「ツカサーオハヨー」
「・・・おはようさん」
開館準備をしていればロッカールームから出てきたヴィクトル。顔は眠そうだがなんだが楽しそうにである。『温泉 on ICE』の後、勇利のコーチとなり早速今日から本格的に練習が始まる。いつもなら勇利の方が先に来ているはずだけど、今日は違うみたいだな。
「ヴィクトル、勇利が来てないけど先に滑る?」
「そうだね、ユウリが来る前に体を温めておきたいし」
すでに柔軟は済ませてるようで、スケート靴のエッジカバーを外して整氷車での整備を終えた綺麗なリンクへと上がる。ザッザッとリンクを一周して氷の感触を確かめてから、中央で立ち止まるヴィクトルの姿を暇を持て余した俺はじっと眺める。開館してもどうせ午前中は勇利達の貸切ですることもない。
「ツカサってここで働いてるなら、滑れるんでしょ?」
(・・・・・・返答に困る質問だな)
「まあスタッフだから困らない程度には・・・」
当り障りのない答えを言った俺はこの後、後悔することになる。
***
「ヴィクトル・・・もう・・・ッ・・・ちょっと!待ってくれって!」
(最悪だ。本当に最悪だ・・・なんでこんなことしなきゃいけねーんだよ)
「ほーら、ツカサ。まだまだ行くよ!」
勇利が来るまで暇だからと意味がわからない状況である。ヴィクトルによって持ち上げられる俺の左足。もう片方の手は俺の胸をポンポンと叩いて反るように指示される。
「ワーオ!やっぱり、バレエを習ってたって言ってたから体は出来てるね。これがスパイラル。ツカサは選手じゃないから直ぐには出来ないから、失敗してもいい。やってみて」
「あーもう・・・!!」
(・・・お前は勇利のコーチだろう!)
心の中でそう叫びながら急かすヴィクトルに俺は仕方なくリンクを弧を描くようにゆっくり滑る。タイミングを見計らって滑りながらも右足を軸に左足を斜め上に持ち上げる、バレエのアラベスクにちなんだアラベスクスパイラル。
「上手上手。ツカサって覚えが早いね。フィギュアスケートやってたらそれなりにいってたと思うんだけどな」
少し悪戯心が湧いた司はフリーレッグに手をかけてビールマンスパイラルを披露する。ほんの悪戯心でやったものだったが、ヴィクトルは目を細める。あの体の反り具合と足の傾き___。どこかで見覚えがあった。
忘れっぽい性格だからあまりハッキリとは覚えていないけど、それなりに有名だったアジア人の選手。
(・・・ツカサ)
「勇利の見様見真似でやってみたけど、どうだった?」
彼の目の前に立ち止まった司は首を傾げる。
「いきなりビールマンスパイラルをやったからビックリした!よく出来てたよ、本当にフィギュアスケートやってたら良かったのに」とヴィクトルはニッコリと笑って司を褒めた直後に勢いよくドアが開かれた。
「ハァ・・・ハァッ・・・すいません、寝坊しました!あ、あの・・・」
気まずい。何故か司とヴィクトルが一緒にリンクで立っている状況に遅刻してきた勇利はどうしたら良いか分からず・・・。
「言いすぎだって!ホラ、俺は仕事に戻るからヴィクトルは勇利の初コーチ頑張れよ」
彼の肩をポンっと叩き俺はリンクを上がる。ついでに勇利にも「練習がんば」と告げてアイスキャッスルはせつのカウンター業務に従事しに行く。