おはよう世界

――十年後。朽木ルキアが十三番隊隊長に就任した。隊長と副隊長が揃って新隊長着任の儀が執り行われる中、真っ白な髪を持つ女は今日も寝坊をして真昼間に出勤していた。

「縹樹〜〜〜?」
「ひえ、と、戸隠さん……」

いつもなら吉良の説教コースだが、今日は着任の儀があるから無いと思っていたのに。隊舎の戸を開けると、待ち構えていた戸隠によってお気楽な気持ちもどん底へ落ちていった。

平隊士から席官に入ったことで、戸隠の説教にも身が入る。ネチネチとしたそれが終わったのは、ゆうに1時間後のことだった。
ふしゅうと頭から煙を出しながら自席に着くと、山のように積まれた書類をさっさと片付けていく。その仕事っぷりに(これで遅刻が無くなれば言うことなしなのにな)と溜め息をつく戸隠。

数刻後、帰ってきたローズと吉良を出迎えた戸隠だが、次のローズの一言でピシリと石のように固まった。

「ところで、真白はまだ来ていないのかい?」
「いえ、先刻出勤して今は仕事を……っていない!?」

慌てて机を見に行けば、そこには『お散歩行ってきます』と走り書きされたメモが置かれていた。ぶるぶると震える手でそれを引き裂くと、戸隠は諦めたように項垂れて「書類配達行ってきます……」と大量の処理済みの書類を持って隊舎から出ていった。

その一連の流れは最早見慣れたもので、ローズと吉良は互いに顔を合わせて苦笑した。

「ただいま戻りましたぁ」
「あ」

怠そうな声で戸隠が出て行った扉から入ってきたのは、真っ赤な髪の紅綺だ。入ってすぐにローズと吉良に出迎えられては、流石の紅綺も狼狽えてしまう。
――あれから朱音と紅綺は、護廷に入隊することになった。実力は申し分なく、死神の力も持っていることから、霊術院には行かずに直接護廷に配置されたのだ。

紅綺は真白と同じ三番隊へ。そして朱音は――。




「真白やん」
「真子? 何してんの?」
「それはこっちの科白や。こんな時間になぁにサボってんねん」
「サボりじゃないですぅ、散歩ですぅ」
「ウッザ!」

そんなことを言いながらも、平子は真白の手を引いて後ろからぎゅっと抱きしめた。あまりの距離の近さに真白はわたわたと慌てながら離れようとするが、がっちりと抱え込まれているせいで一ミリも離れない。

「ちょっと真子!」
「エエやん」
「ええやんって、ちょ、離れてってば!」
「自分の彼女抱きしめて何が悪いねん」
「だっ、な、っ……」

顔を赤らめて口をパクパクさせる真白に、平子は堪らず後ろから口づけた。柔らかい唇の感触を確かめるように食むと、少し開いた隙間から舌を入れる。驚いて奥へと引っ込んだ真白の舌に自分の舌を伸ばして、食べるように絡めていく。
口から溢れる微かな水音さえ恥ずかしくて、真白は瞳を閉じて濃厚な接吻にただただ感じることしかできなかった。

解放された頃にはもう足に力が入らず、平子に腰を支えて貰わなければ崩れ落ちていただろう。未だ互いの顔が近くにあることに羞恥しながら、色気を醸し出す男の腹を肘でついた。

「このハゲシンジ!」
「ハゲてへんわ!」

二人で言い合いしながら戻ると、ひょこっと市丸が現れた。

「真白、ルキアちゃん等が現世に行ったらしいで。一緒に行かへん?」
「現世?」
「ほら、黒崎クンの子ども……かずさクンやっけ?」
一勇かずいくんでしょ! 勿論行くっ!」
「ほなら俺も――」
「平子隊長! 探しましたよ!」
「ゲッ、桃………」

雛森が怒った様子で平子を捕まえる。するとその後ろから「なーに真白ちゃんとイチャついてんのよ、このスケコマシ!」と朱音が吠えた。
紅綺の片割れである朱音は、五番隊に入隊となった。その配属先に否やを唱えたが聞き入れられる筈もなく、こうして真白の恋人に収まった平子によく突っかかる。

言い争っている隙に、市丸と真白は声を揃えて穿界門を開いた。

「ほな行ってきまーす」
「行ってきます!」
「あ、ちょっ待てやゴラァ!!」
「真白ちゃん!? あたしも連れてってよー!」

肩上で短く切り揃えられた白い髪が、風に乗ってふわりと揺れる。穿界門が閉じられる直前に真白は後ろを振り返ると、優しく笑った平子が此方を見ていた。

「気ぃつけて行ってこい」

送り出す言葉は、泣きたくなるほど優しかった。