元気薬ではじめてせっ 佐野
ある日の放課後。雪は科学部の部室を訪れていた。――事の発端は、帰りのSHR後。晴明に国語の質問をしていたところ、あっと晴明が声を上げた。どうかしたのかと雪が問うと、柳田の未提出物の回収に行きたいがこの後職員会議があるらしい。教えてもらったお礼にと雪がその役に名乗り出たのだ。申し訳ない……と頭を下げる晴明に任せてください!と自身の胸を叩き雪は意気込んだ。
「ごめんくださ〜い」
「どうぞー」
コンコンとノックをすると奥から軽々しい声が聞こえてきてドアを引いた。薄暗い実験室の中で様々な薬がボコボコと音を立てている。その蛍光色の試験管はあのマッドサイコパスドクターを彷彿とさせた。
「なんか用だったかい?」
「あ、そうそう。晴明先生に頼まれてね」
柳田くん国語の提出ノートまだ出してないでしょ?――雪が問うと、あーあれね〜と言いながらごそごそと体のどこかをこねくり回した。ナニが出てくるのかと身構えたが、普通にノートが出てくる。そっちの方が意味不明である。
「出すの忘れてたわー。ほいコレ」
「受け取りました〜」
ノートの端っこが何やら蛍光ピンク色になっていることはスルーした。それじゃ部活がんばってーと言って踵を返そうとすると柳田に止められた。雪が振り返った瞬間、パリンという音とともに教室内に甘い匂いが広がる。
「ゲホゲホッ!なにこれ、めっちゃ甘い匂いするけど……?」
口を押えて咳き込む。涙目で柳田を見るがケロッとしていて
「お邪魔しました〜」
ドクン
「ぁ、あれ、?」
「はっ、ぅ」
「蘆屋?何して、……っおい、!大丈夫か!?」
「ひゃ、ぁ、」
「え、?」
「さの、くん、っ」
「あっ、んん……」
「ヱ?」
「さのくんに、しか、頼めないのぉ、っ」
おねがいっ……
斯々然々
「っはぁぁぁ!?!?」
「解毒剤とか、」
「ない、らしい……」
「じゃあいつ収まるんだよ」
「ま、まるいちにち、って……でも、」
「でも?」
失神するくらい体を動かせば消えるって――潤んだ瞳で訴えかける雪。佐野の顔がみるみる赤くなっていく。――だって、それ、って、それって……!
「お、まえは、どう思ってんだよ、」
「、いますぐ、らくに、なりたいっ」
「それは、失神するほどってことか、?」
「ぅん、なんでも、いいからぁっ」
「なんでもって……初めてじゃ、ねぇってことか?」
「は、じめて、だけど、っ」
「」
「わたしも、こんなの、しらないもん〜っ」
「わぁったから!泣くな!」
「と、とりあえず柳田のノートのこと晴明に連絡するわ、スマホ貸して」
「ぱ、ぱにも……しないと、」
「門限、までに帰る、って、いれて」
「わかった」
空き教室に雪を残し、自分たちの教室に二人のカバンを取りに行き、柳田のノートを教卓の引き出しに入れる
「戻った、ぞ……」
「んっ、は、ぅぅ」
「も、ほんとに、むり……」
「さのくん……ちゅー、したい……」
「えっ!?」
「い、いや、俺した事ないし、」
「わたし、も、だからっ……ね、おねがい……さのくん、」
「っく、……」
「わかっ、た。目、閉じろ」
雪の両肩を掴み、顔を近づける。
ちゅ。唇が触れるだけのキス。
「……これでいいか、」
「んぅ、っ、もっと……」
「え?お、おいっ――」
佐野の胸板に手を置き制服を掴む。いきなりもたれてくる雪を片手で支え、床に手をついて耐える。
熱のある唇が佐野の唇にも移っていく。長く合わせていただけのものだったのに、空気を取り込もうとする佐野の唇の隙間から雪の舌が入り込む。
「ちょ、っあし、や……ハ」
「んん、さの、く……」
「ン、っっはぁ!」
「な、長すぎ……死ぬわ、」
「ごめん、さのくん……も、我慢できないっ」
「ま、待て!ちょっと待て!ここ学校だから!!」
「ん、そだけど、あき、きょうしつ、だし……誰も来ないでしょ、っ」
「ダメだ、って!……あ、」
「んぅ、なに、?」
「分かった、こうしよう」
作戦はこうだ。雪の妖術を使い、外へ出る。
「ん、わかった……」
「調べるから、ちょっと待ってくれ」
「うん、……ね、さのくん……」
「な、なんだ」
「ここ、いさせて、」
雪が指さしたのは、佐野の膝元。尻もちを着いたままの体勢の佐野にすり寄る。聞くだけ聞いて許可をとる前にその隙間に潜り込んだ。
「いや、ちょっ、今はだめだって!」
