零不思議、事件の始り
「ねえ、イヴちゃん、聞いた?」
午後4時の鐘の音が鳴り響く放課後。茜さす夕刻の日差しが目に染みる。とんとん、とノートや教科書を整理する。いつもの放課後だ。鞄にそれらをつめ、まさに帰宅の準備を整えていたところ。突然その事件は顔を出した。
「隣のクラスの子、見ちゃったんだって」
「……何を?」
「七不思議の一つ、『屋上に立つ女の子の幽霊』」
クラスメイトの彼女は放課後の余暇にそんな話を持ちかけてきた。私は鞄に教科書を詰め込み帰宅の準備をしていたが手を止め、これまで耳にしたことの無い七不思議とやらに耳を貸すことにした。
「『屋上に立つ女の子の幽霊』?……七不思議はいくつか知ってるけど、それは聞いたことないよ?」
七不思議の噂はずっと前に聞いた事がある。と言っても、小等部低学年の頃に流行した、所謂学校の怪談というものだ。音楽室のベートーヴェン、赤い紙青い紙、トイレの花子さん、エトセトラエトセトラ。七不思議は七不思議といえど、必ず七つとは限らない。子どもは噂話を好むから。しかし経年に従ってそれは風化してゆき、また新たな噂話が舞い込む。それを繰り返す。最近は誰かと誰かが付き合ってるだとか色恋沙汰の話ばかりだったが、また七不思議が再流行しているのか、とイヴはくだを巻いた。
「知らないの?今ものすごい噂になってるのよ。他のクラスの子も夜中に学校の近くを通りかかったとき、見ちゃったんだって」
「見ちゃったって何を?」
「学校の屋上で、悲しい顔で女の子がぽつんと柵の外側に立ってたんだらしいの。ずっと昔に屋上から飛び降りて自殺しちゃった子がいたって噂もあるから、きっとその子の幽霊だよ」
「へえ、自殺しちゃった女の子の、幽霊……」
ずっと昔に自殺しちゃった女の子が何故現代の今更になって幽霊になり、皆をおどかすというのか。甚だ疑問だ。
しかし、彼女もみんなも噂好きらしい。それで、どうしてそんな話を私に振ってきたのだろう。話半分に聞き、また帰宅の準備を進めようと手を動かしたところで、彼女はとんでもないことを私に言った。
「イヴちゃん、それホントかどうか調べてみてよ」
「えっ?」
「だってみんな怖がってるから。幽霊が見えちゃったら嫌だって怖がって校庭で遊べないって子もいるのよ。ほらイヴちゃん、学年委員長じゃない?ねえお願い」
「だからって……」
そんな探偵みたいな事まではさすがに学年委員長の仕事じゃない。
大体、調べるったってどうやって?まさかわざわざ真夜中に屋上に見にいけと、そんなことをやれと言っているのか?そんなの、怖いじゃないか。真夜中の校舎。幽霊を盲信してる訳でもないが、信じていない訳でもない。そもそも屋上は立ち入り禁止だし、そんなことを一人でやれる度胸はない。
「じゃあイヴちゃん、お願いね!」
「あ、ちょっと、」
「ばいばい!」
人の困り顔を余所に、あの子は陽気にも手を振って教室から去っていった。ぽつんと取り残される私。……まあ、子どもの言うことだからそんなこと調べなくてもいいだろう。だって私も子どもだ。このまま週末に突入し、彼女も明日か明後日には忘れてると思いたい。
しかし、少しの違和感が私の脳裏を過っていた。
その予感は後に当たることとなる。国立パドキア学園小等部校舎にてその事件は既に始まっていた。私は当時十二歳、小等部六年生。彼との約束から六年経過した、少年時代。
✱
「お嬢様。お帰りなさい」
鞄を背負い、校門へと向かうと、既にカミーユ・ハンバート=ハンバートが車を附けてお迎えに来てくれていた。軍服では目立つため、スーツをきっちりと着ている。七三分け、厚めの眼鏡に神経質そうな顔のお兄さん。黒塗りのセダン車の後方扉を執事よろしく開けてくれたが、憂鬱な顔で車に乗り込んだ私を察したのか、「今日はどうかなさいましたか?」と声を掛けてくれた。
「ううん。困ったことお願いされちゃって、なんて断ろうかなって」
