手塚
きゃあきゃあ。
黄色い声援が響き渡り、鳥の声すら聞こえないような青春学園中等部のテニスコート。

「やっぱり不二君かっこいい……」
隣で頬をうっすらと赤く染めた友人が小さく呟く。
ふ〜ん?とにやけつつ友人の顔を盗み見ると、友人は私の顔を見て何を思われているか察したのか左肩を軽く殴ってきた。
「いて」
「顔がうるさい」
でもついてきてくれてありがとね、と言って笑う友人に軽く頷き返す。
今日の放課後、テニス部見に行くのついてきて!と友人に頼み込まれたのは今日の昼休み。
青学男子テニス部は強豪校で美少年揃いということもありファンが多い為、一人で見に行くのは怖いから……と頭を下げられ、そこまでされてしまったら断れないしたまには汗を流すイケメンを見るのも悪くないかと快諾すると友人は跳ねて喜んでいたので私まで嬉しくなってしまった。

私のクラスにはテニス部がいない。
だから廊下ですれ違ったり、食堂で見かけたり、たまに体育の合同授業で一緒になるくらいで彼らをちゃんと見たことがない。
初めてと言っていいほどしっかり見たレギュラーメンバーは噂の通りというか、なんというか本当に同じ中学生……否、同じ人間か?と言いたくなるほどに容姿端麗であった。
しかもなんだかよく分からない凄い技を打ち合っている。なんだあれ。本当にテニスか?
友人のお目当てである不二君はテニス部の中でもかなり人気な男子で周りからも彼を応援する声が聞こえてくる。
物凄い速さで行き来するテニスボールを顔ごと必死に追いかけていると、視界の端に立っている男子と目が合った。
彼の眼光の鋭さと薄い眼鏡の縁に反射する太陽の光が眩しくて、思わず目を細め逸らしてしまう。
次に見たときには、彼の視線はコートに向かっていた。
「……気のせいだったかな」
目が合ったと思った彼はテニス部人気No.1の手塚君。関わりもないから私を見る事なんてないだろうし気のせいだろうな……それともなんかやっちゃいけないことでもしてただろうか……?普段しない事はやるもんじゃないなと不安になってきたタイミングでゲームセット!と審判の元気な声が聞こえてきた。
「不二君勝ったよ!すごい!」
「本当にすごかったけど、テニスとは?」
「なんだよどう見てもテニスだろ」
「よぉし試合終わって丁度良いし私そろそろ帰ろうかな」
「逃げるな!でも私も帰る」
まだ見てたらいいのに、と言ったが試合見れたからもういい〜と浮かれる友人に笑みを零してその場を後にした。

「手塚、どこ見てるの?」
「……いや」
「君って意外とわかりやすいよね」
そう微笑みながら言う不二にむ、と眉間に皴が寄る。わぁ、怖い!と逃げるように他のメンバーの元へ歩いていった彼の背中を一瞥した手塚はフェンス越しに去っていったもう一人の背中を脳裏に思い浮かべた。


テニス部の練習を見に行った翌日から気のせいだとは思うが今まで以上に手塚君をよく見る気がする。
今まで気にしていなくて目に入っていなかったのか?それとも本当に偶然よく会うようになったのか?理由はわからないが、なんとなくあの日の彼の目を思い出して少なからず意識してしまう自分がいて、絶対気のせいだし勝手にこんなこと思ってるのも気持ち悪いしなんかもう面倒くさい!と校舎から少し離れた自販機の前でうんうん唸っていると後ろから低い声が聞こえた。
「買わないのか」
うわ、ヤバい人並んでた!?と焦って謝り一歩下がろうと後ろを見るとそこにいたのはまさに今頭に浮かべていた人物で。
「あ、お、ごめん」
盛大にどもった……!と恥ずかしさから赤面する顔を俯いて隠し自販機の前から退く。
手塚は表情を変えないまま数秒彼女を見つめると前に出て水を買っていた。
買うの水かよ、大人だな……なんて後ろから呆然と見ていると水を手に取った手塚はゆっくりと振り返り目を合わせ口を開く。
「姓だな」
「えっ、はい」
「……なぜ敬語なんだ」
「あんまり話したことないから……?」
あんまりどころか話したことなんて一回もない。しかも名前覚えられてる……生徒会長って生徒の名前みんな把握してるのかな、手塚君なら覚えていそうだけど。そう頭の中でぐるぐると思考をまわすが言葉には出ない。
私の返答に無言で何か思案している表情になった手塚君をこちらも無言で見つめる。
「敬語じゃなくていい……それと、先日は珍しくテニス部の見学に来ていたが」
「うわ、見てたの?というか覚えててくれたんだ」
手塚君が覚えていてくれた事実に多少舞い上がりながらも記憶力すごいね〜なんて笑いながら返したら、彼の目がほんの少し丸くなって視線が逸れる。
なんとなくふわりとした雰囲気に喉が鳴り、あわてて先ほど頭で考えていた話をして空気を変えようとした。
「それにしても、生徒会長ってやっぱり生徒の名前知ってないといけないの?大変だね」
「?そんなことはないが」
「……大変じゃないの?!」
「いや、そもそも生徒の名前を把握していない」
「え?でも」
そしたら、なんで私の名前。
……ミスった。完全に選ぶ話を間違えた。
今までにない感覚に汗が首から背中へ流れていく。
手塚の切れ長の目が真っ直ぐ私を射抜いた。これは、あの時の目だ。
「姓だからだ」
校舎から聞こえる生徒たちの声が遠くなる。手塚が続けて口を開こうとした瞬間、予鈴が鳴った。
息が止まっていたらしい。
私が小さく浅い呼吸を繰り返していると彼は校舎の方を見てからもう一度私に視線を戻して、行こう、と言い歩き出す。
私の前を凛とした姿勢で歩いていく彼の耳がほんのり染まっていて、私はそこから目を離すことができない。
木々を揺らし頬を撫でていく風が今の私には涼しくて、心地好くて仕方がなかった。
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