12



「イルミ様。もう少々で御自宅へ到着します。ご辛抱を」
「そう」


眠るイヴの身体を抱えながら、ぶっきらぼうに執事に答える。とはいえ、内心はその無表情には似つかわしくないほどの考えを巡らせており感情は昂っていた。胸の中のイヴを見つめる。まだ起きない。長い睫毛は微動だにしない。眠っているのとは違う。意識がない状態だ。意識は脳が五感に対する刺激を感じ取ることが可能な状態である。つまり「意識がある」とは、脳において刺激を認識することが可能であり、刺激に対し明確な反応を示す状態を指す。 無意識はその逆の状態であり、刺激に対する反応が部分的な状態だ。また「意識がない」とは、脳の働きが部分的に停止し、刺激の入力を拒否した状態、つまり過剰な刺激に対しショックを受け脳の働きが停止した状態だ。それほどのショックが突然彼女の身に降り掛かったということだ。

『死ぬほど頭が痛い』

彼女は突如強く頭痛を訴えた。耐え難い苦悶の表情でひざまずき地面に這う。突然でありよほどの痛みであったのか頭を抱えながら胎児のように身体を丸めのたうち回り、そしてその痛みに耐えられない末に意識を失った。そしてその直前に俺の名前を呟いた。その苦痛を緩和すべく助けを求め、目の前の人間を無意識に呼ぶのは人間の生存本能として真っ当なものだろう。しかし違和感を覚えたのはその俺の呼び名だ。


『イル』


イヴはそのように俺を呼ばない。必ず「イルミ」と呼ぶ。これは昔から絶対に変わらない事項の一つ。おふざけで敬称を用いる時はあるが、略すことなど絶対にしない。


「イヴ」


全身を脱力し俺に身体を預け眠るこの女の名を囁いても起きない。一瞬……死んだのかと思わせたが、呼吸を浅くだがしており脈拍は安定、瞳孔散大もない。生命機能は果たされている。とにかく今はこの女を腕の中に置きながら自宅へ向かい治療を受けさせるのが得策だ。彼女の身に何が起きたのか知る必要がある。そして何故、そう俺を呼んだのか。この違和感に嫌な感覚がした。

右手の薬指に光る蒼い指輪が窓から射す陽光に強く輝きを示している。なぜだかその煌びやかさが鬱陶しく感じた。


「起きなよ」


日に照ると透き通る茶色の髪。色素の薄い父親譲りの茶の瞳は今は閉じられ、顔色は悪く白い肌はますます白い。少し開かれた唇はかろうじてその桃色を保っていたが、乾燥している。
そう命じても彼女は沈黙のままだ。




頻度の頭痛。増えるアルコールの量。欠落した記憶。それに関連した突然の発作。『イル』と俺を呼んだ彼女。

確かめる必要がある。
彼女の身体も、そして共有した過去も。










「あーだめだめだめだめこれ駄目だコンボ死ぬ死ぬ死ぬ、あー体力が、あーMP尽きる、いやそれはズルいでしょ、最後にワザ掛けんのはナシでしょ、だめだめ、あー、くそ、あー……はい死んだ……」
「ほら終わったんだから部屋帰れよイヴ姉」
「え〜もう一回!悔しい!どうして私が負けるの!やだやだやだもう一回!」
「……イヴ姉って意外にもしつこいくらいの負けず嫌いだよな」
「もう一回!」
「あーもーわかったっての!」
「こうなったら勝つまでやるから。でも手加減とかいらないから。私から逃げるのは許さないから!」



こうなったら戦争だ。死ぬか生きるか、殺すか殺されるかの戦い。ストリートファイティング2をミルキとやり始めたはいいもののなかなか勝てずこれで何戦目かわからないが殺すまでミッションを果たすと私は決めた。ミルキは迷惑そうだったがそんなのは知ったことでは無い。


「なあ、イル兄とやればいいじゃん、ゲーム」
「そうやって私の集中を乱す作戦か」
「いや乱さなくても勝てるし」
「イルミは仕事!ミルキは引きこもり!どっちと遊べなんて決まってるじゃない……ああああ」
「ハイまたオレの勝ち」
「もう一回!」
「何十回目だよ段々頭痛くなってきた……もう帰ってくれよイヴ姉」
「やだ。帰んない。あともう少しで勝てるもん。ちょっと休憩!」


イヴ姉ちゃんはそう言って床に寝そべって伸びをした。どうやら本気で勝つまでやるようだ。イルミ、本当に早く帰ってきてくれ……そしてこのはた迷惑な姉貴を引き取ってくれ……。
そう祈るミルキの胸中も知らず、世間話をイヴは振った。


