06.「幕間のインセンティブ」
「おにいさま、ここが分かりません・・・」
悠は教科書にある分からない問題を指差した。李土はそこを確認すれば、わかりやすく図式を書いて説明してやる。それを何度繰り返したか。
持てる知識をフル動員させ李土は弟の勉強に付き合っていた。別邸に追いやられた彼には家庭教師なんてついてない。礼儀作法も何もかもを教育することを父に放棄されたのだ。
あの人のことだから、優しすぎる悠は玖蘭には相応しくないだとでも思っているのだろう。
貴族階級以上の家系は大抵、学校には行かずにホームワークで大学以上のレベルの学問を学ぶ。特に庇護下にある純血種がそうである。
「悠、そこは違う・・・よく間違えやすいとこだが、こう解けば簡単だ」
「はい・・・むずかしいですね。ぼくも、おにいさまみたいに頭が良かったら良いのに・・・」
ペンを持って口をとがらせる弟に笑みが零れる。
(・・・懐かしい)
「僕も元から出来たわけじゃないぞ・・・?お前のように何度も失敗を繰り返すことで覚えたものだ・・・」
(斎藤は変なところに厳しかったな)
主に対して、その日の分の課題が解けるまで夕飯抜きだとか。世界どこを探しても純血種に対して、あんな仕打ちができるのはアイツだけだろう。
「おにいさまもぼくと一緒だったんですか…?」
「あぁ…そうだ」
あの時は、仕返しに斎藤がお父様の大切な書類を紛失したことをお母様に言い付けて斎藤の夕飯を抜きにしてやったのは良い思い出だ。
だからといって、僕も課題が終わってないことをあのクソジジイにバラされ、二人して夕飯は抜きだったのだけど。
***
僕のお兄様は玖蘭李土っていうんだ。僕のお兄様はいつも笑顔で優しいけれど、お父様とお母様はお兄様に対してちょっと怖い。
(必要以上に過保護というか・・・なんて言えばいいんだろう)
ヴァンパイアの上に立つ玖蘭家の長男としてお兄様はとても期待されていて。ただ、それは度を越して行き過ぎた行為もあった。
僕がまだ玖蘭の本邸に居た時、お兄様がお父様に意見を言えば見ていても辛いくらいに酷い折檻をされるんだ。僕がお兄様を護ろうと飛び出そうとすれば、お兄様は僕を睨みつけて来るなと視線を送ってくる。
お兄様に見られたら、何故か躯がいうことを効かない。でもあれは僕を護ってのことだったのだと思う。僕はいつも護られてばかりで、いつかお兄様を護ることはできるかな。
お兄様は時折、弱音を吐かれる。やっぱり、過度な期待を持たれるのは疲れるだろうし。お兄様もそれをとても嫌がってた。
前に、あの人の牙に触れた時分かったんだけれど―――お兄様は血液を摂取されていない。執事の斉藤さんに聞いた話だけれどお兄様は血液嫌いのヴァンパイアらしい。
でも、傍に居ると躯はヴァンパイアだから牙が飢えを訴えているのを日頃感じ取れる。
ヴァンパイアは愛するモノの血でしか飢えを満たせられないって前にお母様に聞いたことがあったなぁ。
「ぼくの血じゃ、だめですか?」
「悠・・・?滅多なことを言うな。純血種は流血を禁じられているんだ。そういうことは軽々しく言うんじゃない」
お兄様に優しく頭を撫でられる。こうやってお兄様に撫でられることは大好き。僕の身長はお兄さまの腰くらいまで伸びたけど、まだまだ追いつくには遠い。
「ごめんなさい・・・」
ぽふり、とお兄さまの細い腰に抱きつく。これがぼくとお兄様の日常だよ。
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