01:ジュリアと空に散ったプリン牛乳



【ハンター学園生徒規則/一、生徒会執行部について】
生徒会とは、各教育機関に設置される、生徒による自治的な組織。生徒会は、学校生活を送る上で問題点や課題などを改善・解決することを目的に組織されている。学校運営の一役として、保護者や教員と同列の立場に置かれ、一定の権利が与えられる。生徒会執行部は、しばしば役員会 - 生徒会の最高執行機関として、年間活動計画の作成、議題提出、委員会の招集など生徒会全体の運営を執行する。また、役員の選出は生徒会選挙によって生徒会長を選出される。生徒会長は公募あるいは指名によって副会長、会計、書記、庶務などの役員を選出する。生徒会は、生徒の代表として、学校の最高意思決定機関に参加する。この場での議論は、すべての立場の者が平等に権利を有している。
生徒会は、全生徒が集団や社会の自治を尊重すべくための存在である。









晴天。屋上。ランチタイム。
私はパックジュースのストローを咥えながら、天を仰ぎ見た。真っ青な空といくつかの雲。あ、あの雲なんて歪なハートの形に見える。晴天の屋上でいただくランチはとても気分がいい。コッペパンを齧ると醸しだされるサンドされたホイップとあんこのハーモニー。春の陽気の暖かい陽光のなか、私は緑に染まっていく校庭の木々を眺め、頬を掠めるそよ風を心地よく思った。校庭から、昼休憩を楽しく過ごす生徒達の声がかすかに聞こえる。


柵から身を乗り出して地上の様子を伺っていると、「ツカサ。あまり下を見て乗り出すと落ちるわよ。あんた、鈍臭いんだから」と注意をされた。私はその警告に素直に返事をして、彼女と同じように座った。


ジュリア=ヘルマプロディトス。
彼女は、金のブロンドをたなびかせ、その長くきれいな足を崩しつつも所作美しく座り、艶やかな唇をもぐもぐと動かす。猫の目のように緑色に透き通った瞳は、青空を仰いでもその色彩は変わらない。美人は何をしても美人で羨ましい、と私は彼女をいつも想う。彼女はこの学園に入学して初めてできた唯一の女友達で、クラスメイトだ。仲良くなったきっかけは覚えていないが、性格が正反対だからこそ惹きあって相性が良いのかもしれない。こんな美人と親友になれるとは、入学前は思ってもいなかった。彼女とのこのランチタイムは恒例であり、彼女も隣で静かにお弁当のサラダとデニッシュパンを交互に食べていた。食べる姿でさえ見蕩れるくらい優雅だ。



「は〜。今日もいい天気だね」
「何ババアみたいな事言ってんのよ」
「ええ〜……」


ただジュリアはとっても口が悪く勝気で女王様気質だ。美人だけど気の強いものだから、男子が寄ってきても門前払い。それに異性にはさほど興味が無いようで、色目を使う彼女など見たことが無い。それは男子だけでなく女子にも同様であり、冷たい態度に女子も寄ってこない。
ジュリアはお天気の話を一蹴し、サラダをお上品にフォークでつつきながら剣呑な表情をした。


「天気の話したらババアなの?」
「ババアよ。これからは私に天気の話を第一声にしたら今後は無視するから。私にもババアが移るじゃない」
「同い年だよ」
「精神年齢の問題よ」


トンデモ理論をブッ放すジュリア。
私は彼女の虫の居所が悪いのを何となく察した。だってなんとなく目付きが鋭い……。


「でもジュリア、この間私のことお子ちゃまだって言ったじゃん」
「私の揚げ足を取ろうっての?ただでさえ今私はイラついてんだからそういうのやめて頂戴、ツカサ」
「それなら尚更このお天気を見ようよ。ほらジュリア、あの大空を見よ!私たち人間の悩み事のなんとちっぽけな事よ!」
「煩いわね」
「ほらほら、あの雲なんてハートの形してる。モクモクで歪な形だね。ジュリアのハートが目に見えるならあんな形かな」
「…………ツカサ、あんた私を和ませたいのか怒らせたいのかどっちなのよ。それと、ハートだとかスペードだとかジョーカーだとか何だっていいけどヒソカを連想させるような単語を言わないでくれる?」
「ジュリア、まーたヒソカと喧嘩したの?」


