第三話 少女B!!

 少女B、彼女の名前は柳旭!!来週に誕生日を迎える四歳児である!!現在、人気ひとけの無い公園でブランコに座って暇していた!!あどけないその顔は退屈を示したまま、その公園でブランコを大きくではなく、ゆらゆらと小さく漕ぐ。ただ何をするでもない、何も考えていないその横顔は子供とは思えない哀愁を漂わせ、太陽に当てられた淡いブラウンのフォーンがそよ風に吹かれてはらはらと流れる。まるで絵画で描かれる様に切り取られたワンシーンは誰が見ても綺麗と言わざるを得ないだろう!!まあ先程までは無我夢中で大きくブランコを漕いでいたのだが。



 そんな彼女、旭はまぁ壮絶な生活を送っていた。ギャンブル依存症で大量の借金、アルコール依存症で虐待・ネグレクトは当たり前な母との二人暮し。父は自身の妊娠が分かった瞬間から音信不通になった、と昔、旭を蹴りながら言っていた。そんな母と暮らして数年。性格があまり捻れずにここまで来たのはもはや奇跡だろう。それか神様の慈悲。

 まぁしかし、何故こんな母の元で四歳まで生きることが出来たかと言うと、旭には秘密の魔法が使えるからである!!

 そう、少女、柳旭は、なんと透明人間になることが出来る!!

 とは言っても、使えるようになったのは数週間前であるため、これから受ける暴力が減るにしてもこれまでの四年弱受けてきた虐待の跡はしっかりと残っているし、一生治らないだろう傷もたくさんある。本当にこれまで生きてこれて、死ななかったのは奇跡なのだ。



 この能力に気付いたのは、約一ヶ月前。

 昨日、二の腕につけられたタバコの火傷がジンジンと痛くて、でも泣いてしまえばまた母に煩いと殴られる未来が見えるので、必死に痛みに耐えながら泣き声をあげずに涙を流していた。

「いたいよ……」
 
 どうしてこんなことされるんだろう。私なにもしてないのに。お母さんの嫌がることしてないのに。──いっそのこと私が見えなくなっちゃえばいいのに。

 そう考えた時、部屋に母が入ってきた。今考えてたことが伝わって怒りに来たのかもしれない。そう思って、必死に頭を守った。だがいつまで待てども痛みは来ない。

「おかあ、さん、?」

 恐る恐る顔を上げてみると信じられないことが起こった。
 母は今は彼女が視界に入ると例外なく、百パーセント暴力を振るう。しかし、今母は旭の横をすり抜け、ベランダに出て行った。こんなことは初めてで、逆にそれが怖くて走って隣の部屋へ逃げた。

「ぁ……」

 しかしその後、何故か急に体が重くなるのを感じてそのまま倒れてしまう。眠ってしまったのか、起きた時には母に見つかりいつも通り殴られ蹴られて、何も食べていなかった胃から胃液だけを吐いた。

 この時はまだ偶然だったのかもしれないと思っていたのだけど、それから、母に見つかりませんようにと願うと、母は本当に旭が見えていないかのように旭の横を素通りした。
 この現象に慣れてきた時、見つかりませんようにと思うのを母の目の前でやめたらどうなるのだろうという疑問が旭の頭に浮かんだ。誰が聞いてもだいぶイカれていると思うが、旭は実験することに決めた。いつも通り見つからないよう願い、母が自身の数メートル前に立った時、見えるようになりますようにと願うと、母はとても驚いて悲鳴をあげた。──あたかも旭が急に現れたかのように。

「急に私の前に現れんじゃないわよ!気持ち悪い!」
「ぁ、ごめんなさ、!ぃ、」ドカッ

 その後は苛立った母に頭を蹴られて、動けなくなってしまった。

 願えば何度でも母に見つからなくなる。徐々にそれができる時間は伸びていき、疲れが現れるのも遅くなり、必然的に母に暴力を振るわれることも少なくなった。母は旭が見つからなくなっても全く焦りはしなかった。やっぱり私はいらない子なんだ、と理解して旭は少し悲しくなった。

