22




ヒソカを見送った後に自室へ戻ると、ルーイはこちらも見ずに、黙々と何か作業をしていた。グロック26。そのリロードと、手入れを行っている。以前にルーイ自身から受け取った彼の愛銃。強襲された時に使用したため弾薬はいくらか無くなっているはずだ。ルーイはそれをまた詰めてくれていた。



「あの人……帰ったんですかい」
「うん。それ、ありがとう。見ていてもいい?」
「どうぞ」


ルーイの正面の椅子へと腰掛けた。私に出来るのは、セーフティを外し、引き金を引く事だけ。彼のように手入れ等は出来ない。その綺麗な手が拳銃の鉄と炭で煤けていく。ルーイの所作を眺めながら、初めて人を撃った時の感覚を思い返す。気持ちの良いものでは無かった。撃った彼女に何度も心の中で懺悔をした。結果的に殺したのはヒソカだったが。やはり私にはそちらの世界はあまり向いていないようだった。だって死にたくない。『戦いたい』。ヒソカがイルミに向ける好戦的な気持ち。きっと一生、理解は出来ないだろう。私はどこまでも普通の女だからその世界は知らない。

けれど、敵は私の中に居る。そしてこの敵は「私」であり「私ではない者」でもある。イルミを、そして私自身を譲らないと、宣戦布告した。それ以降、ブラックボックスが襲い来る感覚が圧倒的に増えた。それは眠る時は勿論、ご飯を食べている時、お茶をしている時、誰かと会話している時。いつだって闇は私を乗っ取ろうとする。あの女の囁きと共に。

最近、少し、疲れた。

誰かが乗っ取ろうとするこの感覚を自制するのには忍耐のような精神力が要るようだ。その感覚は例えるなら、熱中症に似ていた。立ってはいられず、熱感と吐き気と眼前暗黒感が突如押し寄せる。それが時化の海のように気まぐれに、強く、弱く、押しては引いていく。私を乗っ取ろうと……ちかちかと暗闇が視界を遮り囁きが聞こえ、体に力が入らなくなり、虚脱する。そしてそれを堪える。一日にこれが何度か繰り返される。
一生、これが続くのだろうかと考えると、鬱々となる。


ーー『僕もかつて、本当は二人の筈だった。でも一つで産まれた。前は頭の中で喧嘩ばかりしていたけど、今は大人になって仲良しになった。一つに融け合ったんだ』『消えたもう一人。そういう事さ』

ノアイユの言葉が脳裏をよぎる。彼は、私と『同類』『仲間』『同じだった』と言っていた。そして彼らは一つになったとも。ならば、彼ならあの女の囁きを、乗っ取りを、解決する方法を知っている。

ーー『さて。イルミ=ゾルディックが幼心にも結婚を決めたほど絶対的好意を向けたのは……、本当にイヴ=ブレア、貴女なのかな?』

真実。この事を考えると、心臓がいたい。知りたくないけれど、きっといつかその真実を知る日は来る。そしたら私は、イルミになんて顔を向ければいいのかわからない。いずれにせよ、ノアイユを待つ必要がある。

ーー『貴女は答えを確かめなくともわかっている。ただ認めるのが嫌で怯えているだけだ。答えを認めた時、また貴女に逢いに行くよ』

覚悟を決めた時、答えを認めた時。
それは、きっと……このカードをあの人に突き付けるその時。



ぎゅ、とヒソカから渡されたトランプを握りしめた。



「……お嬢?そのカードは?」
「ヒソカから手品見せてもらって、今日の記念に貰っただけ」
「そうですかい」


ルーイの注視は私の手のトランプへ向いていたようだ。しかし私はそれをルーイの目から隠した。メッセージ。ヒソカからの助言。彼なりの信頼の証。その悲しい内容。けれど気付いてはいた。信じたくて見ない振りをしていただけ。けれどそんな情けは愚かだと、ヒソカはきっと言いたいのかもしれない。あの人は、裏切っている。おそらくずっとずっと昔から。



