「待て。貴様何かイカサマをしただろう」
「してねーよ!!」
「そうよ。ゴドリックが勝つだなんておかしいわ」
「いや、だから――」
「わたしもそうおもーう! だいたいゴドリックって………チェス苦手じゃなかったっけ?」
「苦手だけど! いっつも負けてるけどさ!?」
オレンジ色の灯火の中、パチパチと焚き木が燃える音が微かに聞こえる。ゴドリック・グリフィンドール、サラザール・スリザリン、ロウェナ・レイブンクロー、ヘルガ・ハッフルパフの四人は、一つのテーブルを囲むように座りながら今しがた終わったチェス勝負の勝敗について話し合っていた。それを離れたソファーの上で、呆れたように聞いているのはフィー・ディオネルだ。四人はそんなフィーに気づいていないのか、「何で疑うんだよ!」「今自分でも言ってたじゃん、いつも負けるって」「ぐっ……たまには勝つんだよ!」と、まだ言い合っている。
「はーいはい、おしまいおしまい。今回のチェス勝負はゴドリックの勝ち! と言うことで、今回賭けてた寮はゴドのところだね」
「さっすが俺――」
「待て、考え直せフィー。
「ひでぇ言い草だなおい…………」
サラザールは、意地でもフィーをゴドリックの寮にしたくないようだ。既にフィーの配属する寮を賭けて幾度か勝負が行われているが、その度に誰かが勝つとこうして言い合いを始め、フィーが止める。これが当たり前の光景になりつつあるのは否めないが、それでも楽しいと感じてしまうのだから、フィーもだいぶ毒された。フゥ……と困ったように溜め息を吐くと、やがて笑みを浮かべてまた始まった口喧嘩を止めに入った。
「ちゃんとみんなの寮もあるんだから! 確かにゴドリックがチェスで勝つのは予想外だったけど………たまにはそういう時もあるよ」
「え〜〜〜? チェスは運勝負じゃないよ!」
「まあまあヘルガ、落ち着いて………」
優しく宥める声が部屋を包み、先程までの険悪な雰囲気はすっかりなりを潜めた。それから五人はロウェナが淹れた紅茶を飲みながら、チェス盤の片付いたテーブルの上に何かが描かれた羊皮紙を広げ、話し合っている。それは夜が更けても続いた――………。
・
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映像はザザッ……と砂嵐のように変わり、フィーは自分の身体より一回りも大きいゴドリックの脚の間に座り込んでいた。空には無数の星が瞬き、ひっそりと二人の姿を見守っている。
「…………お前と出会って、もう何年目だっけな」
「んー………。数えてないから分からないなぁ」
嘘。本当は数えている。一年一年、大切に。けれどそれを言わないのは――。
「……ゴドリック」
「なんだー?」
「ありがとう。………学校のこと」
「ははっ。……やっぱりフィーにはバレてたか………」
キラリと輝く星々を見上げながら、ゴドリックはフィーを後ろからギュッと抱きしめた。背中から感じる温もりに身を任せ、フィーも夜空をソッと見上げる。
「でも、それだけじゃない。フィーもこの世界を見て知っただろう? もともと魔法を自由に学べる所――学び舎は創るつもりだった。この時代で俺達魔法族が普通に暮らしていくには、限界がある」
「………うん」
「だからこそ、魔法を使う人達が安心して己が魔法を高める場所が必要だって、俺達はずっと――もう何年も話し合ってきた」
魔女狩りなるものが始まってから、魔法族の間では束の間の平穏すら無くなってしまった。この先もずっと
「計画も大詰めに入ってきた。創り始めたらすぐだ。――フィーには、その学校を守って欲しいんだ」
“不死”という特異な体質を持つフィーだからこそ、頼める願いだった。『フィーへのプレゼント』と称していながら、ただ彼女を利用している自分に嫌気がさしてくる。そんなゴドリックの心の内さえもフィーは敏感に感じ取り、自分を包む男の腕を上からソッと触れた。
