あの日の夜の事を思い浮かべる。俺にはツカサが何を言っているのか分からなかった。彼は言った直後に走って行ってしまうから聞くに聞けなかった。
いや、彼の言った来シーズンは同じ選手なら分かる事___。
(ツカサは・・・)
勇利達の先輩でアイスキャッスルはせつで働いて、過去にはバレエを習っていた。全てに共通することは"スケート"だ。遊び心で彼にスケートのコーチをした時に見せたビールマンスパイラルだって素人が見ただけで真似出来るはずがない。あれはスパイラルの中でも高難易度の技だ。
「ツカサは面白い子だねえマッカチーン」
ほわほわとした笑みを浮かべてヴィクトルは愛犬の毛触りを楽しむ。
今日は中四国九州選手権大会、勇利の初戦の日だ。
***
「まず、なんで俺が着いてくる必要があるんだよ!?」
中四国九州選手権大会の会場に響く怒声。声を発した本人は立腹していて周りはあわあわとしている。そもそも今日は勇利には申し訳ないが勤務日だったのだ。仕事が終わったら家でゆっくりと勇利を応援しようと思っていたのに。
荷物を抱えた勇利とヴィクトルがアイスキャッスルはせつに押しかけて何事かと思えばそのまま連行されて大会の会場まで連れてこられたのだ。勇利は止めようとしていたし、「ニホンゴワカリマセーン」と聞こえないフリをするあたり主犯はヴィクトルだろうけど。
俺は着の身着のまま連れてこられたせいでジャージのまま。しかも今いる場所は選手関係者のスペースだ。蛇のごとく威嚇する司を勇利は宥めようとするが隣でニコニコ笑ってるヴィクトルが余計に煽っている。
「はあ・・・来ちまったもんは仕方ない・・・勇利、頑張れよ!!」
とんっと僕の背中を押す司さん。
「え、あ・・・はい!」
(きん、ちょうが・・・・・・)
すとんと勇利の中に落ちた司の言葉。それは魔法の言葉のようで先ほどまでプレッシャーに負けそうだった僕を大いに奮い立たせた。いつも司さんは僕の欲しい言葉をくれて、僕の心を押し上げてくれたあの三年前までと同じ。
(なーんかツマンナイなぁ)
司と勇利のやり取りを見て面白くなさそうに頬を膨らませるヴィクトル。
「ユーリ。こっち来て」
「え?」
いいから後ろと無理やりヴィクトルに後ろを向かされる。一体何なんだろうとちらりと彼を振り返った時、僕は言葉を失う。
『全力で俺を誘惑しろ。俺を魅了する演技ができれば、ここにいる全員がユーリに夢中になる。いつも練習で言ってるだろ』と背後からヴィクトルに抱きしめられ耳元で囁かれたのだ。
「・・・はい」
思い出すのは厳しい練習の日々。自分の目標と道標となる二人が見ていてくれる。僕にとってこれ以上にない幸せだ。彼らの想いを乗せて僕は滑る。決意した勇利は一番滑走のため、リンク中央へと足を滑らせた。その背を見送る司はさっきの二人のやり取りを思い出して、ヴィクトルを呆れて見る。
「やっぱりツカサを連れて来て良かった。わうわう」
マッカチンを模したティッシュケースの手を握ってこちらに手を振るロシア人。やっぱり何かあるかと思えばそういうことかよ。ヴィクトルは成り行きに任せてるようでそうではない。
「俺はいなくてもお前がいれば十分だと思うけどな。まあ、久々に見る勇利の公式試合だから・・・楽しみだ」
司は勇利の演技をよく見ようと眼鏡を外し、目にかかった前髪を後ろに撫でつける。物珍しげに俺はツカサの横顔を見る。普段は野暮ったい彼の素顔___。