「お嬢。この城も貴女も念で護られていますが、ああいうイレギュラーな野郎を連れ込むのは今後ナシにしてくださいよ」
「ごめん、私も入れるつもりはなかったんだけど……まあ気まぐれってことにしておいて、ルーイ」


弱味を握られているから交渉も含めて侵入を赦すしか無かった。なんて、ルーイには言えなかった。ルーイは変な顔をして「お嬢の気まぐれなら、何か考えあっての事でしょうけれど」と言った。

「考えってほど高尚なものじゃないよ」
「……ま、俺みたいな下々の者には計り知れませんね」
「ヒソカ、奇術師なんだって。大道芸人ってことかな。カード芸専門?そんな事して人を喜ばせてるとこなんて想像絶するけれど」
「ヒソカ=モロウ。その界隈では有名な第一級殺人犯ですぜ」


その言葉に口を噤んだ。やはりヒソカはそうなのか、と納得の反面、ルーイはヒソカの正体を知っていたのか、と驚きの気持ちが強く、彼を見た。ルーイは表情も無く、私の視線を無視し、グロック26の手入れを続けていた。


「ホント、どうしようかと。あんな殺人鬼と友達とか何とか言い始めちゃって。いつ戦闘になるかひやひやもんでしたよ」
「ごめん、」
「謝らないでいいです。俺はそんなことを言いたいんじゃない。俺が責めたいのは、……そんな事じゃないんです」


責めたい、と彼は言った。
まるでその姿、ルードヴィッヒは、萎れた向日葵のようだった。


「……俺は、頼りないですか。貴女の役には立たないですか。なぜ隠そうとするんですか。どうして、俺を呼んでくれなかったんですか」


肩に背負うものを失くしたかのように力の抜けた、項垂れた戦士がそこにはいた。


「プライド、ズタボロですよ。貴女を護るのが使命だと思ってるのに、貴女は肝心な事から俺を遠ざけて隠して頼らない。ルードヴィッヒという人間は貴女と出会ったあの日に死んだ、だから貴女のためなら俺はいつ死んだっていい。恋人のイルミに頼るのもまあ間違っちゃないですけど。けれどあの日一番近くにいたのは、……俺だったんですよ」


あの夜の事を言っているのだと思う。
ルーイのお目付けを避けて私は勝手に行動をした。独りで夜を出歩き、そして暗殺されかける危険に遭った。ノアイユと秘密裏にコンタクトを取るため、追跡のないよう携帯電話の通信機器は置いていった。窮地に立たされ私が救助を求めたのはイルミだった。しかし、本来ならば。従者であり武官であり護衛であるルードヴィッヒに、助けを求めるべきだった。
きっと彼はそれを責めている。


「それでいて、まだ隠すんですね。俺を無視して」


そしてヒソカの来訪。ヒソカとも内密を共有しただろう私に、ルーイは勘づいている。守護を避ける私に、もういい加減にしろときっと言いたいのだ。


「何を隠しているんですか。何をしようとしているんですか。何を怖がってるんですか。俺は何だっていいのに。貴女のためなら、何だってする。貴女が何者でもいい。貴女がイルミのものでも。ただ俺を救った貴女の力に成れるなら、それが俺の救いなのに。俺を受け入れてはくれないんですか……」
「……そうだよ。受け入れられない」


ルードヴィッヒは目を見開き、苦しみを堪えるような表情を隠した。受容を求めるルードヴィッヒ。イヴは残酷にも拒否したが、続けて彼女は言った。


「わかってるでしょう、ルーイ。私は守ってもらいたいんじゃない。争って欲しくないよ。私のせいで不幸を被る人、傷付く人。それがあなただなんて絶対に嫌。私の代わりになってほしくない」

自分の事ならば自分で蹴りを付ける。それが危険でも、生死に関わることでも。私なんかの足掻きでは、危なっかしくて惨めに見えるかもしれない。でもみんなと一緒に、幸せのなかにいたい。それは時間と共に少しずつ形を変えていくことだから、これまで通りにはいかないとわかってる。それでも、みんなとの、縁の中に居たい。だからルードヴィッヒが私の力に成りたいというなら、戦わないでいい。生きて支えて欲しい。それが私の願い。私の救い。


「だから、ルーイはそばにいるだけでいい。それを受け入れてほしい。こんなこと言う私を許して欲しい」


なんだそれ。そんな道理の通らない無茶苦茶な事あるか。俺の存在意義を踏みにじってただそばにいろだと。不幸ってなんだ。そんなこと、誰かが幸せであるとき誰かは不幸になる。それは世界の掟だ。力に成りたいというのにただ傍にいろと?それが救いだと?

