こわい飴玉

 “癒しの部屋”から出て次の授業は何だったかなと思い出そうとしていると、壁に掛けられた絵画達が話しかけてきた。

「おや、フィーじゃないか」
「一人なの?」
「うん。ちょっとあの部屋に用事があったから」

 絵画達も“癒しの部屋”の存在は知っている。この校内の絵画を自由に行き来している彼らに隠し事なんて、そもそもが無理な話だ。

「こうして話すのも久しぶりだねえ」
「そうそう! フィーってば、なかなか一人にならないから話しかけられなくて」
「確かに、帰ってきてからゆっくりとおしゃべりしてなかったね。わかった、また今度話に来るね」
「あら、ほんと?」
「それなら城中の絵画達に伝えておこう!」

 ウキウキとした様子でたくさんある絵画の中を動き回る姿に笑いながら、フィーはとりあえず来た道を戻る。途中で大きな窓から夕焼けが射し込み、思わず足を止めてしまった。
 よく、彼らが箒で飛び回る姿をここから見ていた。自分で箒に乗ることが苦手なフィーを、彼らは順番に後ろに乗せてくれたことを、昨日のように思い出せる。

 茜色に染まる空を見ながら昔を思い出していると、ぽんっと肩を叩かれた。

「!?」
「あ、ごめん! 驚かせるつもりは無かったんだけど」
「い、いえ、別に大丈夫ですけど……」

 肩を叩いてきたのは、カナリアイエローのネクタイを締めたハッフルパフのハンサムな男子生徒だった。柔和な表情は見ているこちらまで気持ちを落ち着かせてくれる。

「僕はセドリック、セドリック・ディゴリー。見ての通り、ハッフルパフ生だよ」
「私はフィー・ディオネルです。よろしくお願いします、先輩」
「先輩だなんて、そんなかしこまらなくてもいいよ。同じホグワーツ生なんだし、気軽に呼んで?」
「え? えっと、じゃあ……セドリック?」
「うん」

 フィーに名前を呼ばれ、セドリックは満足したように笑みを深めた。ハンサムな男は、こういった台詞もやはりスマートに決めてしまうものなのか。

「こんなところで何をしていたの?」
「空を見ていたの。……黄昏時のこの瞬間を、目に焼き付けたくて」
「たそがれどき?」
「――お腹すいてきちゃった! 早く大広間に行こう、セドリック!」

 それ以上話を続けず、フィーは窓から離れて先へ数歩進む。セドリックももう追求することを諦め、どこか大人っぽく笑う歳下の女の子の後ろをついて行った。



「あの後どこに行っていたの?」
「えっ……えっと、」
「「おーいっ、フィー! こっち来て一緒に次の悪戯を考えようぜ!」」
「(いいところに!)はーいっ、すぐ行く! てなわけで、また明日!」

 ハリー、ロン、ハーマイオニーの尋問から逃れてフレッドとジョージの元へ駆け寄る。談話室の隅で頭をつき合わせ、乱雑な字でいろんな悪戯が書かれた羊皮紙に、さらに新たな悪戯を加えていく。


「これならどうだい? 爆発式の飴玉!」
「あ? ばくはつ……の、飴ぇ?」
「そう! これを最後まで舐めれば爆発しないけど、噛み砕けばたちまちボンッ! 魔法で失敗した時みたいに、髪の毛も焦げちゃうんだ」
「あははっ、それいいじゃん! それなら爆発シリーズで、いろんなお菓子で試してみない?」
「うわぁ、それだと真っ先に僕は黒コゲになるね」
「ドジなピーターも、な」
「しし、シリウス、ひどいよぉ……」
「僕としては、ぜひともフィーに食べてほしいんだけど……」
「その前にジェームズの口につめこんであげるね!」
「ゴメンナサイ」



「フィー?」
「あ………えっと、」
「なんか思いついたか?」

 同じ瞳に見つめられ、フィーは少し言葉に詰まりながらも口を開いた。

「その、爆発式の飴玉――なんてどうかなって……」
「「爆発式の飴玉??」」
「最後まで舐めれば爆発しないけど、途中で噛んじゃったら爆発して、黒コゲになるっていう飴……なんだけど、」

 どうかな、と言う前に「「それ最高じゃん!」」とキラキラ光る瞳が眼前に迫った。そうと決まればと羊皮紙に書き足し、商品化に向かって話し合う双子。その勢いに飲まれながら、かつて自分の大切な友人が考えた悪戯がこうしてまた息を吹き返すのは、心が震えるほど嬉しい。
 いつか君が目覚めたときに、この悪戯をしてみせようか。なんて明るい未来を想像して、フィーは口元に手を当てて笑った。

「そういや、もうすぐハロウィンだな」
「今年はどんな悪戯にするよ? 相棒」
「そうだな……フィーは何か案ある?」
「うーん、盛大に盛り上がるようなやつがいいよね。まず花火はもちろんいるし……」

 悪戯がたっぷり書かれた羊皮紙をくるくると丸めて端に起き、今度は来たるハロウィンに向けての話し合いが始まった。悪戯仕掛け人にとってハロウィンとは、絶好の悪戯日和! つまり、とびっきりの悪戯を考えることは義務なのである。

「朝の大広間はこっそり仕掛けて、授業はスリザリンとの合同が多いから、あいつらに日頃の恨みをぶつける悪戯をだな――……」
「て、手加減はしようね」
「だーいじょうぶだって! 死にはしないから」
「そういう問題じゃなくて……」

 口ではそう言っていても、おそらくそんな過激なことはしないだろう。楽しそうに笑い合う二人を信じつつ、フィーも思い立つ悪戯をいくつか伝えた。

「フィー、そろそろ寝ないと。また明日起きれないわよ?」
「もうそんな時間? ごめんフレッド、ジョージ、私もう寝るね」
「「俺達もそろそろ寝るか。おやすみ、フィー!」」
「おやすみ! ハーマイオニーもありがと、おやすみ」

 女子寮でハーマイオニーと別れ、自室に入る。ひやりとした空気が部屋を包み込み、窓にかかるカーテンがふわりと揺れた。見れば窓は開いていて、ついでにゲージの扉もキィキィと音を立てながら揺れている。

「チェイルってば、拾い食いしてないといいけど」

 たまに変なものを食べてお腹を壊す、少しドジな愛梟・チェイル。梟フーズは欠かさずあげているが、やはりたまにはミミズなども食べたいらしい。
 ローブを脱ぎ、簡単にシャワーを浴びてベッドに座った。レポートが出ているが、提出はまだ先。今晩する必要はない。

「…………、ハロウィンかあ」

 何度も繰り返した、あのキラキラして笑顔に溢れたイベント。どの時代でもあの日だけは皆が楽しんでいた。

「今年は、どんなハロウィンになるかな」

 布団に埋まり、クスクスと笑うその姿はただの女の子のようで。

「――楽しい日になるといいな」

 彼女のひとり言に応えるように、遠くで梟が鳴いた。