 そんなある日、旭はこの透明人間の能力は母専用なのかと疑問に思った。──私の長所は思い立ったらすぐ行動できる所!──母は旭が外に出ようとするといつも以上に殴りかかってくるので、旭は物心ついた頃から外に出た記憶は一度もない。
 その時、ピコーン!と旭の脳内に、あるミッションが浮かび上がる。──外に出て透明人間は誰に対して使えるのかを検証しろ!!──思いたったが吉日!見つかりませんように、と願い母の目の前に立ってバレてないことを確認してから旭は家を飛び出した。


「わぁ……どうしよう……」

 しかし、外の世界は全てが未知で、溢れんばかりの旭の好奇心の中に少しだけ不安が芽生えた。だがこんなことで諦める彼女ではない。

「こーえん、あれだっけ?」

 いつも窓から見ていた、たくさんの木に囲まれた“こーえん”というらしい場所へ向かう。絵本でしか見たことのない遊具というものを目当てに。



「わー!あははっ!」

 結論から言えば旭はとてつもなく楽しんだ。
 滑り台にジャングルジム、鉄棒や砂場。そして、その中でも特にお気に入りとなったブランコ。ついている板に座り、ゆらゆら漕ぐと段々と波が大きくなっていく。最初は飛ばされそうになって悲鳴をあげそうになった旭であったが、揺られているうちにそれすらも楽しく思えてきた。とは言ってもずっとやっていると飽きてきて、少しずつ漕ぐのをやめ、最終的にただ座っているだけとなった。旭の小さな足は地面には届かず、風が吹くだけで少し揺れる。それがなんとも言えないが心地よかった。


「はっ!とうめいにんげんのちょうさが!」

 ブランコに揺られて数分経った頃、旭はなぜ外に出てきたのかを思い出した。

 ──気を取り直して!


「ひと、ひ、と……いない」

 そうである。……この公園、人が少なすぎて、というか、人一人っ子いない。そのせいで検証のこと一切忘れていた旭であった。

「で、でも、だれか、」

 ……いない。周りを見渡しても、公園の外に出てみても、誰もいない。

「だめだ、ここだめだ、」

 戦意喪失。今の旭は間違いなくそうであろう。
 速攻お気に入りになった右側のブランコに座って項垂れていた。

「かえる、?で、でも、おかあさんどあのおとはきこえるかも、」

 悶々と考えてもいいアイデアはなにも浮かばない。──お母さんは怖いけど、諦めて帰るしかないのかな、。旭がブランコを降り家に向かおうとしたその時だった。

「つみき……いってた……、ちょっと……いいよ……」

 途切れ途切れにしか聞こえなかったが、何かを言った自身とそう年に変わらなそうな男の子が現れた。

 やはり自分は幸運だ!

 咄嗟にあの男の子に見つかりませんようにと祈るとなえる。すると効いているのかは分からないが、男の子がこちらを振り向くことはなかった。旭は一応ブランコから降りて、草むらに隠れて男の子を監視した。

「おやまつくってる……?」

 少年はただひたすら砂場で山を作り、作り終えたら反対同士の位置から穴を掘っていき、トンネルを作る。ただそれだけの行為を繰り返していた。

「あ、たいむりみっと、きてる、!」

 只管それを草むらの影から眺めてい旭だったが、体が少し重くなるのを感じる。この力を長く使えるようになってきた頃から、旭は体が重くなってから数分くらいで効果が切れてしまうということに気がついた。日に日に力を使える時間は伸びているし、タイムリミットを感じられるようになって、以前より格段にこの力の扱いを覚えられてきたような気がする。
 少年にバレないように、早めに公園を出て家へと向かった。



「た、ただいま、」

 母に見つかりませんようにと唱えたが、もうそろそろ力の限界だ。ばれてはいけないとそろりと玄関のドアを開けたが、そこに母の靴はなかった。
 ほっと息をつき、リビングを通過して旭がいつもいる部屋へ向かう。──お母さんがいなかったのはいいけど、力をたくさんからちょっと疲れた……
 いつものように部屋の隅に蹲り、旭は三角座りをしてそこに顔を埋めた。

 旭が目を覚ますと、リビングで母の怒号が聞こえた。パチンコで負けてイライラしてるのかもしれない。公園から帰ってきた時はまだ空は明るかったが、今はもう真っ暗。たくさん寝られたおかげで体力は戻っている。──もう一回くらいなら使える……!
 旭は見つかりませんようにと唱えてひっそりと部屋を出た。

