05

 料理を温め終わり、配膳してせらにエプロンをつけていると津美紀が戻ってきた。

「お母さん!おふろ出たよ!」
「おかえり〜もうご飯できてるから座ってください!」
「はーい!」
「それじゃあいただきます!」
「「いただきます!」」「「いただきます」」
「お魚おいしい!」
「おかあさんわかめすーぷおいしいよ!」
「良かった!ツナサラダもあるからね〜」
「せら、魚も食え」
「ん、……おいしい!……!ゲホッ、ゴホッゴホッ」
「ゆっくり噛め」

 咳き込む娘の背中を摩っているその姿はどう見ても父親のそれだ。昔、自分には出来ないからやらないと言って散々私に怒られていた時の甚爾くんからは想像も出来ない。それこそ甚爾くんなら出来ると、いつの私も思っていたが、やはり本当にその瞬間を見られると鼻の奥がツンとする。甚爾くん。やっぱり、甚爾くんに出来ない事なんてないよ。いつだって甚爾くんは子供思いの父親で、私の大切な旦那さんだよ。

「おかあさんおかわり」
「はーい!いっぱい食べれてすごいね!ちょっと待っててね〜」
「……うんっ」
「なんだ恵、照れてんのか?」
「てれてない!」
「おーおー、恥ずかしいんだな」
「ちがうっていってるだろ!」
「恵っ、いっぱいたべるのはいいことだよ!お父さん煽っちゃだめだよ!」
「津美紀の方がナチュラルに煽ってるからな」
「あ、恵!わ、わざとじゃないよ!ごめんねっ」
「わかってる」
「お姉チャンには優しいんだなァ?」
「ちょっと甚爾くんからかわないの〜。はい恵どうぞ!サラダもおかわりする?」
「おかあさんありがとう、ううん、おさかなあるからいい」
「どういたしまして!……せらさ〜ん、起きてくださ〜い」
「んむ……おなかいっぱい……」
「まず飲み込め、ほらお茶……あ」
「あちゃ〜、こぼしちゃったか、……はい甚爾くんタオル」
「はぁ、一旦コップ置け」
「あんまり入ってなくて良かったね〜、せら、お父さんが拭いてくれるからありがとうしよっか!」
「おとうさん、ありがとう」
「あぁ」
「あとどれなら食べられる?一つでいいから全部食べよっか!」
「わかめすーぷにする、」
「はーい!これ食べたら寝てもいいから頑張って食べよう?」
「うん、わかったぁ」

 全部食べてくれるか心配だったけど、流石好きな物でもあるからか、ちゃんと全部食べてくれた。


「「ごちそうさまでした!」」「「「ごちそうさまでした」」」
「お母さんわたし片付けるの手伝う!」
「ぼくも」
「二人ともありがとう!じゃあ津美紀はお皿をさげるのお願いします!恵はこのタオルとエプロン、洗濯カゴに入れてきてくれる?」
「分かった!」「うん」
「甚爾くん〜せら先に歯磨きさせて寝かせてくれないー?」
「あぁ」
「ありがと!」

 津美紀に机を拭いてもらい、その間に食洗機をまわしてグリルを洗う。

「津美紀今日も沢山手伝ってくれてありがとう!」
「えへへ、全然いいよ!」
「そんな津美紀にはご褒美があります!」
「えっなになに!?」
「じゃーん!ラムネです!せらと恵が選んでくれたよ」
「えー!そうだったの?うれしいありがとう!恵にもありがとう言わなきゃ!」
「そうね!恵〜ちょっとおいで!」
「おかあさんなに?」
「津美紀が言いたいことがあるんだって!」
「?」
「恵このおかしえらんでくれたのよね!ありがとう!」
「!ど、どういたしまして」
「うんうん!」
「お母さん食べてもいい?」
「いいよ〜、恵は歯磨きにいこっか!」
「あ!まって、恵はいどうぞ!お母さんも!」
「い、いいの?」
「もちろんだよ!」
「良かったね恵!お母さんの分までありがとう〜!」
「ありがとう」
「えへへ、どういたしまして!」
「もうなくなっちゃった」
「ラムネってなくなるのはやいよね〜」
「そうね〜じゃ、歯磨きしよっか」
「うん」


「綺麗に磨けるようになってきたね!じゃあ仕上げしましょ」
「うん」
「はい口開けて〜」
「あー」
「じゃあいーってして〜」
「いー」
「はい終わり〜」
「ありがとう」
「どういたしまして!うがいしよう」
「うん」
「よし!よく出来ました〜お布団行こっか」
「うん」


「恵もうねる?」
「ねる」
「そっか!おやすみー」
「おやすみ」

 テレビを見ていた津美紀におやすみを言った恵を寝室へ連れて行く。恵は津美紀が小学生になって子供部屋で一人で寝るようになったのを見て、ぼくもひとりでねたいと言ったので布団を分けた。といっても部屋はまだ一緒だが。たまに寂しくなって私と甚爾くんとせらの布団に夜な夜な入ってくることもある。もうめちゃくちゃ可愛いからなんならまだずっと一緒に寝てもいいんだけどね……


「今日はいっぱい遊んで楽しかったね〜」
「うん、おひろめかたのしかった、ありがとう」
「ううん!こちらこそありがとうだよ〜あそうだ、せら寝ちゃったけどお父さんにこれ渡しておいで」
「え、おかあさんわたしておいてよ」
「だめよ〜、せっかく恵が書いたんだもの。これは恵からでしょ?」
「で、でも」
「大丈夫。じゃあお母さんと一緒に渡す?」
「う、うん」

