サジェがマーファ城に着いたとき、ガンドルフの兵士たちは戦勝に浮かれた乱痴気騒ぎを起こしていた。ユングヴィから戦利品として連れて帰ってきた侍女たちを輪姦したり、価値ある宝石や美術品などを見ながら酒を飲んだりともうやりたい放題である。まったくもって蛮族だなあ、とその光景を見慣れているサジェは思った。
助けに入ったところでこうなってしまったケダモノは止められない。最悪、自分も巻き込まれることだろう。ただ、耐えてくれと思うしか、今のサジェにできることはない。
ケダモノたちの怒号の中に女のすすり泣く声が聞こえる。後で彼女たちの身体を洗って、衣服を持って行ってあげよう。そして、どうにか彼女たちを国に帰してあげられないかジャムカに話してみよう。
「いつものことながら、ひでえよな。気分が悪い」
「ジャムカ様」
「こんなときに呼んでしまってすまない。サジェ、女のおまえにはもっと気分が悪いだろ?」
「本当ですよ。もう慣れてはいるんですけど」
サジェを呼んだ張本人であるジャムカが軽蔑のまなざしをケダモノたちに向けていた。
ジャムカ王子はガンドルフとキンボイスと比べれば、だいぶかっこいい顔をしている。それでも、同じ家系に生まれているので髪の色は同じだった。兄たちのように王から出撃命令もまだ出ていないので気楽な格好をしていた。
自国の兵がこれでは王子の彼もかなり恥ずかしいだろう。蛮族と呼ばれても仕方ないことをしている。ジャムカもまた、自分が今の彼女たちにできることはないことを解っているので、げんなりした顔をして「行こう」と言った。無論、サジェも同じ気持ちだったので頷いた。
「ガンドルフ王子がユングヴィの姫を連れて帰ってきたんでしたっけ」
「ああ、さっそく自慢された。エーディンという美しい女性だった。サジェには彼女の身の回りの世話をしてほしくてな」
「わかりました」
ユングヴィの姫……エーディンの話をするジャムカの顔はどこかうっとりしていた。ほほう、これは……。そう思って、サジェは自然と腕を組んでいた。
「ほほう……ジャムカ様、そのエーディン様のことが好きなんでしょ?」
「そ、そんなことはない!」
「エーディン様は美しい女性なんですもんね。男も女も美しい女性は好きですから、恥ずかしがることないですよ。そんなに美しいのなら、私も早くエーディン様に会いたいです」
「彼女は美しい上に優しいんだよ! ずっと、城に置いてきた騎士や一緒に連れてこられた侍女たちの心配をしていた」
「自分の配下の心配をするのは上の者としては当たり前なのでは……。ジャムカ様も私の心配をしてくださるでしょ」
「まあ、それはそうなんだが! そういえば、おまえ、リライブの杖も持ってきたのか」
「ええ、王から賜って嬉しかったので、ジャムカ様にまた自慢しようと思って」
背負っていた杖はライブとリライブ。どちらもバトゥ王から賜ったものでサジェの宝物だ。より宝玉が大きいリライブの杖を言った通り、ジャムカに見せびらかす。
「私の十五の誕生祝いに頂きました。ほらほら、リライブの方が宝玉が大きい。きれいですよね〜。それにライブよりも回復するんですよ〜」
「本当に自慢してくるのかよ……」
「あのときはまだサンディマもいなくて、国が平和でしたね……」
「まあ、兄貴たちは相変わらずだけどな」
自分にリライブの杖をくれたときのバトゥ王の顔を思い返す。あのときは本当に良かった。国内で時折内紛などはあったが、グランベルとの戦争の気配なんてなかったし、嫌なことなんて、ケダモノのガンドルフとキンボイスくらいしかなかった。
「侍女の方々はああなってますけど、件のお姫様は大丈夫なんですか?」
「ああ、姫は牢だ。ガンドルフの兄貴は俺が適当に用事を作って、一度姫から離してある」
二人の足は地下牢へと向かっていた。見張りをしている者以外はあの乱痴気騒ぎに参加しているようでまばらだ。見張りが恨めしそうにサジェを見ている。乱痴気騒ぎに参加できないのが不満らしい。ジャムカがいなければ、こいつは自分を使ってサボるのだろうな。サジェはそんなことを考えながら、見張りを一瞥した。この城にも王子二人や兵たちの世話をする侍女もいるのだが、彼女たちはバトゥ王の計らいで大半が通いなので、今はいない時間帯だ。それに『お手付き』をすればちゃんと処罰される仕組みになっている。
