第三話

 ジャムカの使いから報告を受けた祭司が杖使いたちを送ってきたのは、使いをよこして翌日のことだった。ヴェルダンの杖使いは兵たちの気質上、基本は男性だが、女性たちに配慮して奇跡的に数名いる女性の杖使いを連れてきてくれた。
 サジュも女性の杖使いを手伝って、色々な液体で汚れた侍女の身体を拭いている。
 
「……ありがとうございます」

 湯にさらした手ぬぐいを絞っていると侍女が嗚咽交じりに感謝を述べてくる。そんなことを言われても彼女たちがひどい目に遭っている間、サジュは何もできなかったのだ。感謝されるいわれはない。
 悲しいことに侍女たちは最初の数より二人ほど減っていた。あまりの辛さに二人は舌を噛み切ってしまったのだ。
 疲れ切った顔をしていてわからなかったが、年のころはおそらくサジュと変わらないだろう。
 彼女だって、まさか自分が勤めている城が和平条約を結んでいる国に襲われるなんて思ってもみなかったはずだ。サジュだってまさか自分の住んでいる国がそんなことをするなんて思わなかった。
 
「気をしっかり持ってくださいね」

 そう言って、杖使いたちが持ってきた前開きの衣服をぽろぽろ涙をこぼしている侍女の肩にかけた。戦争が起こるとどうしてもしわ寄せは彼女たちのような弱い民に向かう。
 以前、バトゥ王は戦が好きではないと言っていた。それなのに、どうして。その疑問が開戦してから今日まで毎日のように頭をよぎっていた。

「サジュ、てめぇ……。ジャムカを使っていらねえことしやがって……」

 桶を持って次の女性の元に行こうと立ち上がると自分に向けられる殺気に気がついた。振り向くとマーファ城の城主にして、ヴェルダン王家の長男のガンドルフが腕を組んでサジュを見下ろしていた。

「人質の扱いがあんまりにもあんまりだったから、父に報告したまでです。ガンドルフ様たちのせいで二人ほど死んでしまいました。たとえ、亡くなったのが侍女とはいえ、グランベルとの国際問題は免れないですよ」
「んなもん、あっちから攻めてくるから、こっちは先手を、打っただけだけじゃねえか! それでついでにそこにいた女をもらっただけだ! 戦利品の女には何してもいいんだよ。こいつらも、あの姫も!」

 ガンドルフが大声で怒鳴るとそれだけで侍女たちが泣き出してしまう。口々に「エーディン様……」と口にしている。
 実際、あの手この手で事に及ぼうとしているガンドルフをジャムカと協力してエーディンから離しているため、彼女はまだ純潔のはずだ。本国で恋人でもいない限り。
 ガンドルフはその不満もあって、さらにこの治安部隊の派遣だから、とうとう怒りが頂点に達したのだろう。自分を睨みつけて言い返してくるサジュの胸ぐらを掴み、力任せに床に叩きつける。悲鳴を上げたらこちらの負けだ。なんとか堪えて、彼女は再び、ガンドルフを睨みつけた。

「王子、サジュに何をなさってるんですか!」
「そんなことをしたら、祭司が何をおっしゃるか……」
「娘を『女』にしてやるんだ。文句なんかねえだろ」

 突然始まった王子の蛮行に気がついた杖使いが大声を上げる。しかし、ガンドルフは構わず、サジュの身体に覆い被さった。これはまずい。背中を嫌な汗が伝う。さすがにビビったサジュだが、そんなことは悟られないようにさらに睨みをきかせる。

「これではまるでケダモノじゃないですか」
「あの女も俺たちのことをそう言いやがったが、そうだ。俺たちは欲しいもんのためなら手段は選ばねえ。手に入るんなら、ケダモノと言われようが別にどうでもいいんだよ!」

 ケダモノ同然に叫びながら、サジュの衣服の襟を掴み、力任せに引っ張る。綿の質素な衣服は中の肌着と共に彼女の代わりに悲痛な声をあげながら、引き裂かれ、肌をあらわにした。

「しばらく見なかったが……王宮に来た頃よりもデカくなったじゃねえか。いつの間にか女らしくなりやがって」
「……」
「おやめください、王子!」

 十五歳の控えめな乳房をガンドルフはニヤニヤしながら揉む。力任せなのでひたすら痛い。杖使いの女性が悲鳴のような声を上げるが、それが気に食わなかったようで、舌打ちをしてから、怒鳴る。

「んなこと、言ってっと、次はテメェを犯すぞ!」

 ガンドルフに殺気立った目で睨みつけられて、杖使いは黙り込んだ。嫌な記憶がよみがえったのか、侍女たちが抱き合いながらすすり泣く。頭を抱えて、悲鳴をあげる者もいた。
 こんな状態のガンドルフをこの場にいる誰も止められない。サジュも彼女たちが犯されている間、何もできなかった。だから、仕方がない。これまで、なんとか運の良さで切り抜けてこられたが、今回は運がなかった。
 ガンドルフと力勝負で勝つことは天文学的な数字であり得ないので、サジュは抵抗を諦めた。来るに任せよう。

「どうだ? ジャムカなんかよりうめえだろ。俺の方が」

 まだ色の薄い乳首をぐいぐい引っ張りながら、ガンドルフが訊ねてくる。ジャムカとそんなことをしたことがない。ガンドルフ大喜利で大いに盛り上がったくらいだ。
 
「ジャムカ王子とそういう関係になったことないです」
「てことはお前、生娘なのかよ! こりゃ得したぜ。お前を抱けば、あいつに吠え面かかせてやれるし、初物食いもできる!」

 右乳首を指でこすりながら、左乳首に吸いついてくる。汚い唾液を乳首に擦り付けるな。キレ散らかす代わりにサジュは固く目を閉じた。こいつは多分、早漏だ。しばらく耐えればすぐに終わる。