「ねえ。ミルキはお嫁さんとかは貰わないの?そろそろいい歳じゃん、そういうの考えないの?」
「はあ?何だよイキナリその話題」
「んー。なんか、ゾルディックの人達って、そういうのどこで探すのかなって何となく思って。お見合いとか仕事の縁故とか?そういえばシルバさんキキョウさんはどうだったんだろう」
「はっ、興味ないね。オレにはまりあちゃんがいるし」
「まりあちゃん?」
「ほら、そこにいるだろ、その1分の1スケールのフィギュアのコ!」
「……あーオタク趣味ってやつか。ちょっと考えなよ、こんなボンキュッボン美人で性格天使なんているわけないじゃん。本当にウジ虫みたいな趣味してるんだから、ミルキ」
「ウジ虫は言い過ぎだろ!!」


俺の憤怒にケラケラ笑う姉貴。イヴはゾルディック家と縁故のある人間の一人だ。死んだイヴの母親が旧家貴族の血筋であり、今ではその血は彼女一人になりブレア姓となったが、パパがいたく彼女を気に入っている。腐れ縁というやつか、ご近所付き合いというやつか、そういうものの何かだ。


「ママが言うにはパパとはドラマチックな出会いだったって聞いた事あるけど。まあ親の馴れ初めのアレコレなんて聞きたくないね」
「へえ、ドラマチックかあ〜」
「イヴ姉はどうなんだよ」
「私の親はそもそも任務上の関係だったって昔聞いたけど、根掘り葉掘り聞いたことは無いかなあ。なんかボディガードだったんだって、母親の」
「フン、あっそ」
「あっそって。ちゃんと聞け」


姉貴は苛立ってオレに床の隅に転がってたフィギュアを投げつけてきた。オレもその返しに苛立ったからフィギュアを蹴り返す。しばらくその応酬が続いたが先に飽きたのは向こうだった。


「てゆーか、なんでそんな話振ってくるんだよ」
「べ、別に?ただミルキはいい人いないのかなって思っただけだよ、深い意味はないよ。イルミもそういう話ありそうでないのかななんて思ってないし」


やっぱイルミ兄の話だ。姉貴が口を濁しながら話す時はたいてい実兄のことに決まってる。


「さあね。ないんじゃないの。家族内でもそんな話出たことないしね。基本的に恋愛のそこら辺は何故か自由意志だよ、ウチは。まあでもどうせイルミはイヴ姉選ぶんだろうけど」
「え、な、なんで?」
「そういう流れだろ、ギャルゲーで言うところの王道路線て奴」
「…………やっぱり、そういう流れなのかな」
「はあ?何かあったのかよ、兄貴と」


さらに口を濁すイヴ。最近何かあったのか、イルミと。単刀直入に聞くと、もじもじしながら口を開いた。


「……まあ本当に最近ですが、お付き合いをしはじめまして」
「マジかよw」
「何笑ってんだよミルキこいつ」
「へえ、そんでそんで?」
「このままで良いんかいって思うワケですよ。幼馴染みの流れで。私は一般人だし。イルミはあんなだし」


イヴこいつ、自分のこと完全に一般人って思ってんのか。その明晰な頭脳で、遥かな記憶力で、惹き付ける魅力で、美しさで、億しない性格で。普通の顔してるけど小中高大飛び級で学位取得、もっと学資の高い大学で学ぶことも出来ただろうにそれはせず、一時期は父親の仕事関連もあり国際情勢にも関わってたくせに。今はニートみたいなもんだけど。


「良い話なら断る理由なんかないだろ」
「いいのか、私、これで。このままで。そりゃ良い話だけど流れは嫌だ」
「じゃあ嫌なら辞めればいいじゃん」
「え、そう?そう思う?」
「その時のイルミの報復を覚悟出来てるならね」
「ですよねー」



ギャルゲーの王道路線かあ、と姉貴は遠くを見る。
けどギャルゲーの王道路線、というには少々間違いがあった。ギャルゲーは主人公が複数のヒロインから選択し攻略するのがセオリーだが、この物語の主人公であるイルミ=ゾルディックにはイヴ=ブレアというただ一人の選択肢しかなかった。しかしだからといって他の女を見ることはしなかったしその必要も無かった、何故ならそれが兄貴にとっての唯一の正解だったから。それは陳腐な俗語で言うところの運命ってやつなのかもしれない。兄貴はイヴが自分にとっての運命だとずっと小さな頃からきっと直感していたんだろう。そうでなきゃここまでの執着をしない。キルアへの執着とは似て非なる、別の愛の固執だ。



