突然上空がおどろおどろしい物音に包まれ、辺りが暗くなっていく。騒ぎの中心が『花の都』の外にあるとわかると、シアンは急いで駆け出した。
「外に、っ…おこぼれ町に何が……!?」
大きな鳥居をくぐろうとした直前、自分の真上を巨大な龍が通り過ぎた。あっと思う間も無く、龍は
目を疑う光景にシアンは頭がついていかず、ただ砕けて消えゆくおでん城を見つめることしか出来ない。だがあの龍の正体だけは分かった。あの巨大な龍は――!
「“ゴムゴムの!!
シアンが行動を起こす前に、武装色で覆われた巨大な拳が龍の頭部に直撃した。それだけで分かる。一体誰が来たのか、誰が攻撃したのか。
「――ッ………ルフィ……!!」
やっと、会えた。喜びに震えながら、シアンはしきりにルフィの名前を呼ぶ。走って走って、『博羅町』に落ちたカイドウと戦う兄の元へ向かう。
縺れる足を懸命に動かしながら喧騒の只中へ飛び込むと、そこには頭から血を流して意識を失ったルフィがいた。
「る、ふぃ……?」
ヨロヨロと力の抜けた足取りで人混みを掻き分け、倒れる兄の傍に行こうとする。その姿を遠くから離れて見ていたローは、(何をしてんだ剣聖屋!)と悪態を吐きながら能力を使おうとした。そんな彼を止めたのが、同じ超新星で今やカイドウの傘下となったバジル・ホーキンス。
カイドウの部下が、ルフィの息を確認している。意識はないが、彼の心の奥底から湧き出る怒りは止めようがなかった。
ルフィが無意識に発した覇王色の覇気のせいで、カイドウの部下は呆気なく気を失ってしまった。
その頃には既にルフィに背を向けているカイドウ。そんな男に一振りの刃が襲いかかった。
「“
バチバチバチッ! と雷の走る音が響く。紙一重で交わしたカイドウだが、首筋にはぬるりと血が流れた。
「何だァ?」
「“
「!!」
雷が凝縮されたものが一かたまりで襲いかかってきた。カイドウは持っていた金棒でそれを弾き飛ばしたが、ビリビリと痺れる感触が手のひらに残っている。
「よくもっ……よくもルフィを!」
「あァ? お前……フヒヒヒ! そうか、お前か! “剣聖のシアン”!!」
大口を開けて豪快に笑うカイドウ。ひとしきり笑い終えると、ニタリと凶悪そうな笑みを浮かべて「会いたかったぜェ」と歓迎の言葉を口にした。
「会いたかった……?」
「何だ、まだ知らねェのか?」
「なに、を――」
「イルレオーネ島が、おれの縄張りになったことだよ……!!」
まさか相手の方からその話題を出されるとは思わなかった。シアンは完全に虚をつかれ、うまく返答が出来ない。
「あの島を占領したら、お前が何も考えずに来ると思ったんだがな…。テメェにとっちゃあどうでも良い島だったか?」
「うるさい………」
「島の連中はどれだけ痛めつけても、お前の不利になるような情報は何一つ喋らねェ。とりあえず今は税を上げて搾れるだけ搾ってるところだ」
「…るさいって……」
「いつになりゃァ、あの島に住む奴らは堕ちるだろうなァ!!」
「言ってんでしょう!!!!」
銃を構えて躊躇いなく引き金を引く。けれどカイドウに当たる寸前、大量の藁が彼を守った。見ればバジル・ホーキンスがこちらに向けて藁を伸ばしている。
「邪魔しないで!」
「おれはカイドウ総督の部下だ。黙って見ているわけにはいかない」
「アンタに構ってる暇はないんだよ……! “二ツ舞……”っ!」
広範囲攻撃を繰り出そうとした時、目の前に自分の背丈を優に超える金棒が迫ってきた。ぞわりとした悪寒と共に後ろへ大きく飛び退がると、先程まで自分が居た場所は深く抉れていた。
「ッ……カイドウっ……!」
ギリッ…と奥歯を噛み締め、再び強く地面を蹴った。しかし次に目に飛び込んできたのは、博羅町から離れた場所の茂みの中だった。
突然切り替わった映像に目を白黒させるシアン。すると彼女の耳に低い声が聞こえた。
「落ち着け……」
「っ、っ……ロー…」
「おれの能力で遠くに離れただけだ。それより、お前まで冷静さを欠いて戦えば“麦わら屋”の二の舞だ。もっと広い視野を持て」
「分かってる、分かってるよ! でもっ……アイツは、あの男は!」
ギュッとローの襟首を掴み、ポタポタと涙を流す。ここへ来て泣いてしまったシアンに、ローはらしくもなく慌てた。
「おい、“剣聖屋”!?」
「あの男はっ! 私の故郷を襲って、支配してるんだよ……! 父さんと母さんが守った、あの島を!」
その声色は、とても悲痛なものだった。
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