「困ったこと、ですか?」
「今ね、学校で七不思議が流行ってるらしくて、怖いからそれを調べてって言われちゃったんだ。真夜中の校舎の屋上で女の子の幽霊が出るんだって。どうしよう」
「おや、それは難儀ですね」
カミーユはクスクスと笑った。はたから見たら少しキツい印象を与える顔が、笑うとずっと爽やかな人に見えるのに、と思った。彼は白い手袋にハンドルを握り、自宅への帰路へ国道を走る。カミーユは続けて言った。
「七不思議や怪談というのは、実際には集団心理を利用した口承文化の一つです。子どもの旺盛な好奇心をそそるもので、『発生源の無い突き詰めようのないわからない事』だからこそ情報の伝播速度も高くなります。詰まるところ、情報操作のようなものです。群集心理メカニズムの感染説がまさにそれと言えるでしょう。だから原因調査は難しいでしょうね」
つまり実体のない事象だと言いたいのだろう。しかし私は、一抹の不安が拭いされずにいた。
「そうだよね。でも最近になって突然、どこからそんな元手が出てきたんだろう。他のクラスの子が見たって言ってたけど」
「見間違い、なんてことから発祥することも勿論あるでしょう。例えばあの雲、お嬢様にはどのような形に見えます?」
「雲?」
カミーユは道の向こうの夕焼け雲を指さした。彼の示す方向には、一つぽつりと黄金に染まった雲が浮いていた。私にはその形が星に見えた。
「うーん、星、かなあ」
「成程。私には、あれは人の形に見えます」
人型。確かに、人にも星にも見える。カミーユとの違う視点に相槌を打つ。
「有名なロールシャッハ・テストを誘引したものです。投影法に分類される性格検査のひとつですが、被験者の思考過程やその障害を推定できるものでもあります。真夜中の暗い校舎、精神的未成熟な子どもが、そこでどんな思いで、何を想像するでしょう?」
「つまり、怖いと思うだけ怖いものがそこにあるように見えるってこと?」
「その通り。噂の出処なんてそんなものです。大方、屋上にあった何かが少女の幽霊にでも見えたのでしょう」
カミーユの仮説は確かに正しかった。
しかし噂の出処がただの子供の恐怖心であればいいけれど、と何となく私は思った。
「とにかく、お嬢様が何かをなさる必要はありませんよ。学年委員長のお仕事にはそんなものはないでしょう?」
「ないけど、だからって許される訳でもないよ。子どもにはお仕事じゃないから、なんて理屈は通らないんだから」
「そうですね。だから七不思議なんてものが広まるのでしょう」
「お仕事だから、って理屈も納得できないけれど」
「おやおや。お嬢様もやはりお子様なのですね。申し上げにくいのですが、総統は本日も夜のお帰りが遅いようです。……お父上がお仕事で忙しくされているのは、やはり寂しいですか?」
「寂しいわ。……でも、カミーユがいるから平気」
カミーユは、その言葉に実に満足そうに微笑んだ。上司の子どもに使役されているというのにこの笑顔はそうできるもんじゃない。下僕で従事て専属医師で執事で駐在武官の彼はまさに社畜そのものと言えた。
✱
週末。ゾルディック家にて。
幼馴染みのイルミと私は、週末共に過ごすことが通例であった。だいたいは私がゾルディック家に通い、時折イルミがこちらに来る。今週は私が彼の家にお邪魔していた。イルミの部屋で、私はごろごろしながら七歳になったミルキとゲームで遊んでいた。
『オアアア!』
「うわうわうわうわ、あー……死んだ……」
「イヴ姉へたくそ!返せよ!」
「ミルキ、むずかしいよこれー」
バイオテロハザード7。迫り来るゾンビを避けられずあっけなく撲殺されて死んだ主人公。コントーラーをソファに投げ出すと、それをミルキが奪いリプレイし始めた。廃屋を捜索しながら出没するゾンビたちをあの手この手で仕留めながら、ゲーム上手なミルキはどんどんと各面をクリアしていく。腕前は見事だった。画面は一面の鮮血のスプラッタとグロテスク。精神衛生に絶対に良くない。ソフトカバーを見ると、CERO Z、18歳以上対象の表示。