「フン。オレには姉貴の良さなんてわかんないね。イル兄趣味悪すぎ」
「なんだとこのやろー」
「雑だし鈍だし、しまいには胸もないし」
「この、黙っておけば。まりあちゃんはっ倒すぞ」
「やめろ!わかった、悪かったよイヴ姉!」


即座に謝ると姉貴はスッとした顔をして満足そうに笑った。
イヴはイルミを意地悪だとか言うけれど自分もそれなりのいい性格してることに気が付いていない。無害ぶってる。


「まあでも、ミルキもいい人ができるといいよね。生身の人間でね」
「なんだよ、まだその話続けるのかよ。オレはこれでいいの!恋愛は自由なんだから!」
「そうかもしれないけどオタク趣味はだめー」
「はあ?そんなことなんで姉貴が決めるんだよ」
「お姉ちゃんだからだよ」


ミルキはつい、口を噤んだ。イヴは笑い掛ける。


「可愛い弟の幸せ願ってるんだから、私が決めるの」
「……なんだよ、それ、暴君かよ」
「なんとでも言えー」


もしかしたらイルミがいなかったら、なんてことも考えたこともある。けれどそれ以上は何も思わない。無い物ねだりになるからだ。イルミにはイヴがいて、イヴにはイルミがいる。オレはあんた達の弟、それだけでいい。そこにあって当たり前で変わらない幸せなんてのもあることをオレはこんなんでもわかっている。



「さーてじゃあまた始めますか我々の戦争を。第34回戦目、はっけよいのこった」
「これで最後だからな、イヴ姉、そしたら絶対終わり!」
「大丈夫次は勝つから。負けを惜しむのは今度はミルキの番になるぜ……」



そして宣言通り、これまで負け続けだったのにイヴはあっさりと勝利した。そしてこれまた宣言通り、今度はミルキが負け惜しみで再バトルの再三の要求をするのだった。立場の逆転だった。











見慣れた七三分け、キツい目付き、ぶ厚い眼鏡の三拍子。ゾルディック家に彼が到着したのはそのしばらくの事だった。


「不肖カミーユ=ハンバート、到着致しました」
「カミーユ!わざわざありがとう」
「状況は把握しています。お嬢様、申し訳ありません。私が居りながら……医師も執事も武官も下僕も侍従の何れの役職においても貴女に付き従う資格がございません。解雇を受け入れます」


どうやら父は本当にカミーユに解雇を告げたようだった。本当にブラック企業かと思った。主人が勝手に黙って出掛けて倒れてその場に居なかったからクビだなんて、そんなアホらしいことが目の前で起きていた。


「か、カミーユ……私が悪いの。ごめんなさい。一言伝えるべきだった。解雇なんてきっと冗談、というか絶対冗談だから、そんなド反省して真面目に受け入れないで」
「いえ、管理不行き届きです。ああ優しいお嬢様。この二十年余り貴女にお仕えできて幸せでした。この任務を最後に、退職を受け入れます」
「わかった、じゃあ再雇用!再雇用するから!ね!」


クソ真面目……じゃなかった、真面目過ぎにも程がある。
再雇用を告げるとカミーユは顔を綻ばせて「引き続きお供致します」と桃太郎の犬か猿かキジのように下僕ぶりを発揮した。私、やっぱりイルミの言う通り従者の教育が出来てないのかもしれない……。



早速応接室にてカミーユの問診が始まった。何故カミーユがここまで来たかというとそもそも彼は私の専従医師なので、診察をしようということだ。でもゾルディック家でもずっと診察をされていたし、倒れて以後別段体調が変革したことも無いので少々この行為に意味はあるのかと考えた。一通り、眼球運動や指示動作、筋痙攣、反射神経の触診や観察を終え、カミーユは倒れた時の記憶の質問に入った。


「体調はお変わりないのですね」
「そりゃもう、元気に弟達にちょっかい掛けてます。この間なんてキルアに『アニキのスパイが近寄るんじゃねー』って足蹴にされた。スパイなんかじゃないのに。ちょっとお喋りしてるだけなのに」
「では倒れた場所を覚えておりますか?」
「約束の場所……母の墓碑から少し離れた大きな百合の木の下」
「そこで何をしていたのです?」
「あー。イルミと居た。六歳の時の約束を思い出さないか、って話してたの」
「それで?」
「うんと、そう、思い出そうとした。けど酷い頭痛がして、」
「…………。」
「そこできっと倒れたんじゃないかなと思う」