イヴは、煤けたルードヴィッヒの手を汚れさえ厭わず握った。ルードヴィッヒはそれを握り返す事なんて出来そうになかった。


「ただ俺は……傍観してろってことですか」
「そうだね」
「なんすかそれ。俺、護衛なんですけど」
「護衛だからだよ。護衛は傍に付き従うことが仕事でしょ。それに既に自分は死んだなんて、私のために死ぬなんて言わないで。ルードヴィッヒ・フォン・ミッシェル=デルフェンディア。前にも聞いたけど、もう一度答えを教えて」
「お嬢」



それは俺の真名。忌み嫌うその名前。俺を『ミッシェル』でなく、『ルーイ』と呼んでくれた女性は、イヴ=ブレアが初めてだった。俺が14歳、彼女が20歳。その日、俺は生まれた。あの日の記憶が溢れる。そう、こんな夕暮れだった。

ーー『貴女と行きたい。連れてってほしい。僕をこんな所に置いて行かないで。僕はミッシェルじゃない。貴女が呼んでくれた名前がある。俺はルーイだ。ルーイって呼んで、そしてイヴ、そばにいてよ。』
ーー 『一緒に行く?』
ーー『うん』
ーー 『独りは寂しいもんね』
ーー『うん』
ーー『ルーイと呼んでいいの?』
ーー『うん』
ーー『ルーイ。私のそばにいてくれる?』
ーー『うん。イヴがもういい、って言うまで着いていくから。』
ーー『ありがとう。』

あの時、俺は貴女に縋り、貴女はそんな俺を赦した。その日から俺は「ルーイ」として呼ばれ、そして生きている。そして彼女はあの日と同じことを俺に聞いた。それは愚問だった。




「それでも、私のそばにいてくれる?」
「……わかりましたよ。お嬢がもういい、って言うまでね」
「ありがと」


あの日と同じ笑顔で彼女は笑った。美しい笑みだった。
納得できたかと言われたら、そうではない。きっと俺は彼女のお願いを破り、命を掛けるのだと思う。そんな予感がしていた。けれど約束は破らない。俺は生きてても死んでても貴女の傍にいるのだろうから。その大嫌いだったミッシェルの天使の名のように。天から貴女を見守る。
星かける空の煌めき、そうでありたい。



「……ああ、ホント、無害そうに振舞ってるくせにお嬢って強情で人遣い荒くて我儘ですよね。なんでこんな御方に恋しちゃったんだろ、俺」
「何よ、歳下のくせに。お姉さんを敬いなさいよー」
「昔みたいにガキで歳下だからってなめてもらっちゃ困りますぜ、お嬢。大人になったんですから、俺も」
「昔はホント可愛かったのになあ、ルーイ。こーんなちっちゃかったのに身長も伸びて、いつからか髭も生えてきちゃって」
「アソコもちゃんと生えてますよ」
「成長は喜ばしいけど下ネタはよせやい」
「何ならギャランドゥです」
「えっ……マジで?それは逆に引く」


そしていつもの時間に戻る。手入れをして、愛銃のグロック26を彼女へ返した。また彼女を護ることができるよう念を込めて。そしてお嬢の次の危機の時こそ、俺は傍に在れればいい。お願いなんて聞いてやるか。俺が生きても死んでも護る。この高貴な百合の彼女、その血と笑顔と、俺のあの日の宣誓を。