彼女の機嫌が悪いのはそこか、と合点がいった。おそらくヒソカとまた小競り合いでもしたのだろう。ヒソカは、同じくクラスメイトの男子だ。なぜかヒソカとジュリアは仲が悪く、口喧嘩は毎日のことだ。たまに取っ組み合いもしている。
ジュリアはふん、と鼻を鳴らして腕組みをする。


「あいつが突っかかってくるから悪いのよ。腹立つわ」
「仲良くしようよクラスメイトなんだから。私はけっこうヒソカ好きだけどなあ」
「……何、私よりヒソカの肩を持つの、ツカサ?」
「そんなんじゃないけどさー。おふざけが過ぎることもあるけど、結構紳士だよ?実はこのジュースとかも、自販機で何買うか悩んでたところにヒソカが来て何気なく奢ってくれたヤツだし」



自販機でプリン牛乳を買おうかコーヒー牛乳を買おうか迷ってたところにフラっと来たヒソカは、さり気なく小銭を投入してくれた。迷った末にプリン牛乳をチョイス。お礼を言うと、ヒソカは「キミもそれが好きなんだね。うん、とってもイイチョイスだ」と颯爽と去っていったのだった。ナイスチョイスだったらしい。

ジュリアは私の話にカッと目を見開くと、私の手からプリン牛乳を奪って屋上の柵の向こうにそれをブン投げた。プリン牛乳は大空を舞い散り、ここ6階屋上から地上に落下していった。



「ああっ!ぷ、プリン牛乳が!!」
「馬鹿ツカサ。何私の知らぬ間にヒソカに餌付けされてんのよ」
「……私の、プリン牛乳…………」
「っていうかプリン牛乳って何よ。どこの自販機でそんなの売ってんのよ。変な飲み物買うんじゃないわよ」
「…………プリン牛乳…………」
「煩い」



折角、120ジェニー分お小遣いが浮いて得した気分だったのに……。恨みがましくジュリアを見るが、彼女は何処吹く風でサラダをまたお上品につつき始めた。


「……食べ物の恨みはおそろしーんだからね、ジュリア」
「食べ物じゃないわよ。飲み物でしょ」
「揚げ足とらないの!もー」


屋上から思い切り物をブン投げたおかげでジュリアはスッキリしたのか、少し機嫌が戻りいつものおすまし顔でパンを頬張った。私は膨れっ面で彼女にしばらく遺憾の意を示したが、ジュリアは性格上私の機嫌を伺う事などないので、諦めて私もランチの続きを始めだった。







びゅーん。バシャ。からん、ころん……。


効果音を付けるならばきっとこんな感じだろう。自分は身長が低く見上げる視界に何かが落下してくるのが見えたため、すんでのところで避けることができたが、身長の高いシャルナークはモロにそれを食らった。高身長でも悪い事があるんだな、とコルトピは他人事を思った。


「…………シャルナーク。大丈夫?」


大丈夫じゃないのはまあわかってはいたが、一応そのように声をかけてみた。気遣いというものだ。何か白い液体がシャルナークの頭から降り掛かり、しっかりブレザーも汚れている。そしてその白い液体からたちまち立ち上る、甘ったるい匂い。この匂いは生徒会室でも会長がよく口にしていて、それを飲み始めると部屋中にゲロ甘い香りが立ち篭めるためずっとクサいと思っていたけど言えずにいた匂いだ。それはプリン牛乳。それを好んで飲むなんて狂気の沙汰とは思えない糖分の塊の代物。


「……あは、ビックリ。まさか空からこんなものが落ちてくるなんてね。俺は平気だよ、コルトピ。あーあ濡れちゃったなあ」


そう言うがシャルナーク=リュウセイのその額に青筋が浮かぶのをコルトピは見逃しはしなかった。空から突如降ってきた飲みかけのプリン牛乳。その落下地点付近を通り掛かったシャルナークは運悪くもピンポイントに直撃し、プリン牛乳を思い切り被った。残骸のパックジュースが地面に虚しく転がる。