カミーユは一通り私の主観的情報をカルテに記入し、言った。


「他には、何かございませんか。些細なことでもいいですから」
「……些細なこと」


と言うと何だろうか。事実、これだけだ。物理的には。しかしそれ以外ならば、少々ある。科学を信条とする医師にはくだらない事かもしれないが、私の頭の中で起きた事。


「夢を見た」
「……どんな夢ですか?」
「声が聞こえた。暗闇の……ブラックボックスの中のようで、女の声が囁いたり響いたりする。でもその声は私の声。変なことをひたすら言うの」
「何と言うのです」
「『代われ』と」


カミーユは少しの間の後に、私が今言ったことかわからないがまたカルテにメモをした。眼鏡が光に反射してその瞳から感情を読み取ることはできないが、きっと私の夢をつまらないと思ったかもしれない。非現実的だから。


「他には何か言っていましたか」
「んー。『私になる』とかなんとか……」
「…………。」
「あー、やめやめ!夢のことなんてそんなに重要じゃないでしょ、お医者さまに話してて恥ずかしくなってきた」
「そんなことありません。現代医学では夢のことも精神学会において近年重要視されています。馬鹿には出来ないのですよ」
「でも、私は精神科に関わることではないでしょう?」


カミーユは動かす手を止めずに「そう、ですね」と返事をした。そのニュアンスが曖昧なものにも聞こえたが、カルテに集中しているからだと私は思った。


「些細なことまで言うと、こんなところかな。全部言った。もう何も出ないよ、お尻の毛まで抜かれたような気分」
「はは、それは申し訳ありません。長い診察でお疲れでしょうから、終わりにして少しお茶にでも致しましょう」
「カミーユこそ。ここまで来て診察して仕事なんだから」
「私はお嬢様の為なら三日程度ならば仕事をしていても問題ありません」


72時間耐久レースOKってか。どんだけだ。やっぱりカミーユは人材的にも社畜的にも優れた人間のようだから解雇すべきじゃないみたいだ。









執事さんにお茶を持ってきてもらい、私達はそれをありがたくいただきしばしのティータイムを楽しもうとした。私が紅茶に手を伸ばしたその時、カミーユは目を見張り、ティーカップを落とした。


「カミーユ!火傷してない?ど、どうかした?」
「お嬢、様。イヴ様、それは、」
「それって……あ。こ、これは……指輪ですねえ……」


これまでお上品にも手を膝の上に置いていたから服の袖で隠れて見えなかったのかもしれない。私がしている右手の指輪を初発見したカミーユは穴があきそうなほど視線をこれに寄越した。ルーイとほぼ同じ反応だった。


「お嬢様。それは違いますよね。お洒落で身に付けているのでしょう。薬指なのもただの間違いであって、そもそもその指輪はご自分でご用意されたのですよね」


そして言うこともルーイとほぼ同じだった。
うちの従者たちは仲が悪いようであるが共通点が多くあるみたいだ。そういうのをなんと言うんだっけか。そうそう、同族嫌悪だ。
そして定例のごとく彼に微妙に申し訳なさを感じながら、私はおずおずとカミーユ=ハンバートに遅くなった報告をした。


「その。色々あったんだけどね。諸々すっとばして結論を言うところ、まずはお付き合いをすることにしようって決めたの」
「誰が?誰と?何のお付き合い?」
「わ、私と、イルミが。お付き合いっていうのはその、所謂世間一般でいうところの恋人の関係といいますか……」
「お嬢様と。イルミ=ゾルディックが。恋人として付き合う?」


クソ真面目で主人に完全礼節絶対服従のカミーユが、ついに敬語をすっ飛ばして微妙に荒い言葉使いを見せた。それほどショッキングな情報をもたらしてしまったということに私はたじろいだ。というかルーイ、どうしてカミーユに言っておいてくれなかったんだ。いやどうせ想像はつく、『カミーユ先輩から八つ当たりが嫌でして』とか言うに決まってる。


「カミーユ、その、報告をせずにすいません。いやごめんなさい。いや申し訳ありませんでした」


カミーユは眼鏡をすっと持ち上げ、そして冷静さを取り戻したかのように落としたティーカップを拾った。よかった、少し動揺しただけだったみたいだ。そして彼はそのままそのティーカップに自ら紅茶を注ぎ、アッツアツのそれをぐいっと飲み干した。


「ちょっ、全然冷静じゃない!熱いでしょそれ!」
「いえ、ぬるいものですよ。地獄の業火の中で腸が煮えくり返っているような私の心情と比較したら」
「何それ超怖い!本当にごめんなさい」
「なぜお嬢様が謝罪をされるのです?どうせ奴が貴女を悪魔の巧妙のようにうまく焚き付けたに決まっています。だからこそ私は今修羅の道に入ったのです」
「修羅の道入っちゃわないで!戻ってきてお願いだから!」