ピリリリ。

その機械音で仮の微睡みから目を覚ます。六歳のオールソールズデイ。あまりに懐かしい夢であり過去。胸のつまるような感覚に俺は睡眠を取っていたことさえ忘れていた。そして、深く、溜め息を吐いた。愛し始めたあの日を忘れた事は無い。あの日に俺とイヴは約束をした。あの日の誓いをまたこの心に思い返した。そして彼女への愛という名の執着も。

ケータイを手に取る。思わず眉を顰めた。奴からだ。悪い事に違いない。


「何」
『やあ。今何していた?』
「用件がないなら切るよ」
『ボクは彼女とお茶していたよ』


何だと?と息が詰まるのをイルミは堪えた。


「まさか、ヒソカ、お前、」


彼女とは。殺気が沸く。奴の言うお茶という内容、その意味、それによっては俺は今からこの電話の先の男を殺しに行く。
しかしヒソカは反応を面白がるように陽気な声色を変えなかった。


『心配いらないよ。彼女を殺す気はないと言っただろ、信用無いなあ。下僕くんも居たし、アソコはお姫様を守る為の頑丈な念のお城だからね。ちょっと彼女へ助言をしただけさ』


ということは、ヒソカがブレア家に来訪し、それをイヴが許したということだ。ルードヴィッヒの念の制約。城内は一切の念の使用を許さず、侵入者は不可侵。しかし誓約としてイヴ=ブレアが許した人間は侵入出来る。


「助言?」
『それをキミにも伝えておこうと思ってね。彼女……キミに何も言おうとはしないだろ?』


それについてはイルミは何も答えなかった。イヴが隠す何かをヒソカが知っているという事に苛立つ。しかしその事実は、背景にイヴに関わろうとする何らかの人物がいるということを示す。また、ヒソカもそれに加担しようとしていたということ。


『Et tu, Brute?』


ラテン語だ。流暢にヒソカは言った。


『同じことを彼女にも伝えた。彼女もそれはわかっていたけどね。腹心に潜む者に気を付けた方がいい』



ーーそれは有名な文言だった。ラテン語の史的な格言。

ローマ末期の独裁官ガイウス・ユリウス・カエサルが議場で刺殺された今際の際に、腹心の1人であったマルクス・ユニウス・ブルータスに向かって叫んだとされる発言である。自身の暗殺にブルータスが加担していた事を知ったカエサルが死の間際にお前も私を裏切っていたのかと、「ブルータス、お前もか」と非難したものである。”Et tu, Brute?" は親しい者からの裏切りを意図する格言として定着し今に至る。

それはつまり、腹心に敵が居るということ。



「ヒソカ。お前の目的は何?」
『先ずボクは敵じゃないということを前提として欲しいな」
「信用ならない。敵でもなければ味方でもない癖に」
『イヴを気に入ったと言っただろ?でも、まあ一番は彼女の顛末を知りたくなったというところかな。ボクは新しい玩具をすぐに壊すような真似はしない。それに、イヴを好きになったから』
「は?」
『それにはまず友達からというじゃないか』
「何馬鹿な事言ってるの。俺とイヴ結婚するんだけど」
『だから?イルミ、その考えはナンセンス、ナンセンス』


ヒソカはチッチッと舌を転がした。イルミは死ぬ程不愉快だった。


『彼女は魅力的だね……。手に掛けるには安易過ぎたよ』


ヒソカは舌舐めずりをした。
その血脈がそうさせているのか、それとも彼女自身の生まれ持った覇気か。圧倒させられた。敵か、味方か、イヴがボクに尋ねたあの時、血が震えるようだった。念能力さえ持たないただの女性のその文言一つ一つに見えざる力が宿っている。だからこそ彼女が何者になるかを知りたい。彼女たちが殺し合った末に一体誰になるのだろうか。彼女か、もう一人か、それとも両方か。それだけに殺すのは惜しい。手を出す必要もない。だってその時は確実に迫っている。きっと半年なんて持たないだろうから。




「ヒソカ。お前が勘違いをしたままでは困るから言っておくよ」



イルミは、地を這うような執念深い声色で言った。



「……イヴを生かすも殺すも俺なんだよ。その権利は俺にある。何者もイヴを生殺できやしない。イヴ自身が自死をする選択さえ無いんだよね。だからイヴは真の意味で俺のものなんだよ、わかる?」