コルトピが空を仰ぎみても意図的な視線は感じられなかった。教室の窓はどの階もいくつか開いていて、誰がそれを投げたかは特定は難しそうだ。



「誰の視線も無いし、偶然かな」
「偶然だろうが関係ない。何処の誰だか知らないけど人に迷惑をかけたんだからちゃんと罪と罰は受けてもらわないとね」
「シャル。犯人、見つけるつもり?」
「当たり前じゃないか」
「ていうか、シャルナークなら避けられたんじゃないの」
「…………別に避けられなかった訳じゃないよ、あえて受けてやったらそれがまさかプリン牛乳だったってだけで」


じゃあ自業自得なのでは?とコルトピは突っ込んでしまいそうになったが堪えた。なけなしのハンカチでシャルナークはブレザーや髪を拭うが、勿論そんなもので取れるような匂いではない。まさに狂気の飲み物、プリン牛乳。



「でも生徒会の仕事も詰まってきてるし、そんな時間ある?」
「見てごらん、コルトピ」


シャルナークは地面に転がるパックジュースの残骸を拾った。


「プリン牛乳。これ、実は4階の自販機にしか置いてないものなんだよね。ゲロ甘で美味しくないし人気の無いジュースだから業者からは撤去したいって話が出てるんだけど、会長の我儘でまだ置いてるヤツなんだ」
「なるほどね」
「つまりこんなものを好んで飲む人間なんて、会長か同レベルの味覚オンチしかいないってこと。業者に仕入れと売り上げを確認し、聞き込みで購入者を見つける事はそう難しくは無いはず。特定は容易だ」
「さり気無く会長をディスってるのは聞き流しておくよシャル」
「こんなモノ飲める人間がこの学園内に他に居るなんてね……」
「…………シャル、それ飲んだことあるの?」


そこまでこのプリン牛乳という飲み物は不味いのか、とコルトピは逆に気になってきてしまっていたがその気持ちは怒るシャルナークの手前、言わずにおいておいた。

苛立ちを隠せずにプリン牛乳の残骸を握り潰すシャルナーク。



「絶対に掴まえる。生徒会副会長、シャルナーク=リュウセイの名にかけても、ね」
「……意気込んでるとこ悪いけど、シャル、プリン牛乳臭い」


そんなシャルナークのブレザーから香るプリン牛乳臭。その臭いに、コルトピは鼻を摘んだのだった。










ブルル、と寒気を感じた。


「うぇっくしょい!ずびー」
「何?風邪?」
「風邪なのかな?急に寒気が……」
「移されたら困るから半径3メートル以内に近寄らないで頂戴。知ってる?公衆衛生学の研究ではくしゃみで風邪菌の飛沫は4〜5m飛ぶんですって。あんたとは友達の温情で特別に3mまでは許してあげるわ」
「温情にしてはそれでも辛辣すぎるよジュリア」


昼休憩が終わり教室に戻り、午後の退屈な授業の準備を始める。私の席は、教室の窓際奥。教壇からも遠く、ベストな席だ。隣の席に座るジュリアは、口ではそんな冷たいことを言いつつもポケットティッシュを差し出してくれた。なんだかんだ、面倒見もよく優しくしてくれるジュリアに友情を感じた。


「ありがとう、ジュリア。ずびー」
「150ジェニーね」
「有料!?しかもプリン牛乳より高い!」
「ヒソカの餌付けのプリン牛乳が120ジェニーで、なんで私との熱い友情のポケットティッシュがそれより安い訳?」
「いやそもそも無料にしてよ!」
「友情は金で買えないけど、ポケットティッシュは金で買えるわ」
「その友情でポケットティッシュ無償化は出来ないの!?」
「無償にできればそうしたいところだけど、これは高級なティッシュなの。だから悪いわね、ツカサ」
「ええ〜……」


そんな事を言うジュリアにもうそれ以上無償化を求めることは出来なかったが、私にはそのティッシュが街角で無料で配られるポケットティッシュにしか見えない。だって『美少女から美女まで揃ってあなたをお待ちしてます!連絡先 06-××……』と広告が載っている。いかがわしい系広告のティッシュじゃないか。