「…………ていうか、七歳児になんてゲームさせてるのお宅は」
「ミルキがそれをどうしてもやりたいってごねてうるさいから与えたんだよ、父さんが。それ発売前のゲームなんだってさ」
「ごねるミルキも問題だけど、だからって」
「お説教ならミルキにしてよね。ほんとそいつ、自分勝手だしどんどん言う事聞かなくなってきて。誰に似たんだか」
「………あ、うん………」
血は争えない。
イルミはミルキを抑えの聞かないペットでも見るかのような目で眺める。私は彼らの横顔を眺めながら、そっくりだと思ったが口に出さないでおいた。
十二歳のイルミは、その綺麗な黒髪を肩の辺りまで伸ばし、少年らしさの残るおかっぱ頭。意思や感情の起伏のない真っ暗闇の瞳や無表情は相変わらずだが、それでもお兄ちゃんらしく弟を面倒見る意外にも甲斐甲斐しい面は内に秘めているようだった。ミルキも兄の彼にになぞらえたような可愛らしい容姿であったが、二人は決定的に異なる点があった。イルミは感情を表さないが、ミルキは反して激しく滾る。兄弟で同じ教育を受けても生まれ持った性格や性質は断ち切れるものでは無いのだと、私はまさにその例を目の前にしていた。
「イヴ姉!ノド乾いた!飲み物!」
「ミルキ。イヴに態度が悪いよ。姉さんにそんなことをさせるな」
「いいよイルミ、お邪魔してるんだから飲み物くらい持ってくる。ミルキお坊ちゃんの言う事だし」
「イヴはミルキに甘すぎる」
「まあまあ。可愛い弟だし」
「イヴ姉早く〜!」
「はいはい坊ちゃん」
イルミはムッとしていたが、私は事実ミルキを実の弟のように可愛いと心から思っているからよく甘やかしている。だって赤ちゃんのころから成長を見てきたんだし、情がない訳が無い。立ち上がってキッチンに向かい、冷蔵庫から飲み物をコップに注いだ。ミルキにもイルミのように大きく育ってほしいから、牛乳にした。それをゲームに夢中のミルキに渡す。
「バカイヴ!なんで牛乳なんだよグズ!コーラだろ!」
「…………。」
…………うん、そう、可愛いと心から思ってる。大丈夫大丈夫。
糞ガキ極まりないミルキに、イルミも私と同様にイラついたのか鼻フックを仕掛けていじめはじめた。いい気味だ。突然の兄の奇襲にミルキは思わずコントーラーを手離し、「ふごーっ」と鼻を鳴らして涙目になった。ミルキはイルミの教育あってか、兄に強く逆らえない。操縦者を失ったゲームの主人公は、あっという間にゾンビに食われてゲームオーバーとなった。
「ミルキ。姉さんに、口が悪いよ」
「んが!ふごっ!ふごっ!」
「イルミ、まあまあ。……鼻血が出ない程度にね」
「ふがーっ!」
兄からの鉄拳制裁に私も乗じると、ミルキは反省したのか分からないがイルミの鼻フックをする手を叩いた。それでもイルミはしばらくその手を止める様子は無さそうだ。
『Replay?』
テレビ画面にはその一言が浮かぶ。リプレイできるなんてゲームは便利だ。攻略を間違っても、死んでも、もう一度同じ地点から繰り返すことが出来るのだから。ゾンビとは、生ける屍。もしゾンビとなる人間がいるとしたら、霊魂はどこに行くのだろうか、となんとなく思った。
そして思い出した。今学校で持ち切りらしい、新しい七不思議の話を。
「ねえ。イルミは幽霊っていると思う?」
イルミはミルキを鼻フックしていじめていた手を止め、私をじーっと見つめた。何を突然言い始めたんだコイツ、という顔をしている。
「何を突然言い始めたかと思った」
大当たりらしかった。
鼻フックされてるミルキが「イルにいーっ!」ともがいているのを可哀想に思い、さすがにイルミの手を止めてあげた。ミルキはイルミの手の中から飛び出し、真っ赤になった鼻を抑える。
「なんとなく気になることがあって。幽霊っているかな?」