すがり付いて経緯を説明した。指輪は母の物であり、嫌になった時は別れても良い条件であること。イルミには申し訳ないが、特にいつでも別れていいということをやたら誇張した。さらにイルミはキープ君であると強く推した。ごめんイルミ。


「それならば、お嬢様には優勢の条件の付き合いなのですね」
「あ、うん……」
「ならば上手く利用してポイですね」
「そ、そうだね……できるものならね……」


優勢とはどうだろうか。私が浮ついたら、イルミ以外の嫁にはなれない身体にされるとか暗黙のルールがその裏に敷かれたからそうとも言えない。むしろ圧倒的不利。それはカミーユには黙っておいた。


「お嬢様、そういうことならば早期にご報告を。不肖このカミーユが奴から手を出されることなどないよう盾となり剣となりましょう」
「あ、ありがとう……」


意気込むカミーユに物凄い後ろめたさを感じずにはいられなかった。ああ神様、私の業はこんなことで積まれていくのですか?煉獄行きですか?いやはっきりさせない私が悪いのはわかっているが、神に祈らずにはいられなかった。




「ま、まあ、そんなことは置いといて。てんかんかもってことだから、イルミには脳神経専門の病院で精密検査を受けた方が良いって言われたんだけど、カミーユは医師としてどう思う?私やっぱり何かしら病気でもあるのかな?また倒れて迷惑掛けるのは嫌だから……」
「そうですね。診察の上ならば特に異常はありません。が、医師の観点として検査をお受けすることをお勧めします。……というより既に検査機関をリストアップして参りました、こちらです」


流石仕事が早い。リストを受け取る。病院の施設や内装などが写真付きでパンフレットのように紹介されていた。チラと、何気なく卓上に飾られた白い百合の花が目に入った。白い花弁が同じ大きさでその美しさを誇っている。


「ニヴェアリリアム医療センター。綺麗そうだね」
「検査はすぐにいつでも手配出来ますがご日程はいかがしましょう。できれば明日にでも可能ですが」
「私一人でもいいんだけど、イルミが検査に着いてきてくれるって言ってたから。彼の仕事に合わせて一緒に付き添ってもらいたいかな」
「……イルミ=ゾルディックも?お嬢様、奴が付き添ったからと何になるんです。そんなことで検査を遅らせてその間に何かあったら?」


珍しく、本当に珍しくカミーユが私に反論をした。
彼は医師だし心配してくれているから万事に備えて、やれるものなら早めに検査を勧めたいのだろう。それについ先程、私とイルミが付き合い始めたということを聞いたので機嫌もすこぶる悪いからというのもありそうだ。……しかし、私はイルミに付き添って貰わねばならない理由がある。


「カミーユ。発作を起こした私を助けて心配して傍にいてくれたのはイルミなの。そのイルミが付き添うと言ったのだから、私はそれを無下にせずお願いしたいって思ってる」
「お嬢様しかし、」
「カミーユも心配してくれてるのはわかってるけど、どうか聞き入れて。大丈夫だよ、発作は1回きりでその後もピンピンしてるんだから」
「……わかりました。出過ぎた発言をお許しください、お嬢様」
「私こそごめん、わがままな主人で。……でもなんだか珍しいね、カミーユがそんなに納得しないなんて」



少しピリついた空気を和らげるためにそう笑いかけると、カミーユは眼鏡を掛け直して言った。



「ええ。修羅の道に入りましたからね」
「いやだからそんなとこ入っちゃダメだって!というか何で突然修羅の道なの」
「…………たとえ右手であったとしても貴女が人の物になったようで耐え難いのですよ、こちらは」
「え?何、聞こえなかった」
「いいえ、お嬢様。何でもございませんとも」
「そう?」
「ええ。そうだ、遅くなりましたが以前に破損された携帯電話の新しいものです、データもそのまま残っておりますのでこれまでと変わりなくお使い頂けますよ」


ああああケータイ!これがないと誰とも連絡がとれないから不便でならなかった。よかった。というか破損させたのはカミーユなんだが。まあとりあえずよかった。


「じゃあ、イルミと相談するから」
「はい。そしたらご連絡ください。顔が利くのですぐに日程を取り付けましょう」




その後カミーユとしばしの間談笑したが、別件の仕事があると彼は一度スワルダニシティへ帰って行った。せっかくククルーマウンテンまで来たのにトンボ帰りで仕事へ向かうとは社畜を極めているな、と自分の部下なのに他人事のように関心せざるを得なかった。