24.「サイダーブルー」

長谷律に来る前は北海道に住んでいた。雪国だから冬はかなりの降雪量を誇る。都会の方で生まれ育ったからスケートリンクもあるから環境はかなり良かった。

父親は中小企業の役員で母は専門職で普通の家庭より少し裕福なくらいか。

フィギュアスケートを始めたきっかけを聞かれれば単純だ。両親が幼少期に習い事として始めさせたから。最初は何も思わずにコーチの教えに必死になってやっていた。才能はあまり期待されてないけど、母からはなんとなく続けて欲しいという想いを感じたからただ続けてた。

フィギュアスケートはそれなりにお金はかかる。スケート靴はすぐに履き潰してしまうし、リンクのレンタル料にコーチ料・・・衣装に大会までの交通費で月に数十万はかかる時もある。

それでも辞めずにいられたのは両親がフィギュアスケートファンだったからだ。あの人たちのことだから将来はあの銀盤で息子を・・・とか憧れてたに違いない。現在は俺が成人した時に二人で貯めたお金でバリ島に住むって宣言してそっちで暮らしてる。

それで空いた一軒家に俺が一人暮らししている状態だ。

ちなみに長谷律に来た時は、仕事がかなり忙しかったみたいで通い始めたバレエ教室のミナコ先生が親代わりな部分もあった。

当時はかなりの人見知りだった俺にはミナコ先生は相当手を焼いてただろう。自分でもイラっとするくらいに人前ではほとんど無口で無表情だったからなあ。

アイスキャッスルはせつにも通い始めて出来たリンクメイトの三人のお陰でそれは段々とマシになってったけど。

三人には感謝してるよ、アイツ等がいなかったら俺は日本代表までいかなかった。現役を引退してからはアイスキャッセルはせつの好意で働かせてもらってる。客は少ないけどこの仕事には結構やりがいを以って業務に励んでる。

俺の現役引退の原因となった病は未だに治療中だ。終わりの見えない発作と苦しみ、先の将来の不安に更に症状は悪化した。薬の治療を継続で行ってはいるが、担当医師からは気の持ち様と元を断つために己の弱さを克服することだと言われた。