ケーキと私とあの人と


白ひげ海賊団に来てから思ったのは、とにかく騒がしい、だった。
レッドフォース号と比べれば、船の大きさも部屋の数も違う。何度か来たことがあるとは言え、所詮は敵船。詳しく知っているはずもなかった。

「よォ、シアン」
「えっと…イゾウさん、でしたっけ…?」
「お、知ってたのか。あと『さん』はいらねェから」
「へ、あ、はい」
「よし、じゃあ行くぞ」
「どっどこに……」
「決まってんだろ?」

ワノ国特有の服を身に纏ったイゾウは綺麗に微笑み、シアンの手を軽く引っ張る。ちらりと着物の袖から覗いた手首は、男の人とはいえ細かった。
迷いのない歩みの後ろをついていき、向かった先は食堂だった。しかし食堂とは名ばかり、そこはもはや戦場とも呼べるところと化していた。大の男達が食べ物をこれでもかと平らげていく様は、見ていて恐怖心を煽られる。
この食堂を複数回利用したことのあるシアンは、ふと調理場に目を向ける。そこでは見たことのないコックがせっせと料理していた。前まであったサッチの姿はもちろんない。食べながら寝てしまうという特技を持ったエースも、探せど探せど見つかりはしなかった。
こんなに人がいるのに、その二人がいないだけで空っぽに見える。無意識に息が詰まりそうになるのをなんとか深呼吸してとどめ、イゾウの案内で比較的安全圏な席の確保ができた。
大人しく座っていると、コトンと目の前に置かれたのはふかふかのパン。シアンはここに来ると必ずと言っていいほどそれを食べるのだ。見知らぬコックにお礼を言い、シアンは一口サイズにちぎって口へ運ぶ。

「んーっ、おいしい!」
「そりゃあ良かったねい」
「っ……ま、マルコ…」

後ろからにょきっと現れたのは、ある果実を模したような髪型のマルコ。トレーの上にたくさんのご飯を乗せたそれを片手で持っている彼は、ごく自然な動作でシアンの前の席に腰掛けた。そのご飯の量と言ったら、軽く吐き気を覚えてしまうくらいだ。
シアンは見てられないとばかりに視線をパンに戻し、すっかり食欲がなくなってしまった胃に無理やり放り込む。

「シアンの船長はエースの弟なんだろい?」
「ルフィのこと? うん、そう」
「…そうかい、今どこにいるかとか分かるのか?」
「んー……ごめん、わからない。ビブルカードを作ってないから、誰がどこに飛ばされたとか把握できないの」
「ふうん…苦労するねい」
「あははー…。こうなるなら作っておけばよかったよ」

同情のこもったマルコの目に軽く返し、シアンは最後の一口をぱくりと食べた。満腹になったお腹をさすっていると、ある光景をふと思い出す。

「ほらシアン! デザートだ!!」
「お、おおぉ…! これは……!!」
「サッチ様直伝のホワイトチョコのムースだ!!」
「きゃーー! もうサッチ大好きー! ねえねえシャンクス、いっそのことマルコ諦めて、サッチを仲間にしようよ! 美味しいご飯食べ放題だよ!」
「い、や、だ! あ、どうせなら両方仲間にすればいいんじゃねェか!?」
「なーに言ってやがる鼻っタレがァ。マルコもサッチもおれの大事な息子だ、誰にもやるつもりァねェよ」


シアンが食べ終わった頃を見計らって、サッチは必ずデザートを持ってきた。旬のフルーツをたっぷり使ったデザートの時もあれば、チョコレートや生クリームをふんだんに使ったデザートの時もあった。シアンが「おいしい」と口にするたびに、彼は照れたように笑っていた。
鮮明に思い出したそれを忘れようとぎゅっと目を瞑ると、目の前のテーブルにコトンとあるものが置かれた。シアンはどきりと心臓を波打たせながらそろーっと目を開けると、そこには懐かしいデザートが。

「ち、…チョコ、ケーキ……」
「コックがシアンにだとよ」
「わたしに…?」

どうやらイゾウがわざわざ持ってきてくれたらしい。チョコレートに白色の生クリームがよく映えるケーキをひとしきり眺め終えた後、シアンはカチャ…とフォークを手に取って、ケーキを一口食べた。

「………」
「……どうだ?」
「…っ、すっごく美味しい…!」
「そうか…それな…」

――サッチが作り置きしてたやつだよい。
特殊な方法で保存してあったらしく、鮮度はそのまま。今作ったばかりと言われても信じてしまいそうになるくらい、このケーキは美味しかった。
ここまで自分を想ってくれているサッチが、いったいどんな気持ちでこれを作ってくれたのか…今となっては知る由もない。

「…ほんと、バカばっかりなんだから…」
「違いねェ」

シアンはそのチョコケーキを味わうように、ゆっくりと堪能したのだった。





「シャンクスがカイドウと!?」
「あァ、どうやらカイドウはおれの首を狙おうとしたみてェだ。」
「カイドウが……」
「あいつには借りを作っちまった」

グビッと勢いよく酒瓶を傾ける白ひげを懸命に止めようとするナース。昨日はなかった白ひげの体に繋がっているチューブを見て、シアン密かに眉を寄せた。

「…この戦い、勝っても負けても…」

そこまで言い掛けて口を閉じた。きっとこの先はもうみんな分かってるだろう。お酒はほどほどに、と白ひげに注意してからシアンは部屋から出た。
船から見える景色は、海の中の世界。色とりどりの魚がつんつんとシャボンをつっつくのを、シアンは時間も忘れてぼーっと眺めていた。

「きっと、ルフィも今頃知ってるだろうな…エースの処刑…」

まさかルフィがインペルダウンまで乗り込んでるなんてシアンは夢にも思わず、仲間達はどこに飛ばされたんだろうと気になりながらも、意識は自然と次なる戦いに向けられる。
コーティングの済んだモビーディック号は、ブクブクと暗い海へ潜っていった。





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