ヒソカは口端を吊り上げて静かに笑った。
ああ、自分の選択は間違いではなかった。今この男の嫉妬に歪む顔が見たかった。物語はまだ続けるべきだ。彼女の顛末も知りたいが、この男が共に狂っていく姿もずっとずっと見たいのだ。


『安心しなよ、怖いなあ』
「それと。好きだかなんだか知らないけど、俺とイヴの二人の世界に割って入るなら本当に殺すから」
『ククク。二人、ねえ』


二人、という単語にヒソカは意味深く笑う。
イルミは苛立ったが、ヒソカにこれ以上何を言っても言うだけ無駄だ。溜め息を吐いた。まったく俺の周りはどうもこう、指図を受けない人間が多いのか。彼女もここには居ない。手の内にいないもどかしさに狂いそうになる。弟のように針を脳に打ち込んで傍らに置け、と自分の欲望が告げた。イヴは弟のように念の呪縛を解く力などは無い。そうしてしまおうか。それならばこの世界には俺と彼女の二人だけになる。イルミは針を舐めた。これは俺からイヴへの愛の矢。イヴも同じ気持ちなら受け入れてくれる。生かすも殺すも俺次第なのだから。


「もう切るよ」
『ねえイルミ。ボクの助言、役に立てておくれよ』
「は?」
『本当にキミ達は“二人“なのかな?腹心の意味を考えることだ』
「…………。」


それには返事をせず、通話終了ボタンを押した。イルミは髪を掻き上げる。


”Et tu, Brute?"
”ブルータスよ、お前もか”


イヴは知っていると、ヒソカは言っていた。この場合のブルータスは一体誰の事か。裏切り者がいる。しかしイルミにとってそれはもはや誰だとかはどうでもよかった。しかし彼女の身近に危機が潜んでいるということ。最早あの下僕たちも信用ならない。俺一人でいい。世界は俺とイヴだけで成り立つ。


(本当にキミ達は二人なのかな?)


しかし、ヒソカのその注意の一言が考えを過った。俺と彼女。二人だけの世界は、俺とイヴだけじゃ無いというのか。


(腹心の意味を考えて、ね)


そもそも、奴の言う腹心とはどういうことか。深く信頼すること。そういう相手。心の奥底。腹心はそれらを意味する。



ーー私が私でなくなったら



イヴ。彼女には明らかな変化がある。乾いた夜に沁みたあの苦しげな声。倒れたあの時、違う呼び名で俺を呼んだ。アルコール。頻度の頭痛、そして眠りの苦悶。別人のような表情。失われた記憶。そして、腹心は裏切っているという警告。全て嘘だったのなら。俺も幼い頃から馴染みで見ていた、あの男の彼女への心酔が、忠義が、信頼が、それがすべてだと考えてしまっていた。だから偽りなど無いと信用してしまっていた。そして彼女は狂っていく今、隠しようもなく跡を残している。少しずつ変化していっているのではなくて、もしかしたらずっとそうだったものが今わずかに綻んで崩れているかもしれない。


そして腹心とは?

深く信頼すること。
そういう相手。
そして……心の奥底。

その意味は幾つかあるようでその全てを示しているとしたら。



ーー身体は同じでも精神が本来の私とは違う、そういうもの



そして、イルミは一つの仮説に辿り着く。

物体には影がある。一つだからこそ存在する。二つならば二つある。隠れていて見えない。それは目に入る存在ではない。だからこそ認識出来なかった。けれどそれは少しずつ露呈してきている。何がきっかけかわからないが、彼女を侵蝕し始めていると直感した。それは突飛な発想であったし、根拠もないが、それが傍で彼女をずっと見ていた自分の結論だった。

ずっと彼女を見ていたからこそわからなかったのだ。
最初からそばにいた。ずっと二人の世界に居た。
俺たち二人と、形のないもう一人。ーー腹心。





「イヴ=ブレアは……、二人いる」




零れた確信は、闇夜に溶けていくようだった。