「いやー、弟のモンに手出せんのは気持ちいいな。あいつが帰ってきて、この状況見たら、どんな顔するんだろうなあ〜。驚くぞ〜」

 弟のものに手を出している。その背徳感でガンドルフは勝手に盛り上がっていた。気持ち悪いなあ。シンプルにそう思った。そもそも、サジュはジャムカのものになった覚えもないのだが。これが全部終わるまで喘ぎどころか唸り声すら出さないでやろう。その気持ちで握っていた手をさらに固くし、親指の爪を手のひらに食い込ませる。
 こいつに身体を触られたのはこれが初めてではない。前は十歳の頃、初めて父と共に王宮に上がったときのことだ。王と謁見している間もガンドルフとキンボイスが連れられてやってきたサジュをじろじろ見てきて、なんだか嫌だなあと思っていたら、父と離れた隙を狙って、キンボイスに物陰に連れ込まれた。そこにガンドルフもいて、さっきと同じように上着を引き裂いて、当時まだ膨らみ始めたばかりだった乳房をじろじろ見られたり、触られたりした。
 いきなり嫌なことをされた上にまだ小さいだの、しょんべんくさいガキだの、散々に言われて、すごく嫌な気持ちになったサジュは「当たり前だろ! まだ十歳だぞ!! 仕方ねえだろ!! おとうさーーん!!」とブチギレて叫んで、そのまま大泣きしてしまった。ついでに二人をめちゃくちゃに蹴りつけた記憶がある。
 尋常ではないサジュの泣き声を聞きつけた父がこれはまた尋常ではない速度で駆けつけて、「うちの娘に何してんだ!!」と即座に王子二人を杖で殴って、止めてくれたので事なきを得た。
 息子二人の蛮行をバトゥ王は重く見て、父とサジュに土下座をして謝ってくれた。勿論、王子二人も王にシバかれて、土下座をさせられていた。それから、ことあるごとに父は素行の悪い二人をシバいていたので、恐れられるようになっていった。
 そうか、キレて助けを求めてもいいのか。勝手に諦めてしまっていた。 

「触んな、クソジジイ!」

 ガンドルフがさらに下を脱がそうと上体を起こした隙にその顔を蹴りつける。まさか反撃されると思っていなかったのか、怯む。

「いっつもいっつも勝手に触ってきやがって! 一国の王子のくせによ! 気持ち悪いんだよ!」
 
 そのまま勢いづけて、何度も何度も顔を蹴り、最後に腹を蹴った。そして、日々の鬱憤をめちゃくちゃに叫び散らかした。
 しかし、ガンドルフの凶悪さも五年かけてパワーアップしている。
 
「テッメェ……黙ってれば調子に乗りやがって……」

 ガンドルフは己を蹴りつけてくるサジュの足首を捕まえて、そのまま立ち上がる。必然的にサジュは逆さまになるが暴れるのをやめない。足を封じられれば、今度は拳でその膝を殴りつけていた。急に始まったプロレスを杖使いたちも侍女たちもポカンとして見ていた。

「おい兄貴、何やってんだ!?」

 城内の自室から出てきたジャムカが兄と従者のプロレスを目撃して、思わず声を上げる。当たり前である。パッと見れば、ガンドルフが一方的にサジュを虐待しているようにしか見えない。今のサジュは足首を掴まれて逆さまになっているし、衣服もボロボロなのだ。

「ジャムカ、こいつ黙らせろ! うっせーんだよ!」
「ジャムカ様! 助けてください! 私今、ガンドルフ様にいじめられてます! ほら見て、服も破られたし、逆さまになってるし、本当に可哀想! 絶対十ゼロでガンドルフ様が悪いです!」
「どっちもうるさいんだが、十ゼロでガンドルフの兄貴が悪いなら、サジュの方が大変なんだな? 服もボロボロだし。兄貴、やめろよ。いったん冷静になれ」
 
 ジャムカは二人のプロレスに割り込むとなんとか穏便にサジュを床に下ろさせる。床に降りるとサジュもやっと落ち着いた。杖使いがサジュの肩にマントをはおらせてくれた。
 ガンドルフとサジュ、どちらからも正しいことを聞きだせないと思ったのか、その杖使いにジャムカが訊ねる。

「何があった?」
「ガンドルフ王子が自分の意見に反論してきたサジュを押し倒して、犯そうとしました。それでサジュがキレて……」
「なんだと?」
「ガンドルフ様が服破って、胸を触ってきました! 乳首も吸われました! どうにかしてください!」
「お前はされたことを赤裸々に言わんでよろしい」
 
 サジュがブチギレながら、ガンドルフを指さして叫ぶ。

「ジャムカの近くじゃねえとイキれねえ、うるせえガキがよ……!」
「兄貴はあの、ユングヴィの姫君を嫁に娶るつもりなんだろ? そんなに粗暴じゃ、すぐに逃げられちまうぜ」
「はー、気分が悪ぃ。俺はもう寝る!」

 まだ全然日が高いのだが、ガンドルフは肩を怒らせながら、自室に戻って行った。その場にいた全員がほっと息を吐く。サジュは座ったまま、動けないでいた。

「おい、立てるか?」
「いやー、腰が抜けちゃって……」
「泣いてるじゃないか。気づくのが遅くてすまなかったな」

 サジュの前にしゃがみこんだジャムカはすごく申し訳なさそうな顔をしていた。
 ガンドルフの前では絶対泣いてやるものかと思っていたからか、彼がいなくなってから、知らないうちに泣いていたらしい。そこからもう何も言えなくなってしまった。なんだかんだですごく怖かったし、嫌だった。本当、こういうのは何回されても慣れない。