温泉 on ICEの前夜。入浴後は食堂で夕飯といっても深夜だが食べていた。ユーリとの最終調整でこんな時間になったんだけど。
「寛子さんおかわり!」
ご飯をねだる司に寛子はにこにこと二杯目を運んでくる。普段、食事の量を気にしてあまり食べない彼なのに珍しく今日はたくさん食べていた。
それを見た寛子は「司君、何かよかことあったと?」と声をかける、司の表情が昔みたいに楽し気だったから。
「んーそう見えます?」
「楽しそうに見えるばい。よかよか、深くは聞かにゃーよ」
「自分じゃ分からないもんですね。最近、人からよく言われるんで」
その理由も自分でも分かってる。再び箸に手を持った時、食堂へヴィクトルがやって来た。こんな時間だから来やしないだろうと思ってたが違ったようだ。慌ててテーブルに置いていた眼鏡を掛け直す。
「ツカサはこんな時間に食事かい?子豚ちゃんになっちゃうよ」
「ヴィクトル。寝てたんじゃないのか」
目を擦る彼は眠そうだ。勇利達は既に明日に備えて眠りについている。
「途中で目が覚めちゃって。ツカサが食べてるソレ、美味しそうだね」
だから眠そうなのか。反対側に向かい合う形で座ったヴィクトルは暫し司が食べてるのを見つめてた。気にしないで食べてたが次第に気になりちらっと彼の様子を伺えば視線がばっちりと合ってしまう、にっこりと微笑まれれば息を付く。
「食べたいのか?」
「少しお腹がハングリー・・・」
新しい物を頼もうとすればそこまでお腹は空いてないと言う。仕方ない、寛子さんに言って小皿とご飯を少しよそってもらって残りのヒレカツを彼に譲る。
(俺の皿に残されたのはキャベルのみ)
「アメージィーング!!何?何これ!?美味いな!」
「豚のヒレカツ定食だ・・・俺、可愛そうじゃね?」
おかわりしたばかりのご飯の上にソースのかかったキャベツとヒレカツのカスをかける。
「それで本題はなんだヴィクトル、たまたま目が覚めて小腹が空いただけじゃないだろ」
何事もないのように自然を装って来た彼に違和感があった。
「ツカサはカンが鋭いね。君から見て勇利とユリオについて聞きたいんだ」
ツカサと初めて会ってから今日まで。勇利が彼に心から信頼する理由が分かった。思い悩む時、答えをくれるんじゃなくて自分が求める答えの手助けをしてくれる。時に厳しい言葉も投げかけるけどそこには棘がない。
純粋に相手を想う優しさ___。長らく俺にはなかったものだ。
「なんで皆、具体的に聞いてこないんだろうな・・・」
勇利もいきなりエロスとは何かって聞いてくるし、俺はご意見番じゃないぞ。と思いつつも勇利のスケーティングを脳内に思い浮かべる。
浮かぶ映像は去年のグランプリファイナル。
「んー・・・と・・・」
勇利は昔から知ってるけど、不器用ですぐ緊張しちゃうヤツだ。でもそのフットワークと負けず嫌いは性格と相反する、それがスポーツに向いてるのかもしれない。
けれど、今になってアイツは引退するかしないかの瀬戸際で迷ってる。
「それがスケートにも出てるから不安定な演技でジャンプも成功率が低い。それを克服出来たら勇利は素晴らしい選手になる。
ユーリはまだ若い。確か十五歳だったよな・・・」
昔から天才だと扱われてた彼。でも天才以外に何もないなら空っぽでちっぽけな孤独な存在だ。でもユーリはそうじゃない。尚も練習を積んで上に行こうと天才のさらにその上に行こうとしてる。
「独りでは上には行けない。何か大切な者、近しい者を再認識できれば・・・急速に成長すると思うよ」
「良かった、俺の思った事と同じで。答え合わせがしたかったんだ、ありがとうツカサ」
(・・・勇利が羨ましいよ)