「気休めにこれでも持っておくか?」
 ハハハと乾いた笑いを零す御手杵に三日月宗近が自身の懐から、青の御守りを取り出す。常に前線に出ている者が所持を義務付けられているものだった。一度の刀剣破壊から身を守ってくれるそれを見つめ、彼は一寸考えてから礼を言って受け取る。その間審神者は何も言わずやり取りを黙って見ていた。
 さて行灯は残るところ十数個となってしまった。夜はすっかり更けていて、草木も眠る丑三つ時が近いだろうか。短刀たちは騒ぎすぎて疲れたのか、うつらうつらと船を漕ぐものが多かった。粟田口唯一の太刀が鯰尾、骨喰と共に甲斐甲斐しく弟たちの世話を焼いている。薬研藤四郎は一瞬腰を持ち上げ手伝いに行こうかと考えたのだが、隣の女が漏らすなんとも言えない空気に黙って落ち着きなおした。胡坐の中に収める短刀を一撫でして。
 すっかり寝入ってしまった小夜左文字を宗三に預けながら、江雪がこほんと咳払いをする。数人の動きがぴしりと止まってしまったのは、彼が披露した一話目が大層恐ろしかったことに起因するのだろう。宗三とは逆隣りに座っている鶴丸も勘弁こうむりたいとでもいうふうに苦笑を浮かべている。兄弟のためにさっさと終わらせたいんだろうなあと、薬研は頬杖を付きながら思った。

第八十二話 江雪左文字「鉄砲水」

 皆さんのようにそんなに恐ろしい体験を何度もしたことがあるわけではないので……申し訳ないのですがここは万屋の店主から聞いた話を、一つ。ええ、主から使いに出されるうちに世間話をする程度の仲になりまして。ええ、ええ、許可はとっていますよ。
 では改めて……彼の甥っ子は十四歳の男の子で、チュウガッコウといいましたか……そこに通って勉学に励んでいるそうです。その一環として夏になると自然学習と呼ばれるものがあるらしく、普段置かれることのない山や川に赴き一泊し帰ってくる、というものでした。素敵ですね、生きとし生けるものに触れ合う機会を作ってもらえるのは。私はそう答えたのですが、店主は「いやあ……」と言葉を濁すのです。何かあったのかと訊ねれば彼は若干顔色を悪くし、口を再度開きました。その晩とても大変なことが起こったのだと。
 六人一組での飯盒炊飯を終え、陽がどっぷり暮れた時間帯。日程表には夜五つから肝試しをやることになっていました。この百物語と同じく夏の風物詩ですね。特に仕掛けは施されていなかったらしいのですが、電気に慣れた人の子は暗い森を歩くだけで潜在的恐怖心を抱くことになるでしょう。彼の甥っ子も例外ではなく、口では強いことを言いつつ始まる前から内心冷や汗ものだったと言います。一組二組と見送るうちに、彼の班の番がいよいよやってきました。班長だった甥っ子は震える女人を先導して歩きはじめます。時折ミミズクの鳴く音や虫の鳴き声が聞こえる以外、なんの問題もなく札が置かれる場所に辿り着いたそうです。さあこれを持ち帰れば布団で寝られる、そう思った瞬間班員の一人が蹲ってしまいました。怪我か腹でも壊して動けないのか、駆け寄ると低いうなり声が聞こえます。耳を澄ませれば「助けて……助けて……」あきらかに子供の発声できる音ではなかったのです。ぎょっとし後退りするとその子供はもだえ苦しみごろごろと地面を転げまわりました。苦しい、息ができない、水が。わけのわからない言葉を零しながら。暫し呆気にとられていた甥っ子はその子に近寄ると他の班員に助けを呼ぶように指示しました。それからは駆けつけた大人たちがその子供を別所に連れていき、と事態はみるまに収束していったらしいのですが、そんな中友人のひとりが無表情なままぽつりと「鉄砲水」と呟いたそうなのです……。
 翌日眠れずにいち早く洗面をしていた彼は、宿泊所の主人の姿を見つけると挨拶をしました。初老の男性は大変だったなあと彼の頭を一撫で。たまに第六感が強い子が巻き込まれてしまうのだと、ぼやきながら。甥っ子はその台詞にどうしてだか背筋をぞわりとさせながらも、どういう意味なのかと訊きました。男性は溜息を吐くと実はこの辺り一帯は昔鉄砲水の被害がひどく、村が丸々一つ流されたことがあるのだと答えたそうです。
「お前さんの友達に、その鉄砲水で亡くなった人間が入りこんじまったんだ」
 男性は森の奥を見つめながら言いました。
 さて問題なのはその倒れた班員ではなく、鉄砲水と呟いた友人の方でした。後日チュウガッコウにけろりとした顔で戻ってきた班員と話し込んでいれば、緊急の集会が開かれるとの連絡が入ったのです。顔を見合わせていたところに大きな足音を立てながら駆け込んできた同級が一言「××が溺れて死んだ……」。……そうですね、きっとその子の中にも、誰かが。

mae tugi 8 / 10
aeka