プロローグ
「イヴ」
「あ。ありがとう、イルミ」
秋風吹くこの季節は、手指が冷える。寒いからと手指を摩っているとそれを知ってか知らずか、イルミは私に紅茶を差し出してくれた。
「おいしい。……あれ、少し生姜入ってる?」
「お前はいつも季節の変わり目に風邪引くからね。本当は生姜の2、3本くらい生齧りしてもらいたいところだけどそれは可哀想だから」
「そんな過剰に生姜食べたら風邪どころか胃腸炎になりそう……」
「そもそもどうして風邪を引くのか俺にはよくわからないな。貧弱な体だと子も産めないよ。そうだ。ねえ、少し鍛えたら?俺が監督してあげようか」
「ゾルディック家に貧弱って言われても色んな意味で説得力皆無だし私には何も響かないんですけど……あとイルミの言う少し鍛えるって常軌を逸してるって知ってるのでえんりょします……」
「人の言うことは素直に聞くものだよ、イヴ」
「いや……でもですねイルミさん……私一般人でして……」
健康面に関してイルミのアドバイスは絶対当てにならない。彼に鍛えられようものならそれこそ私の生命が危うい。絶対に辞退したい。
「……イヴはほんと、小さい頃から弱くて脆くて。そのくせ気を遣ってか病気を隠そうとする。だからいつ死ぬかと見ていて怖いくらいだったよ」
イルミは、紅茶を啜りながら伏し目にそう言った。彼の意外な科白にそんなに心配をしていたのかと、少し私は驚いた。
「そんなに、かなあ。確かに少し病気がちだったかもしれないけど、大きな病気はしたことないじゃん」
「10歳かそこらの頃は特に多かったよね」
「まあ、子どもっていうのはよく風邪引くものだから」
「俺は引いたことないけど?ミルもキルもね」
「だからイルミん家と私を全く同じ普通の人間みたいに考えるのはもういい加減やめようか。遺伝子から違うんだよ遺伝子から」
「イヴ、俺を普通の子どもじゃなかったみたいに言うね」
「……まさか自覚がないなんて」
無自覚のゾルディック家長男イルミ坊ちゃんに恐々とした。
そして私は何気なく一つの写真を手に取った。額に入れられた私と彼の幼い頃の写真を。
写真の中の私は、母校であるパドキア国立学園は小等部の制服を着ている。しかしそれは、写真の中の幼いイルミもそうだ。二人は同じ制服を纏い、手を繋いで立っている。私は満面に笑っていて、彼はこのころからいつもの無表情。この頃、私も彼も髪は同じように肩まで。今では二人とも長く伸ばしているけれど。こう見ると幼馴染みらしくお揃いのようだ。
「その写真、まだ飾るの」
そうイルミは言った。それがどういう意味を含んでいるのか様々だろう。思い出を飾る私を理解出来ないのかもしれないし、別にそんなことは思っちゃいないかもしれない。ただの日常会話の一端だ。
「駄目なの?」
「別に。聞いただけ」
「飾らずに仕舞っておくなんてもったいないよ。あー、この頃の純朴なイルミが忘れられない……かわいかったなあ……」
「今はかわいくないの」
「うーん、微妙」
「…………。」
「ごめん嘘だから怒らないでイルミ」
「俺は寛大だからイヴのつまらない一言でいちいち怒ったりはしないけど?」
「あ、うん……」
じゃあその威圧的な雰囲気をやめてもらいたい。
そしてその写真から、あの頃のことを思い返した。隔絶されたゾルディック家の出身であるイルミ。そしてなぜ、幼いころの彼のこのような俗世的な写真があるのか。それはあの七不思議が引き起こした帳尻のことだ。
「懐かしい。思い出すね、七不思議事件」
「ああ……そんな事もあったかな。あの頃から相変わらずトラブルメーカーだよねイヴって。引き寄せるタイプっていうか」
「そんなことないよ。私じゃなくてイルミがそうなんだよ。だってほら一緒にいる事が多いから。まったくもう、いい加減にしてよね」
「……まさか自覚が無いなんてね」
イルミはこれ以上は言っても無駄だ、とばかりにため息を吐いて、また写真を眺めた。きっとあの時のことが頭に過ぎっているのだと思う。私もまた、あの事件を思い返した。
私達の過去の思い出を語る上で、七不思議事件というのがある。
私と彼が十二歳の時だ。私は小等部六年生で、彼はそうではなかった。というのも、彼はゾルディック家の生まれであり長男であったためだ。説明が不足しているが、事実その通りだ。ゾルディック家に生を受け暗殺者としての絶対の道が彼の未来には敷かれており、一族が代々住まうあの山に全て『教育』というものが用意されている。だから一般常識的な学校なんてものは必要無いという事だ。彼の出身地であるあの山にて、一体彼にどんな教育がなされていたか今ではそのすべてを知る由もない。
父の仕事は昔からその職も地位も変わらない。パドキア共和国軍部組織総統、この国の軍人の最高位。とても忙しい人だったと思う。父のエドワード=ブレアは心から私を愛してくれたがあまり家にはいなかった。多感な時期といえばそうだが、私はやや達観した子どもだった。客観的に立ち、公平であり公正であるように振舞っていた。父の真似事のようなものだったかもしれない。それは子どもらしいことではなく、あまり可愛げもなかったと今では思うが、私もやはり子どもであり精神的に未成熟だったのだ。
十二歳は、大人への分岐点だ。
惑わう噂。傷の痕。初恋。嫉妬。内緒話。反抗心。イタズラと出来心。放課後。そして社会的カースト。残酷性。
本筋の糸別れした部分だ。重要性はない。イブニングティーでもすすりながら稚拙な内容だ、と思ってくれたらそれが正解だ。
でも丁寧に聞いて欲しい。
七不思議事件、そしてギタラクル少年のことを。
ほろ苦い思い出、そして微かに甘い何かを纏ったノスタルジー。
幼少期を経た私たちは、それを胸苦しささえ感じながら思い返す。
そして、今では何をしているのかわからないあの子の事。
以上をふまえて、この話が気になるなら聞いて欲しい。
七不思議事件ーーー私と彼の、思い出の中の一つ。
ギタラクル少年の事件簿【七不思議事件:始】
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