それでも差し向けられたポケットティッシュを手にしようかどうか迷っていると、後ろから白く綺麗な男の人の手が、ティッシュを差し出してくれるのが見えた。



「おやおや、イジワルな友達だね、可哀想に。ボクのをどうぞ、ツカサ」


振り向くとヒソカ=モロウ君がそこに立っていた。
艶のある赤い髪に、切れ長の目、整った顔立ち、高い身長。彼のシャツのボタンは第二まで開かれており、ネクタイを過剰なまでに緩めている。そこからチラと覗く白い鎖骨から、同級生とは思えない色気やらフェロモンやらが薫るかのようだった。そこまでは何もかもが完璧なのだが、彼は一学年きっての変人で有名な人物だ。顔にはペイントがされており、常にどこからか現れるトランプでその手癖を弄ばせているため、彼はピエロだの奇術師だの呼ばれている。
しかし、彼の差し出してくれたティッシュこそ、まさしく高級なティッシュだった。だってドラッグストアで見た事がある銘柄で、一番高いヤツだ。


「出たわねクソピエロ……」


ジュリアは歯軋りでもしそうなくらい美人が台無しになる顔を凶悪に歪めた。


「そんな意地の悪い事せずにティッシュくらいすぐに差し出さなきゃツカサに嫌われてしまうんじゃないかい?」
「これは私とツカサのお遊びなの。部外者は黙ってなさいよ」
「さて、どうかな。ツカサは困ってたみたいだけど?」
「あんたがツカサの何をわかってるって言うのよ。ていうかツカサに餌付けは止してくれる?この子は私のものなのだからそういう行為は迷惑なの」
「彼女にとって迷惑な事は何一つしていないケド?」
「私にとって迷惑なの。さっさとその金にものを言わせた成金ティッシュ仕舞いなさいよ。何なら代わりにゴミ箱に棄ててきてあげましょうか?あんたと一緒に」
「その必要は無いよ。それでもと言うなら、ここでヤろうか」
「いいわね、そうしましょうか」


良くない。
牙を剥きあう2人を、どうどう、と宥めるとジュリアは今度は私にキレてきた。


「ツカサ=ブライス。あんたは私の友情のティッシュを選択するわよね?まさかそんな頭のおかしいヤツの手垢で汚れた成金ティッシュを使おうだなんて思っていないでしょうね」


ジュリアに随分な言われようをされるヒソカのティッシュ。だが高級で、きっとその肌触りは他に勝るとも劣らないはずだ。


「友情のティッシュだなんて見え透いた嘘を信じるのかい?友人にそんな劣悪なティッシュを金を取って渡す奴の気が知れない。そんなものを受け取ってはダメだよ、ツカサ」


反対にジュリアの、おそらく街角頒布のいかがわしいティッシュ。しかも150ジェニーと有料。けれど彼女曰く友情が篭っている……。


「ツカサ、何を迷うことがあるのよ。どちらを選ぶのよ」
「ツカサ、ボクはどちらを選んでも怒ったりはしないよ」
「う、うう……」


向けられた二人の手のティッシュたち。
……本当は、高級なティッシュをタダで貰いたい。二人のどちらが好きとか関係なく。でもヒソカが嫌いなジュリアはそんなことをしようものなら怒り狂うことだろう……ここはジュリアを怒らせないために、私は震える手で仕方なくジュリアのティッシュを受け取った。

ジュリアは得意げにふふん、とヒソカに勝ち誇った笑みを浮かべた。ヒソカはそんな私を察してか、やれやれ、と肩を竦める。


「わかっていたことだわ。当然の結果ね」
「ま、仕方ないね」
「あらぁ、悔しい?遠吠えこいてもいいのよヒソカ」
「キミが睨みをきかせてるのにボクを選ぶツカサじゃないだろ」
「さっさとツカサの前に散りなさい。どっか行け」
「ハイハイ」


ヒソカをしっしっと手で払うジュリア。ヒソカはわざとらしくため息をついた。


「それじゃあ、ね。ツカサ。これからはちゃんとポケットにティッシュを入れておきなよ」


ぽん、とヒソカは私の肩を柔らかく叩いた。ヒソカの、私に向けるその視線。何か意味ありげに感じられたため、私は首をかしげたが、ヒソカはそのまま自分の席に去っていった。