「ちかくにいるだけ、だからっ、ねっ?」
ねっ?――うるうると赤い瞳が佐野を捕らえる。小動物のようなその目に佐野は頷くことしかできなかった。
人生で初めて「ラブホ」という単語をスマホに打ち込む。とても悪いことをしている気分で、すごく恥ずかしかった。誰に見られている訳でもないのに、いや、正確には雪に見られてはいるが、それはいい。ばくばくと脈打つ心臓が今にも飛び出そうだった。
「あっここ、隣にコンビニがある」
「んん、そこで、いい」
はやくはやくと迫る雪にタンマをかけた。佐野だって初めてで心の準備ができていないのだ。ワープする場所の写真を出来るだけゆっくり探す。多分雪は着けば待ってくれないため、心の準備は今するしかないのだ。
「しゃしん、あったぁ、?」
「い、いま探してるから!」
「これでどうだ……?」
「ん、いける、」
「立てるか?」
「だいじょぶ……じゃ、手つないで、」
「お、おう」
雪の小さな手を握ると、とても熱かった。手を繋ぐだけで、んっと声を出す雪に、佐野の心はもう恥ずかしさで爆発しそうだ。これから行われることはその比じゃないことを、佐野はまだ知らない。
「まじで、何度体験してもすげえわ」
「んん、はやく……」
ぬらりひょんの妖術に関心していた佐野だったがグイっと手を引っ張られて我に返る。
「あっちょ、ちょっと待て!ちょっと準備するもんあるから!コンビニ行くぞ」
「えっ、わたしはなにもない……」
「あるわ!無知も程々にしろ……!」
かくいう佐野も先程ホテルを調べるまでその存在を忘れかけていたことは棚に上げる。検索欄の下にその単語を見つけてハッとして、近くにコンビニがあるホテルを探したのだ。
「ちょっと待ってろ」
「んぇ、ひとりにしないで、っ」
「だぁぁぁもう!」
「すぐ戻ってくるから、ここにいろ」
「ぶべっ」
雪をトイレに閉じ込めてそそくさと歩き出す。出来るだけ学園から離れた場所を選んだが、誰がいるかは分からない。急ぎつつも周囲を伺った。
「えっと、どれだ……?」
0.01、0.02やらピタッと吸い付く、素肌に近い!やらの言葉が佐野の目に入る。ギョッとしつつも少し気になってしまって、顔が赤くなる感覚がした。――泥田とか狢は慣れてんのかな――彼らがよく見ている雑誌や動画を思い出す。あんな破廉恥なものは見ないが、佐野だって興味がない訳では無い。よく分からないため何個かさっと手に取って急いでレジへ向かった。今日ほど無人レジに感謝した日はない。
トイレのドアを開けるとぐったりと座り込んでいる雪が目に入る。それが病気の類ではなかったとしても流石に心配になる。
「お、お待たせ……えっ、大丈夫か!?」
「んく、もうがまんできない、よぉっ」
「い、いやいや、ここはだめだから!ほら行くぞ」
「ぐえっ」
「死ぬ気で気配消せ!」
「っ、そんなこといわれてもぉっ」
「っだぁぁぁ、はぁ」
「は、やく……どこでも、いから、」
「ちょっとだまれっ、」
「さのくん……んっ、」
「はっ?ちょ、いきな、り……っ」
「んぁ、……は、……んっ」
「は、ぁ……ぁ、しやっ、ま――」
「まて、!!」
「むり、まてない、さのく、」
「わ、わかったから!靴、脱ごう。な……?」
渋々ローファーを脱ごうと雪がしゃがんだ。覚束ない手で脱ごうとするがそれすらもうまくできず、見守っていた佐野が自分のスニーカーを脱いでから雪のローファーを脱がせた。
「ありがと、」
「ん。ほら」
先に立ち上がった佐野が手を差し伸べて雪を立たせようとするが、ぼんやりとしたままの雪は困ったように佐野を見上げた。
「さの、くん、からだ、力入んないぃ」
「ええ?……っはぁぁ、仕方ねぇな、」
両手をこちらに伸ばす雪を横抱きにしてベッドまで向かう。とりあえずベッドの淵に雪を下ろすが一つ引っかかることがあった。何か忘れているような――。火照って白い肌が赤くなっている雪を見下ろす。紫色の髪が汗で首筋に引っ付いている。あ、そうだ。
「シャワーくらい、浴びない、?」
「いぃ、まてない、はやく」
「〜っ!くそ……」
「嫌だったら、すぐ言って」
「うん、さのく、んっ」
ベッドの淵で雪の背をゆっくり倒す。赤い瞳が佐野の青い瞳を見上げていた。
「」
元気にする薬だから解毒剤はない。効果は1日、失神するまで体力を消耗すると切れる。