「あーあ、俺も不死が良かったな!」
「………私は、ゴドリック達が不死じゃなくて良かったと思ってるよ」
「何でだよ! 俺はっ……俺達は、フィーとずっと一緒に生きていきたいんだよ……!」
なんて、切ない慟哭か。
フィーは込み上がる涙をぐっと堪え、「わたしは、」と口を開いた。
「私は、ゴドリック達にこの苦しみを味わって欲しくない」
不死とは、誰もが望むもの。永遠なる時間。しかし『不老』ではないのだ。周囲との時間の流れが違う分、見た目もあまり変わらない為『不老不死』と思う者もいるが、フィーは『不死』のみ。それ故、抱える苦しみもまた計り知れない。――大切な人の死を看取り、気が狂いそうになるほどの長い時間をひとりで生きていく。それがどれほど辛いことなのか………本当の意味で分かることが出来るのは、きっと、誰もいない。――それでも、と。この男は、彼らは願う。
「………俺達は、フィーの側にいたいだけなんだよ…………」
数千年後には『大魔法使い』と呼ばれる者達が願うのは、誰もが当たり前に手に入るちっぽけなものだった。
「……私も、ゴド達とずっと一緒にいたいよ」
「だったら――っ!」
声を荒げようとしたゴドリックだが、自分の手にぽたりと冷たい何かが落ちてきたことに気づく。次いで驚いたように目を瞠った。フィーが、泣いていたのだ。深い青色の瞳から生み出される滴は次々と頬を濡らし、顎を伝ってゴドリックの手の甲にぴちゃんと落ちる。それをただ見ていることしか出来ないゴドリックに、フィーはやっと口を開いた。
「………たし、だって………っ」
「フィー………?」
「っ、わたし、だって! 私だって………みんなと一緒にいたいよ…っ……」
先程と同じ台詞なのに、なぜか重みが違うとゴドリックは思った。それはフィーが泣いているからなのか、それとも自分の捉え方が違うのか。どれだけ考えたって答えは出ず、ただフィーの続きを待った。
「数年後先、みんながいない世界を生きることがたまらなく怖い……。……考えただけで涙が止まらないの」
でも、と。フィーはそんな自分の思いを押し殺して笑った。月に照らされた白銀の髪が夜空にふわりと靡く様の、なんと儚いことか。
「だからこそ、『今』を大切に生きたい。みんなと過ごす時間が限られているからこそ、人は人を慈しみ、ずっと一緒にいたいと思うんでしょう?」
流れる涙をそのままに、綺麗に微笑むフィーがたまらなく愛おしい。ゴドリックは力加減もせずにより強くフィーを腕の中に閉じ込めた。
「………そうだな、そうだったな」
当たり前で、けれどとても大切で。そんなことも忘れていた自分に苦笑し、重なる二人の鼓動に暫くの間耳を傾けた。
「じゃあ………約束しようぜ、フィー!」
「約束?」
「あぁ」
唐突に提案されたそれに、フィーは首を傾げる。何気ない仕草にゴドリックは微笑み、コツ、と自身の顎をフィーの頭の上に置いた。
「たとえ直接フィーの目の前にいることは叶わなくても、俺達はずっとフィーの側にいる。………だから、この先どれだけ辛いことがあって絶望しても、……笑顔を忘れるな。挫けたっていい。泣いたっていい。ただ、そうして折れた分笑ってくれ。俺達はずっと見てるから。フィーの頑張りも、辛さも、全部」
言葉とは、不思議だ。魔法なんて使わなくたって、こんなにも涙が溢れてくるのだから。
「……うん…っ………!」
約束する、約束するから。――今だけは、涙をながすことを許してください。そうしたらきっとまた、嘘偽りのない笑顔を浮かべてみせるから。
星が瞬く夜、フィーは涙交じりに約束を交わした。
・
・
「――ミス・ディオネル?」