「幽霊はどうかな。念ならあるけど」
「念?怨念ってこと?なにそれ何か違うの?よくわかんない」
「そうだろうね」
幽霊と怨念の何が違うのか。私はその違いがわからなかった。
その頃、もしかしたらイルミは念能力というものを教わり始めた頃だったのかもしれない。念能力とは念じる力の事。幽霊という実態を持たない霊魂の存在については否定的であったが、それらが持つ念という不思議な作用を齎す力や物事については肯定的な意見を示していた。
「それで、幽霊が何?」
「私の学校でね、噂が流れてるの。学校七不思議の一つ。屋上に女の子が立ってるのを見た子がいるんだって。昔、自殺しちゃった女の子の幽霊が今も成仏できずにずっとそこで恨めしくみんなを見下ろしてるらしいんだ」
「なにそれ。そんな噂話信じてるの?」
「噂話というか、その幽霊の女の子の目撃情報があるらしくて。信じてるかって聞かれたら……50/50かなあ。そういうものの不思議な力はあるとは思うけど、わかんない」
「それはあるよ。イヴの言うその不思議な力の概念とは少し違うかもしれないけどね」
「何、どういうこと?」
「それはそのうち話すよ」
ミルキは私たちの話を余所に、私の持ってきた牛乳を素直にごくごくと飲み始めた。なんだ飲むんじゃないか。
「それで、なんで幽霊なんか気にし始めたわけ?」
「……クラスメイトに、学校のみんなが怖がってるから本当に幽霊がいるのかどうか調べてほしいって言われちゃって」
「なんでイヴが?」
「学年委員長だから」
「なにそれ」
「うーん。簡単にいうと、学年生徒の代表」
「イヴ、そんな事してるんだ」
「やりたくてやってないよ。選出の時に指名されたの」
「学年委員長は探偵も仕事なんだね」
「そんな訳ないでしょー。体よく押し付けられたの」
「ふーん」
イルミはそう相槌をうつと、この話には興味をなくしたのか今度は牛乳を飲んでいたミルキの鼻を強く摘んでいじめはじめた。ミルキは「ぶう」と鼻から牛乳をこぼし、むせ返ったのか咳をした。寄り添って背中を叩いてやると、ふたたび顔を真っ赤にして咳をするミルキが、私の膝にせがんできた。
「イルミ、いじめすぎ」
「イヴがそうやって甘やかすからミルキが甘ったれるんだよ。これは教育なの。ミルキ返して」
「どんな教育なのそれ。いじめはダメ、ゼッタイ」
「そうやって。ただでさえこんな性格のミルキなのに更にどうしようもない奴に育ったらイヴのせいだから」
「ええ……そうなっちゃったらイルミが原因な気がするけど……」
イルミの予感は遠い未来で的中するのだが、それはもう、生来持って生まれたミルキの性格であり、矯正もどうしようも無いことなのだと、私たちはその時は分かっていなかったのであった。
「イヴ姉〜!」
「はいはい、いいこいいこ」
ミルキの黒髪を撫でてやると、すぐに彼は泣きやみ、膝の上で満足そうに笑ったのを感じた。立ち直りの早い、都合のいい弟だ。
「それで七不思議はどうするの」
「ん?」
「探偵。するの?」
「えー……」
したくはない。
イルミの興味が再び幽霊の話に移ったようだ。オカルト探偵。そんなものやりたくはない。どうしようか。クラスメイトのあの子がそのまま週末を越えて忘れてしまっていればいいが、一度沸き立った噂話というのはなかなか鎮火しない。人の噂も七十五日とか諺があるくらいだから。
頬に手を当てて、私は大きくため息を吐いた。
「はーあ……誰か代わりに解決してくれればいいのに」
「そうだね」
イルミは済まし顔で私に適当に相槌をした。まったく、他人事だと思って。イルミにとって社会ってものは家族だけだからなあ。
「よいしょ」と、彼は突然立ち上がった。ビクつくミルキ。こぼれる牛乳。手を差し伸べるがコップの中身は床にすべてぶち撒かれた。ああ……きっとゾルディック家の牛乳なのだから高価に違いないのに、もったいない。
