1.その欲望は水晶に似ている

入試。

ついに、ついに! 雄英高校ヒーロー科、入試の日が来た。どきどきしちゃうくらいにワクワクだ。いや、ほんとうに。 わたしの語彙力がなくなってしまうくらい、どきどきだ。大丈夫。きっと大丈夫。ふわふわとする頭をなんとか正気に保とうとして、ふらふらと歩く。
 はー…キンチョーするなぁ。ドデカイ校舎、強そうなひとたち。周りをみてもみんな堂々と歩いているんだもん。わたしも頑張らなきゃ。
未だにじんじん震える心臓を抑えながら、入試会場へ入る。受験票をぎゅうう、っと抱きしめて、指定された席へ座ると隣には、わたしの中学の隣の隣のクラスの男の子たちが座っていた。
「苗字、おまえも雄英だったんだな」
「あ、……うん。そうなんだ。幽谷響(やまびこ)くんもそうなんだね。」
「おう、おまえが雄英受けるなんて知らなかったよ。…どんな個性なんだ?」
「おい、幽谷響(やまびこ)。もう始まるぞ。」
幽谷響くんはその名の通り、自分の声をやまびこのように反響することができ、その言葉を聞いたものを震え上がらせることができる個性で、その幽谷響くんを止めてくれた人の名前はわからないけれど、確か物を着火させる個性だった…かな?
苗字に反して明るく優しい幽谷響くんは、おう、と返事して前を向いた。
「今日は俺のライヴにようこそー!!」
ボイスヒーローのプレゼントマイクから始まった入学試験。模擬市街地演習の説明がされていき、眉毛が愉快な男の子が質問したり、もさもさ頭の男の子がぶわぶわしてたり、雄英ってかんじだ。うん。

B会場。記載されたところに向かい、軽く屈伸したり、腕を伸ばしたり。はぁー、どきどきするなあ。
0Pの敵とか1Pの敵とか、よくわからないけれど、ガンバロウ。
周りはみんなソワソワしてたり、ギラギラしていたり。そっと手を握って、覚悟を決める。ようし、がんばるぞ。今日だけで50回は言ってるその言葉を胸に、市街地を見る。高めのビルと低い建物が混在している。上での戦闘はあまり控えた方がいいかも。視界が開けない場所での戦闘は避けて、低い建物が集まってる方へ意識を向けるようにしよう。
「ハイスタート!」
弾かれたように言われたコトバ。
 脚に攻撃力を付加し、大地を蹴る。近場にいた2とかかれたキカイで着地する。プスプスと音を立てて動かないから、これで2P入ったんだろう。そのままの勢いでそこらにいた1Pをぶっ飛ばし、上へ蹴り上がる。ええ、と 低めの、低めの。西のほうかな。
 そのままの勢いで下に落ちて 先ほどと同じく キカイで着地し、脚に攻撃力をプラスし続けながら壊し続けた。周りのひとたちもそうしてるみたい。早いもの勝ちってやつだな、こりゃ。


目安が何ポイントなのかは分からない。
わたしが悠長に倒している間にも周りはたくさんポイントをたたき出しているはずだ。よし。
 敏捷力付与。脚に纏わせ地を蹴り、仮想敵を蹴り、殴り。長くなってきた髪の毛がうっとおしいけれど、それどころじゃない。 背中を伝うその髪を揺らしながら 只管に破壊し尽くす。つかれてきた。ふー。

ガァアン、ゴゥン、と音がする。わたしが来たのと逆の方。東のほう。 スタート地点を真っ直ぐいった先の方でなにか派手な個性が使われたのか、音が響き渡ってくる。 それにしてもデカすぎるナニカが見える。
 ……まさか、プレゼントマイクが言っていた"所狭しと暴れるギミック"? 倒しても0Pっていう。 珍しいもの見たさに走り、そっちの方まで行っている……と、ソレが、壊れた。
 逃げ惑う人々と追うギミック。圧倒的なでかさ、破壊力を持つソレが、ひとつのパンチで。 右腕の、一振りで。
ソレをした男の子の右腕は、壊れていた。
周りの歓声と裏腹に、男の子は落ちていく。きっと無事に着地できない、あの子は。
「……付加(エンチャント)、敏捷力プラス、攻撃力プラス」
ぐぅうう、と走る。踏切のときにぐぅっと力を込めて、飛ぶ。 とどけ、届け。 涙が重力に逆らいながら零れている少年の元へ、とどけ。