「旭!どこにいるの!出てきなさい!」
「!みつかりませんように、みつかりませんように……」

 ガッシャーン!と、食器やらなにやらが倒される音が聞こえる。いつもイライラする母ではあるが、ここまで怒ることはそうたくさんはない。──お酒も切れて余計にイライラしてるのかもしれない……今お母さんに見つかれば本当に殺されてしまうかもしれない。旭はそこまで考えて体の震えが止まらなくなってしまった。

「おい!出てこいっつてんだろ!」
「ヒッ」

 母が旭のいる部屋の襖を開けた。旭は今、移動した隣の部屋の右側に壁、後ろに襖、正面に六畳の畳があり、その奥に掃き出し窓がある場所にいる。つまり、左を振り向けば母がいる。
 旭はこっちを見ませんように!と必死で願った。しかし願いとは裏腹に母が首を右に動かす。

「ハッ、ヒュッ」
「あのガキ、どこいきやがった!」

 ……気づいてない。母は確実に旭を視界に入れたはずだった。旭も目が合った気がしたが母は気付かず、隣の部屋へと移っていった。

「は、ぅ、こわいよ、グスッ」

 隣の部屋に映っても聞こえる母の叫び声に体が強張り、涙が止まらなくなる。普通子供が見つからないなどあってはならないし大問題なのだが、母はお酒を見つけて落ち着いたのか、旭を呼ぶ声は聞こえなくなった。それでも旭が隠れていたことに変わりはなく、見つかればなにをされるか分からない。旭は見つかりませんようにと唱えてリビングに移動した。

「あのクソ、ガ、キ、ヒック……スー」
「よ、よかった、」

 母は缶ビールを持ったまま机に突っ伏していた。モゴモゴと口をうごしたのちに、スースーと寝息が聞こえてくる。そのままではビールが倒れてまた母が発狂してしまうかもしれないと思った旭は母の手からそっと缶ビールを離し、少し離れた場所へ置いた。そして、その辺に放りっぱなしになっていたタオルケットをそっと母の肩にかけた。
 ──こんな人だけど一応私のお母さんだから。

 昔はここまで酷くなかった。よくお酒を飲んでいたけど、ここまでたくさんは飲んでいなかったし、パチンコに行くことも少なかった。たまにイライラして旭を殴ることはあれどその後すぐ謝罪する。それが立派な虐待であることを旭は分からない。ごめんねと。ほんとはこんなことしたくないんだと。旭はその言葉をまるまると信じてしまっていた。ご飯を作ってくれる時もあったし、絵本を買ってきて読んでくれる時もあった。と旭は思っているが、それは普通の親であれば当たり前。少し殴られることはあっても旭は自身が母を、母が自身を好きに違いないと思い込んでいた。だから、そのうち自身が母を苦しめてるんじゃないかと旭は思うようになってしまった。それから旭は母の機嫌を損ねないように、母がイライラしてる時は視界に入らないようにしたし、母が外に行ってる間にお掃除してみたりもした。自分なりに母に気に入ってもらえるように頑張ってみてた。しかし、それは当たり前に効果はなく、母はどんどんギャンブルにハマり、更にイライラして大量にお酒を飲むようになって、お金がなくなった。借金取りが家に来たことも何度もある。──でも、それでも、それでもまた!お母さんに笑って欲しくて。また、絵本を読んで欲しくて。どうやったら前のお母さんに戻ってくれるのかは分からないけど、何か行動してみなくちゃ変わらない。そう自身に言い聞かせて旭は唯只管頑張った。いつかまた、絵本を読んでもらえるように。お母さんが笑顔になるように。

 そっとリビングを後にして、部屋へ戻り、旭は寝る体制をとった。どれだけかかるか分からないけど、またあの日々が帰ってくるよう、努力はし続けなきゃと旭は目を瞑る。

 ──まずは、この秘密の魔法について研究しなくちゃ!バレないように!あー、早く明日にならないかなぁ!──






 自身の感情をすり替えてしまう癖、果たしてそれは彼女の運命に吉と出るのか凶と出るのか。それは誰にも分からない。
 そして冒頭に戻る。果たして彼女は秘密の魔法を隠し通して母を、自身を救うことができるのだろうか。彼女の成長も物語もまだまだこれからである!!