ふっと意識が浮上し、自分を呼ぶマクゴナガルの声が聞こえてきた。いつの間にか視界を覆い尽くしていた組分け帽子をグイッと持ち上げると、マクゴナガルだけでなく生徒達もフィーを見たままだった。どうやら随分長い間座ったままだったらしい。途端に恥ずかしくなり、フィーは帽子を乱雑に取ると背の高い椅子から飛び降りてグリフィンドール寮のテーブルまで急いだ。空いている席を探すと、フレッドとジョージがぶんぶんと手を振ってフィーを呼ぶ。彼らの指は二人の間に向いていて、どうしようかと迷う間も無くそこに収まった。
「「一緒の寮だなっ!」」
「あはは、ありがとう」
仲良さげに双子と話すフィーを、周りの者達は遠目ながら信じられない眼差しで見ていた。あんなに儚げで美しい人が、グリフィンドールの悪戯仕掛け人と親しいだなんてという思いだろうか。そんな視線が向けられている事に気付かないフィーは、「緊張した………」と恥ずかしそうに双子に笑いかけている。
音もなく立ち上がったのはホグワーツ魔法魔術学校校長、アルバス・ダンブルドア。長いローブの裾をスルスルと床に引きずりながら、大広間を一望できる位置で足を止める。全生徒の視線を受け止めた彼は、アイスブルーの瞳をキラキラと輝かせた。
「おめでとう! ホグワーツの新入生、おめでとう! 歓迎会を始める前に、二言、三言言わせていただきたい。では、いきますぞ。そーれ! わっしょい! こらしょい! どっこらしょい!以上!」
宣言通り二言三言で終わった挨拶に、全生徒は大きな拍手を送った。どうしてもこのような挨拶は長くなるのが通常なのに、という思いがあるのだろう。あっという間に長いテーブルの上に埋めきらんばかりの料理が並び、腹ペコ状態だった生徒達は我先にと手を伸ばした。フィーは自分の席に座っていくダンブルドアを見送ると、とりあえず目の前にあった山盛りのポテトを皿に取った。すかさず両隣の双子が「フィーこれも!」「フィーあれも!」とどんどん追加してくるもんだから、ポテトのみだった皿は食べきれないほどの料理が乗ってしまった。
なんとかそれらを食べ終えると、またもや「「次は――」」と料理を取ろうとする二人に「待って待って!」とやっとの事でストップをかけた。もちろんまだ満腹ではないが、フィーにはある目的がある。ここでお腹いっぱいご飯を食べてしまうわけにはいかないのだ。ここで思い出すのは、とある友人とのやりとりだ。
「フィー? 貴女全然食べてないじゃない」
「こっこれから食べるの」
「まーた
「待って、お願いリリー…………あぁぁぁ…ま、多い多い………!!」
「これを食べきるのよ、フィー?」
「そんな笑顔で言わないで…………」
同じテーブルで、同じ場所で、フレッドとジョージと同じようにあれもこれもと料理を盛る、大切な友人。もっとも、彼女はフィーがなぜあまり料理に手を伸ばさないのかを知っていたから、フィーのストップなど歯牙にもかけず無理矢理にでも食べさせていたが。
「なんで!」
「まだそんなに食べてないだろ?」
「えっとね、私は――」
そう言いかけた時だった。盛りだくさんだった数々の料理が一瞬にして消え、今度はデザートがテーブルを埋め尽くした。ワッと驚く生徒達を他所に、真っ先に手を伸ばしたのはフィーだ。ギラリと捕食者のごとく目を輝かせ、片っ端から皿に盛る。フレッドとジョージは互いに顔を見合わせ、「そういえば」「そうだったな」と半目状態で苦笑すると彼女の手の届かない範囲のものを取ってあげていた。しかしフィーが甘いものが大好物だと知らない者達からすれば、これはスルーできない。むしろ二度見三度見ぐらいして、やっと「何アレ………」と口にできるほどには予想外の光景なのである。
「ン〜〜〜〜ッ! このタルトすっごく美味しい! あ、ジョージ糖蜜パイ取ってくれたんだね、ありがと。〜〜〜っおいし〜〜! あっフレッド! あれ、プディング取って! あそこのやつ! ありがとう!」