「とどけ!!!」

ダンッ、と男の子を抱えて、着地。防御力を付与までは間に合わなかったのか、足がいたい。いたい。「いいっっづづだあ"あ"あ"い!!!」
治癒力を脚に集中させて、男の子を見る。右腕が砕けて、赤く変色していて、わたしどころじゃなかった。自分への付加をやめて男の子への右腕へ。汗が滴って頭がぼうっとしてくるけれど、それもまあ、まあ。
ああ、いたい、いたい。 でも、君はもっと痛いはずだ。 涙で潤んでいる目をそっと拭ってやって、自分の汗も拭う。終了のアナウンスが響き渡る中、ずっとそうして彼を見ていた。
 彼はわたしのことをじっと見て、腕の痛みに気づいたのか歯を食いしばって耐えている。……「くそ、0ポイントだ」その言葉が少し癇に障った。命よりもポイントが大事なのか、この子は。

リカバリーガールが下に見える。自分の脚でも治してもらえるだろう。骨折しているのか動けない。あ〜、情けない。情けない……。助けた自分がこのザマかよ。
「ね、ねえ!」
「わ、大丈夫?」
「だ、大丈夫、僕ももう、大丈夫だから、その、脚、」
「ああ、これ……ねえ、やばめだから下まで連れていってよ、ヒーローさん」
「うええ?!!?ひ、ヒーローだなんてそんな、ぼく…」
狼狽える少年にはやく、と促すとああ!そうだよね!!と下へ連れていってくれた。
「おやまぁ、ようやったねえ。」
「ごめんなさい、お願いしてもいいですか?」
「はいよぉ、覚悟しなねぇ」
チュウウウ、と吸われながら、痛みと疲労感を引き換えに治癒されていく。治癒力の超活性化。すごい個性だ。このヒーロー。
「あ、あの、」
「おやまあ、あんたも右腕怪我してるじゃないか、ほら」
ちゅううう。少年があついキッスをしているところをじっと見る。あ〜あ、あー。つかれた…つかれた…。今すぐ、寝たい。










1週間。ついに通知が届く。 たぶん、筆記はぼろぼろだろう。 うう、あんなに頑張って覚えたのに。記憶力付加とかできないんだよ私の個性。…いつかできるようになるかな?
「……ふう。」 もう何度目か、十分おきくらいにポストを見て、落胆してを繰り返してる。そぉっとポストを開けると、そこには……!

ない。


すっかりよくなった足を抱えてごろごろと部屋を駆け回る。昨日から、ずっとこの状態だ。
 はあ、と頑張って息を整えるけれど、一向に興奮は収まらない。実技の方では自信がある。筆記は疲れすぎて自己採点のための答えは書けなかったくらいできなかった。
落ちたらどうしよう。あの雄英に。落ちたら。
ガラガラと自分の人生設計が崩れていく。嘆いていると、ピンポーン。
「付加子ちゃ〜ん?」管理人さんだ。
「なんかね〜、昨日ウチのほうに届いてたのよ〜、渡すの忘れてたわぁ、ごめんね。」
管理人さんから渡された手紙を見ると、右下には"雄英高等学校"の文字。
ありがとうございます!、と返して バンッと扉を閉める。
ドキドキ、ドキドキ。
ぺりっと優しく封を開けるとなにやら機械が入っている。コトリ、と机に置くと、なにかが投影されたようで、声だけ聞こえたので、急いで部屋のカーテンを閉めて、映像を見た。
『やあ!オールマイトだ!』
……えっ?



『実は今年度からココに赴任することになってねえ!』

『それはそうと試験の結果だ!』

『筆記のほうはかなり危なかったぞ〜!あと18点足りなかったら不合格だった!』

『だが!実技はキミがトップだ!』

『敵ポイントだけだと2位だったんだがな……ギミックを粉砕した少年を助けたときの救助活動ポイントでトップに躍り出た!おめでとう!』

『合格だ! 春から雄英高校1−B!君は誇り高き雄英の生徒だ!』

『えっ違う?……失礼した!1−Aだったようだ!すまない!』

『とにかく!おめでとう!さらに向こうへ!Plus ultra!!』



ぷつん。




「う……」
「受かった、……!!」

合格。不合格じゃなくて、合格! 嬉しさのあまり涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。やった!受かった! 赴任されるオールマイトだとか、実技でトップだったとか、もうそんなのどうでもいいくらいだ!
今日はお赤飯です、おかあさん!