「ちょっと父さんのとこ行ってくる」
「あ。用事?」
「うん。ちょっとミルキ見てて」
「わかったー」
イルミの背中が扉の向こうへ消えた。「お兄ちゃん、何しに行ったんだろうねー」とミルキをあやしていると、数十分の後にすぐイルミは戻ってきた。
「終わった?早かったね」
「うん。問題ないよ」
何が問題ないのだろう。
「そっか」と適当に返事をし床にこぼれた牛乳の掃除をすると、「そんなの執事に後でやらせればいいよ」とイルミ坊ちゃんは宣った。そりゃそうかもしれないけど、牛乳はほっとくと臭くなる。粗方拭いて、私はまたゲームをやり始めたミルキの手技を観察した。
「ミルキはほんと、ゲーム大好きだねー」
「アニメとかそういうのもよく見てるよ」
「アニメ?ヒーローものとかそういうの?」
「さあ。戦闘には不向きなドレスに変身した女がモンスターと闘ってる。よくわからないけど」
「……へー、そうなんだ……」
それは美少女アニメというやつだ。
男の子はこのくらいの歳だと戦隊ヒーローとかをたいてい好むのに。ミルキの歪んだ成長に顔を引き攣らせながら、「死ね死ね死ね死ね!」とゾンビを蹴散らす彼の行く先に少しの不安を募らせた。イルミといい、ミルキといい、どうなってるんだこの家は。
「あ。5時だ」
突然イルミはそう呟くと、誰の了解も取らず、ブツンと容赦なくゲーム画面を地上波放送へ切り替えた。ゲームをしていたのに画面を切り替えられたミルキは「あーもうアニキ!何すんだよ!」と喚いたが、それを完全に無視した。私はイルミが見始めたその番組に、私は口を閉じることができなかった。
「イルミ」
「何?」
「……まさかだけどそれ、見るの?」
「うん。ミルキの為にね。どうかした?」
「いや、いいんだけど……」
日曜日、午後5時。イルミは突然国営放送の教育系テレビを視聴し始めた。健全な人形劇や、歌のお兄さんが音楽に合わせて体を動かしている。
「ほらミルキ、これ見て」
「こんなの見たくねーよイルミ兄!」
「いいから」
どうやら歪んで成長しつつあるミルキの為らしい。ミルキをテレビの前に座らせて視聴させようとするが、ミルキはそれから逃れようとじたばたした。ミルキは叫んでいたが、イルミはそれを完全に無視し弟を押さえつける。未だお子様ではあるが、これは暗殺一家の一員である彼らが見ていい番組なのだろうか……と疑問が過ぎったがあまり考えないことにした。
「アニキ、戻せよ!いたっ……目が剥ける!!」
なんなら目を閉じないよう瞼の裏が剥き出しにさせ、ミルキの顔を固定しそれを視聴させようとお兄ちゃんぶりを発揮するイルミ。
「俺は兄貴だからミルの教育はしっかりしないとね。立派なゾルディック家の一員として育てないと」
「あ、うん……何か少し間違ってる気もするけど……」
「イヴ、何かおかしい?」
「何もおかしくなんかないよ。イルミ、流石お兄ちゃんだね」
「イヴ姉!!」
「ごめん、ミルキ…………立派に育ってね……」
イルミの兄としての新たな自覚の芽生えを邪魔は出来ない。怖いし。形は違えど自己満足自己欲求を満たそうとする二人の兄弟。やはり兄弟は似るな、と同じ横顔をながめた。
「ほーらミルキ、歌のお兄さんが踊ってるよ。お前も踊ってごらん。え、できない?仕方ない、俺が手伝って体を動かしてやろう。俺はお兄ちゃんだからね」
「やめろおおお!」
「あ。ごめん腕折れた」
「うっ、うあああーーー!」
ミルキの悲痛な叫び声がククルーマウンテンに響き渡ったが誰も手を差し伸べるものはいなかった。健全な心身発育に良かれと教育番組をミルキに見せるイルミの兄心は、歪んだミルキの心を更に歪ませる結果となっていくのをイヴはなんとなく予感していた。
そうして、ゾルディック家での週末は過ぎていった。
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