ジュリアは忌々しそうにその姿を見送ったが、ヒソカが離れていくとすぐに機嫌はいつものクールビューティな彼女に戻った。



「ほら、さっさと鼻水拭きなさい」
「あ、うん、ありがとう。えーとお金、150ジェニーだよね」
「馬鹿。お金なんて嘘に決まっているでしょう」
「そうだったの?な、なんだ、身構えちゃったよ」
「……ツカサ、あんたって、素直なんだか愚直なんだかわからないわ」
「いやジュリアがあんまりにも本気に見えたから」
「冗談に決まっているじゃない。どうして大切な友人からお金を取るっていうのよ」


ツンデレが過ぎるジュリアに思わず笑う。


「……何よ、何笑っているのよ」
「ううん、別に?」
「生意気ね。今すぐそのニヤつき顔を止めなさい。これ以上私にそんな態度を取るならばツカサなんて友人からクラスメイトその1に降格し今後一切口を聞かない関係でもまったく構わないのよ、私は」
「そ、それは困るよ……寂しいじゃん……」


割と真顔でそんな事を言うジュリア。ツンデレが過ぎてどこまで本気かわからないジュリアに困惑する事もある。けれど、本気なら彼女は私とお喋りさえしなくなるはずだ。現に、興味のない人には目もくれない彼女だから。


「なら、言う通りにしなさい」


こつ、と私の額を綺麗な指でつつくジュリア。そして珍しく微笑んだ。その美しい笑みに、私はおでこを押さえ、容姿端麗な友人にただ見蕩れた。ジュリア=ヘルマプロディーテ。女の私でさえ見蕩れるほどの美しさを持つ女性。美の化身、それが彼女がこの学園に在籍する理由の一つだろう。



「諸君。授業を始めますよ。席に着きたまえ」



ノヴ先生が眼鏡を掛け直しながら教室に入ってきた。同時に、キーンコーンカーンコーンと時刻の鐘が鳴った。先生の促しに皆大人しく席に着き始める。これからノヴ先生の物理の授業だ。物理は難しくて苦手だから少し憂鬱だ。


おっといけない、授業が始まる前に鼻をかんでおかなくては。静けさの授業のなかで私の鼻をかむ音が響くのは少し恥ずかしいし。ちーん、とジュリアからもらった友情のいかがわしいティッシュで鼻をかんだ。そしてポケットに残ったティッシュをしまっておこうと手を突っ込んだところで、気付いた。カサ、とすでにポケットに何かが入っている。何だろうとそれを出す。


「あれ?」


ヒソカが私に差し出してくれた高級ティッシュ。私がジュリアのティッシュを貰ったからこれは受け取らなかったはずだ。いつの間に。もしかして、こっそりポケットに入れたのは……。

遠くの席に座るヒソカを伺い見ると、私を見る彼と目があった。ヒソカはにこ、と笑い、ポケットを指し示す仕草をした。ポケットにティッシュを入れておくように、と言ったその意味はこういうことか。


(あ、り、が、と)


声を出さずに、口だけ動かしてお礼を伝えた。ヒソカは、少し驚いたように目を開いたが、またにこっと笑って手を振り返してくれた。






やはり、この学園に在籍する者は一枚岩ではいかない。何か特別な才能や特技を持っている。私はというと、……特にそういう特化したものは何も無いけれどここにいる。ここにいる理由を、探し続ける毎日だ。私にはこんな格の高い学園は無理だと思っていたけれど、あの人の言う通りになった。入学をして3ヶ月ほど経ち、ここに至っている。



『誰も縛られず、淘汰されず、糾弾されない。個人を尊びながら集団は和となる。規律は無くとも秩序があり、ルールは無くとも一線引かれている。全は一を愛していて、一は全を愛している。その完璧な世界になるためには、少し難しいかも知れない。俺のしている事は小さなことかもしれない。けれど、俺とツカサが悲しんだ社会がそういう完璧な世界になるように、この学園もそうなればいいと……心から願っている』


パーフェクト・ワールド。それがどういうことなのか、知りたいから。


『だから、ツカサ……この学園を、頼んだよ』


私にできることなんて無いかもしれない。けれど、何かをできるならこの学園しかない。あの人が望んだ世界は、あの人が居なくなった今、もう訪れることは無い。ならば私は、その世界を待つのではなく迎えに行かなくてはならない。私に出来ることはそれくらいだ。




私の名前はツカサ=ブライス。1年A組。
この春、この学校に入学した、ハンター学園生だ。