しかし、ユングヴィの哀れな侍女たちのように戦利品として持って帰られた女となれば話は別であの有様だ。戦利品として持って帰られた時点で女は『もの』になってしまう。別に戦利品として持ち帰られなくてもガンドルフやキンボイスなどは近所の村から適当に美しい女を見繕って、『つまむ』ことがあるので、ヴェルダンは女がかなり暮らしにくい国だった。ちなみに男も暮らしにくい。
ジャムカがいて本当に良かった。いや、ジャムカに呼ばれなければこんなところに来なかったのだが。
「ジャムカ王子、今日は地下でシケこむんすかァ?」
「カァ〜! 羨ましいぜェ! 俺も混ぜてくださいよォ〜!」
王子がまだ年若いとはいえ、女連れで歩いているのを見て、兵たちがはやしたててくる。こいつら、まだ思春期なのか。
「こんなちんちくりんと何かあるわけないだろ」
「じゃあ、サジェを俺たちに貸してくださいよォ〜!」
「えぇ〜? なんで私が? 一人でシコってろよ!」
「ジャムカ王子がいるからってデカい顔してんじゃねえぞ、クソガキィ!」
「コラ、それならガキで性欲処理しようとしてんじゃねえよ。行くぞ、サジェ」
女に飢えた兵の一人に手首を掴まれて、サジェはキレそうになったが、ジャムカが自然な動作で兵の手を振り払い、自分の方にサジェの身体を引き寄せる。兵があろうことか王子に対してチッ、ジャムカの奴、お高く留まりやがって、と舌打ちをしているのを聞き流しながら、二人は地下に続く階段を下りた。
「いや、本当にすまないな。こんなところに呼んじまって」
「本当ですよ」
地下は壁に設置してあるたいまつのおかげで足元は明るい。
牢は二つ、使われている。入り口近くの牢には後ろで一つにまとめた金髪の少年が入っていた。年のころはサジェと同じくらいかそれより下くらい。ジャムカの姿を認めるなり、目をきらめかせていた。
「あっ! 王子様! おいら、こんなにも反省してるからさ〜、ここから出してよォ〜!」
「バカ野郎、おまえには反省の気配が見えねえんだよ」
「そこの女の子もジャムカに言ってやってよ! おいら、デューってんだ!」
謎に名乗ってきた盗賊の少年デューは気軽に敬称略でジャムカのことを呼んでいる。マジか……と思いつつも、ヴェルダンの王族は王族とはいえ、存外民草と近いので、それも仕方がないのかな、とサジェは思う。山賊の頭がそのまま王になったようなものなのだ。
「出してあげないんですか? 反省してもしなくても、一生盗みやってそうだからぶちこむだけ無駄そうですよ、彼」
「ヴェルダンにも法律はあるんだよ。盗みはダメだ」
「出してあげてください」
ジャムカとサジェのどうしようもないやり取りに鈴が鳴るような美しい声が割り込んでくる。それは近くの牢から聞こえていて、サジェが振り返ると世にも美しい姫君が鉄格子を掴んでこちらを見ていた。こんなに美しい人をサジェは十五年の半生で見たことがない。金で作られた糸のような、緩やかなウェーブを描く髪、雪のように真っ白な肌、多少薄汚れているが白を基調とした上品なドレス、いつか見たビスクドールのような美しい顔。思わず、一瞬見とれてしまった。これだけ美しいのだから、きっと彼女がそうなのだろう。
「エーディン……」
「ジャムカ王子、デューは私のことを励ましてくれたの。だから、助けてあげて」
「……あいつのことは後だ。サジェ、彼女がユングヴィのエーディン公女だ。兄貴に連れてこられている」
「よろしくお願いします。祭司の娘のサジェです。姫の身の回りのお世話をさせていただきます」
「エーディンよ。よろしくね、サジェ」
サジェが頭を下げるとエーディンも微笑みながら名乗ってくれた。感じのいい姫君だ。いいにおいがする。これは、ガンドルフとジャムカが虜になっても仕方がない。
エーディンの手も靴を履いていない足も不似合いな傷がついていた。ガンドルフに靴を奪われて、そのまま、足元の悪い牢にぶち込まれたからだろう。
「サジェ、エーディンの傷を治してやってくれ」