先程とは打って変わって大量のデザートを胃に詰め込むフィーは、もっとと手を伸ばした。次は豆乳パイだ。もうだいぶ食べているというのに、その食べっぷりは衰えない。一番初めに食べ始めたのはフィーだったのに、気づけば彼女以外の生徒は手を止めていた。
「〜〜〜っ、おいしいっ! 好きなものを好きなだけ食べられるって幸せ…………」
フォークに乗せたパイをうっとりと眺めるフィー。屋敷ではハウスエルフのレイテルが食事の用意をしてくれるのだが、健康管理も請け負っているレイテルは栄養バランスの整った食事を出してくる。故にこのように気兼ねなく好きなだけデザートを食べられることはなかなか無いのだ。
そうしてやっとフィーがフォークを置くと、待っていましたとばかりにテーブルの上に並んでいたデザート類はすべて無くなった。目を細めて見るからに幸せいっぱいのフィーに、周りのグリフィンドール寮生は目を奪われた後、苦笑した。
「全員よく食べ、よく飲んだことじゃろうから。また二言三言。新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある。一年生に注意しておくが、構内なある森に入ってはいかん。これは上級生にも、何人かの生徒たちに特に注意しておこう」
そう言いながら、ダンブルドアはフィーの両隣を陣取っている双子のウィーズリーを見た。なるほど、ダンブルドアにも彼らの悪名は届いているらしい。
「最後じゃが、とても痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱい四階の右側の廊下に入ってはならぬ」
真剣なトーンで注意したダンブルドアだが、何人かの生徒は冗談だと思ったらしくクスクスと小さな笑い声が聞こえた。ちらりとハリーを見ると、彼も他の生徒につられるように幼い顔を綻ばせていた。(…………まだ子どもだもんなあ)と、その危機感のなさに溜め息を吐きそうになるのをぐっと堪え、今度はダンブルドアに向かってジロリと半目で睨んだ。何故こうも好奇心を煽るような言い方をするのか。まるでそこに何かがあると言わんばかりだ。
小難しい話の後は、校歌斉唱だ。しかしホグワーツの校歌は決められて音がないため、思い思いの音、リズムで歌うのが毎年の習わしだ。フィーは久し振りに歌うそれに楽しそうに笑っていたが、隣のフレッドとジョージのとびっきり遅い行進曲のせいで更に笑ってしまった。
「ふぁぁ………」
「お?」
「眠いのか?」
「んー………。今日早起きしたしね………」
人混みに飲まれないように、両方の手を双子に握られながら寮まで歩くフィー。道中、悪戯ゴーストのピーブズが現れ、生徒たちの行く末を阻んできたがそれもなんとか終わり、寮に着く頃には皆クタクタになっていた。
「じゃあな、フィー」
「ゆっくり休めよ」
「うん。ありがとう、おやすみ」
女子寮の階段を上がり、フィーは「おやすみ」と声をかけられる度に同じ言葉を返しながら、自分の部屋へと入る。そこには誰もおらず、ベッドも一つしかない。そう、フィーは一人部屋なのだ。この部屋はホグワーツが創られた時からある、彼女の部屋。この学校に入学した時は、必ずと言っていいほどフィーにはこの部屋があてがわれる。
簡単にシャワーを済ませ、短パンにロングシャツを着る。髪の先からポタポタと滴る雫をそのままに、フィーは梟籠の扉をソッと開けた。するとよちよちとゲージから出てきたのは、梟のチェイルだ。チェイルは「ホー」と小さく鳴くと、やがてここが定位置とでも言うようにフィーの肩に留まった。少しの間梟を撫で、窓を開ける。涼しい風が部屋に舞い込むと同時に、チェイルはバサッと翼を広げて外に飛び出した。星空を悠々と飛び回る梟の姿を見納め、フィーはやっとベッドに潜り込んだ。
「………帰ってきたんだ、わたし」
まだあまり実感は湧かないけれど。ウトウトと微睡む中、明日からの暮らしを楽しみに思う自分に笑い、フィーは眠りについた。