 と言っても、寝室の前で話しているのだから耳の良い甚爾くんには丸聞こえだろう。少し緊張して恥ずかしがりながら入っていく恵の後ろを追う。

「お、おとうさん」
「なんだ」
「こ、これ」
「あ?」
「中見てあげて」
「おかあさんぼくもうねていい?」
「えぇ〜、まだお返事貰ってないよ〜?」
「い、いらないっ」
「そんな事言わずに、ほら」

 少し背中を押してあげると、一二歩前に進んで恐る恐る甚爾くんの顔を見てる。

「おー、良く書けてんじゃん」
「う、うん」
「ありがとな」
「!……うんっ」
「ふふっ良かったね」
「うん」
「じゃあ寝よっか」
「おとうさんおやすみなさい」
「ああ、おやすみ」

 返事を貰えて嬉しかったのだろう、恵は少し耳を赤くして嬉しそうな恥ずかしそうな顔で布団に潜った。顔だけ出してこちらを見ているけど、その目は安心からなのかもうすぐで閉じそうだ。やばい、息子が可愛すぎる件について。

「おやすみ恵〜」
「うん、おやす、み」

 頭を撫でて少しの間、お腹を優しくとんとんとすると、すぐに寝息が聞こえてくる。もうとんとんとしなくても寝られるのは分かっているが、何より自分が少し寂しい。昨日までまだハイハイしてたのに……!!少し涙ぐみながら恵の傍を離れ、せらの寝顔を見る。大好きな父に寝かせてもらい、心底嬉しいという表情で眠っている。きっといい夢見れてるね。
 せらは生まれつき体が弱く、何度も寝込んでは入院を繰り返していたし、今だっていつ病気にかかるか分からない。私も甚爾くんも体だけは丈夫で、大して体調を崩すことなんてなかったし、津美紀も恵も健康児だ。病気というものに疎かった私は弱く息をするせらを見て、この子は今にも死んじゃうんじゃないかと何度も何度も思ってきた。きっとこれからもそう思う事ばかりなのだろうけど、この幸せそうな寝顔をするこの子に私が弱気になってちゃいけないと思わせられる。代わってあげることは出来ないけど、この寝顔と笑顔を見れるためだったら何でもする。そう心に決めて頭を撫でる。嬉しそうに少し微笑んだせらを見て、目の奥が熱くなる。最近こんなのばっかだなぁ。歳かな。そう思っていると甚爾くんにチョップされた。

「いだっ」
「何泣きそうな顔してんだ」
「だ、だって〜」
「だってもクソもねぇよ、こいつは今生きてるだろうが」
「!……そうだよね」

 やっぱり甚爾くんには何を考えていてもバレてるなぁ。嬉しくて、少し寂しくて、彼の手に自分の手を重ねる。

「心配しなくてもこいつは簡単にくたばんねぇよ」
「そんな野郎みたいな言い方しないでよ笑」
「そんな事ねぇだろ」
「あるよぉ〜」
「はぁ、恵も津美紀もそうだろ。誰もすぐ居なくなったりしねぇ。お前が俺の前から消えなかったみたいに」
「……うんっ」
「ほら行くぞ」

 そう言って私の手を握って寝室の扉を開ける。

「お母さんとお父さんなかよしだねっ!」
「わ、わわっ、と、甚爾くん手離して!」
「ヤダ」
「えぇ!?や、やだ!?」
「ふふっ、お母さんおかおまっか!ね、お父さん!」
「あぁ」
「こ、ここ、恋人繋ぎやめて!」
「ヤダ」
「え、えぇ……恥ずかしい……!」
「ふふっ、お母さんったらてれやさなんだから!わたしもうはみがきしてねるね!」
「あ、津美紀〜!!」
「まだ恥ずかしがってんのか?」
「もうっ!甚爾くんのバカ!」
「そんな弱いパンチ効かねえぞ」
「む〜!!」

 パンチをしてもこちょこちょを仕掛けても何も効かない……もう駄目だ。


「お母さんお父さんおやすみなさい!」
「津美紀おやすみ!暖かくして寝るのよ?」「おやすみ」
「うん!」

 津美紀が自室に戻って扉が閉まる。……気まずい。

「と、甚爾くん……私達ももう寝ない?」
「まだ九時だけど」
「も、もう九時よ!良い子は寝る時間!」
「俺らは良い子じゃねえだろ?」
「も、もう!屁理屈言わないで!ほら寝室行こう!」
「ふーん、勿体ねー」
「な!何も勿体なくありません!」
「恵とせらに聞こえるぞ」
「はっ」
「ふっ、この距離じゃ聞こえねえだろ」
「か、からかわないでよ!」
「からかってねえだろ」
「からかってるもん!」
「ほら、寝るんだろ?」
「う、うん」

 せらを真ん中にして布団に入る。すると甚爾くんが私の頭を乱雑に撫でて、頬を片手で挟む。

「そんな拗ねんなって」
「ふへへはひ!」
「はいはい、おやすみ」
「……おやすみなさい」

 布団を被り、赤くなってしまった顔を甚爾くんに見られないようにせらを抱きしめて隠す。でも腕の長い甚爾くんにせらごと抱きしめられてしまって。
 少し恥ずかしいけど、まぁこれもいっかと思い、瞳を閉じる。瞼の裏には子供達が。甚爾くんが。私が笑っている。あぁ、良い夢が見られそうだ。おやすみなさい。


 9:00 p.m.。忙しい一日が今日も終わる。
 母親である彼女の夜は(今日だけ少し)早い。
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