「(まだ着替えてなかった!)」
そう、パジャマ姿なのである。いくら女同士だからと言ってこの格好では流石に恥ずかしい。一歩踏み出した足をそのままに、「はーい!」とその場で返事をするだけに留めた。
「もう朝食が終わっちゃうわよ!」
「もうそんな時間!? ごめん、すぐ行く!」
どこかで聞いた声だと思いながら、フィーは大慌てで着替える。寝癖のついた髪は杖を一振りすれば元通り。最後に鏡で確認すればオーケーだ。教科書を引っ掴んで部屋の扉を開けると、そこにはホグワーツ特急で見た女の子が立っていた。
「あ、」
「その、…おはよう。……一緒に朝食に行こうと思って……」
フサフサの髪の毛をしきりに触る彼女に、フィーは自然と笑顔になる。手を伸ばし、己の髪を触るその手に優しく触れた。
「おはよう。私はフィー・ディオネル。よろしくね」
名前を告げると、彼女も嬉しそうに頬を綻ばせた。
「私はハーマイオニー・グレンジャー。よろしくね、フィー」
これが、後に生涯の親友になる二人の出逢いだった。
「人が少ない」
「ちょっと前までは結構人がいたんじゃないかしら?」
「………早起き頑張ります」
くすくすと二人で笑い合い、グリフィンドールのテーブルに向かうと、既にハリー・ポッターとロナルド・ウィーズリーが朝食を食べているところだった。自然と彼らの隣に座ったフィーとハーマイオニーは、それぞれテーブルに並ぶ朝食に手を伸ばした。
「おはよう、ハリー、ロン」
「おはよう。遅くないか? もう授業始まっちゃうよ」
「明日からはちゃんと起きるってば」
「フィー、そこにあるパイを取って……ありがとう。それより、今日の授業の予習はした?」
パイを食べながらハーマイオニーが言う。彼女の向かいに座るフィーは、紅茶を飲みながら今日の授業が何かを思い出した。
「変身術だったっけ?」
「そうよ! 教科書は暗記するくらい読んだけれど、とても不安だわ……」
「大丈夫、今日は初めてだよ? どうせなら楽しまなくちゃ!」
楽しげに笑う彼女に、ハーマイオニーは不安が少し薄れたのか、そうねと頷くと残りのパイを食べて、紅茶で流し込んだ。ハリーとロンも食べ終わり、四人は授業の準備を始めた。勿論移動中も、お喋りは止まらなかった。
「変身術は、ホグワーツで学ぶ魔法の中で最も複雑で危険なものの一つです。いい加減な態度で私の授業を受ける生徒は出て行ってもらいますし、二度とクラスには入れません。初めから警告しておきます」
厳しい言葉を述べたマクゴナガルは、杖を振った。途端に机は豚に姿を変え、また杖を振ると豚は机へ戻った。一連の流れに生徒達は感激して、早く試してみたいとウズウズしている。しかし、実際に杖を振ったのはそこから何十分も後のことだった。
さんざん複雑な板書をした後、やっと一人一人にマッチ棒が配られた。まずは机ではなく、マッチ棒を針に変える練習から始めるらしい。
「これ、ミネルバが先生になってから何回したっけ」
何度も繰り返したこれも、今では完璧だ。苦笑しながらフィーは杖を振り、マッチ棒を針へと変えた。その針は鋭く尖り、キラキラと輝かしい光を放っている。近くではハーマイオニーも見事マッチ棒を変身させたらしく、マクゴナガルが厳しい顔を綻ばせ、褒めていた。
やがて此方へ歩いてきた彼女に、フィーは一生徒と同じように振る舞う。ちらりと目線を上げるとマクゴナガルのそれと重なった。彼女は机に置いてある針を見つけると、柔らかく微笑んでみせた。けれどハーマイオニーの時のように褒めない。
これが、いつの頃からか二人の秘密になっていた。公に褒められなくても良い。ただ彼女の――マクゴナガルの嬉しそうな表情が見られれば、それで良い。それだけで頑張れる。彼女もそれを分かっているからこそ、褒めもせず、ただ笑みを浮かべて見せるのだ。
「――今日は魔法薬学だね」
金曜日の朝、フィーは砂糖とミルクたっぷりの紅茶を飲みながら呟く。それにロンがスリザリンに対して皮肉を言っているのを聞きながら、その寮監を思い出していた。
まだ一度も会いに行くことが出来ていないが、一体どんな教師になっているだろうか。まだ彼の教師像が思い浮かばず、実は昨晩からロンやハリーとは違う意味でドキドキしていたのだ。
また一口紅茶を飲むと、突然何百羽もの梟が大広間を飛び交った。舞い落ちる羽がマグカップの中に入らないようにと、カップを持っていない手で口元を覆う。するとハリーの手元に、手紙とマーマレードが落ちてきた。どうやらそれはハグリッドからのようだ。ここに来て初めての自分宛の手紙にハリーは驚き喜んでる。
彼の隣でその様子を笑って見ていると、フィーの手元にも一枚の手紙が落ちた。一体誰からだと拾い上げると同時に、彼女はとても後悔した。何故ならそれは見事なまでに赤い紙――吼えメールだった。
「うわ、フィーそれって……」
「言わないで、ロン。私も戸惑ってるんだから…」
こんなものを送ってくるなんて、差出人は誰だと名前を見ると、そこには予想していなかった名前が書かれていた。何故彼から、と思っている暇もなく、吼えメールは勝手に姿を変えて口のような形になった。
《っの……バカフィー!! いきなり僕らの前から消えておいて、また勝手に現れるなんて! 心配をかけるのも大概にしてくれるかい!? だいたいあの時も――………とまあ、言いたいことはまた今度たっぷりと君に直接言うとして。
またあの頃のように悪戯ばかりして、先生方に迷惑をかけないようにね。お菓子も……僕が言えることでもないけど、ほどほどにすること。それから朝食もしっかり摂るんだよ。放っておくとフィーは紅茶しか飲まないから。課題も面倒がらず、自分の手で終わらせるんだよ。
それじゃあ、また君に会える日を楽しみに待っているよ》
全てを言い終えた真っ赤な手紙は、燃えて跡形もなく消えてしまった。長い説教にだんだんと頭が下がってしまっていたが、結局は自分が何も言わずに彼らの前から姿を消した所為なので、文句は言えない。けれど彼は一体誰から自分のことを聞いたのだろうか。
「今のは誰?」
「昔お世話になった人。すっかり連絡を忘れていたから、怒ったみたい」
「あら、フィー。怒られたっていうのに、なんだか嬉しそうね?」
「え?」
「だって貴女――笑ってるわよ」
ハーマイオニーの見つめる先にあるフィーの表情は、とても嬉しそうに微笑んでいた。