「わかりました。ああ、こんなにきれいな肌にこんな傷がついて……エーディン様、失礼します」
ライブの杖を彼女の手足にあてがうとうっすら光って、傷が消える。
「あなた、杖が使えるのね。こんな擦り傷に杖なんて使わなくてもいいのよ……」
「そんな、姫君の肌に傷を残すわけにはいかないですよ」
「私と共に連れてこられた侍女たちはどうしています? ジャムカ王子は教えてくれなくて……。サジェは知ってるかしら」
「……」
エーディンに訊ねられて、サジェはどう答えたものかと思案する。そして、ジャムカの方を見た。正直に答えて大丈夫だろうか。しかし、彼は首を横に振った。
「それは、ちょっと、答えづらいんですが……でも、生命は無事です」
「……そうなのね」
サジェの返答で色々察してくれたのか、エーディンは泣きそうな顔になった。当然だ。自分の大事な侍女たちが悲惨な目に遭っているのだ。表情が曇らないはずがない。こんな難しい回答を自分にさせるだなんて……。思わず王子のことを睨んでしまう。目をそらされた。こいつ。
「彼女たちのことをどうか助けてあげてください。私はどうなってもいいわ」
「私としても、国に帰してあげたくて……あの、王子、どうにかならないですか?」
「あなたたちが持って行った城の宝物はあげたっていい。でも、彼女たちのことは国に帰してあげてほしいの」
女二人に視線を向けられて、ジャムカは腕を組んで、難しい顔をした。
「一人くらいならどうにもならないわけでもないが、エーディンたちの身柄はガンドルフの兄貴の管轄なんだよ。俺が勝手にどうこうしていいもんじゃない」
「えー! エーディン様の身の回りを世話を見て欲しいって私のことは派遣したじゃないですか! それは勝手じゃないんですか?!」
「それは兄貴にそういう気遣いが回らないから……。そういうのはいいんだよ」
「なにそれ〜! 普段、ガンドルフ様にあれだけ反抗的なくせにどうしてこういうときだけ日和るんですか」
ぷくーっと頬を膨らませたサジェはそう言ってジャムカの二の腕をポカポカ殴る。しかし、弓使いの二の腕は逞しいのでノーダメージだ。兄妹のようなやりとりを見て、フッ、とエーディンが笑う。
「ジャムカとサジェは主従関係というよりも兄妹みたい。仲がいいのね」
「ヴェルダンに主従関係はあってないようなもんですからね。私は十歳の頃からお仕えするようになりましたが、これだけ砕けた態度で接していても許してくれるヴェルダン王家の皆様には頭が上がりません」
「いや、あるぞ、主従関係。俺たちが彼女たちにできることと言えば、サジェの親父さんに報告するくらいしか……あ、その手があったか」
何かを思い出したのか、ジャムカが顔を上げる。
「何か思いついたの?」
「以前、キンボイスの兄貴がジェノア城近くの村を襲撃してな、娘数人を誘拐した事件があったんだ」
「いきなりわからないのだけど、王子がどうして村を襲撃するの?」
「王族のくせにやることが賊と変わらないんですよね」
「まあ、ちがいねえ。どうやら、相当ひどいオイタをしたようでな。その話を聞いて、怒った祭司が役人と杖使いの部隊を派遣して、娘たちを手当てした上で村に帰らせたんだ。祭司に報告すれば、侍女たちをどうにかして救ってくれるかもしれない」
「確かに。あの状況を見ればお父さんは真っ先に怒って、ガンドルフ様のことを殴りつけますよ。ジャムカ様の部隊から信頼できる人間を使いを出してお父さんに報告しましょう」
「ああ、行ってくる。じゃあ、サジェ。エーディンのことは頼んだぞ」
善は急げ、とばかりにジャムカが走り去っていく。
「ねえ、サジェ」
ジャムカの背中を目で追いながら、エーディンが口を開く。姫の問いに「はい」とサジェは応えた。
「城に誘拐するだけでも十分、相当ひどいオイタだと思うのだけど……王子は気になさらないの?」
「そこは……王子も結局はヴェルダンの人間なんで……」
「キンボイスの村襲撃と比べたら、おいらの盗みなんてかわいいもんだよ。出してくれてもいいと思うんだけどなー!」
デューの嘆きが割り込んできた。確かにそれはそうだが、ヴェルダンにも法律はあるので出すわけにはいかなかった。