02.立ち止まるな、真っ直ぐに進め
「李土様…分身が戻られたようですが、左腕の調子はいかがでしょうか?」
「……」
ベッドから起き上がるのもだるく感じ、枕を背にして上半身を起こした。左腕をちらりと見れば、赤黒く染まった包帯が巻かれている。
同等の力を持つ純血種を二人も相手にすれば無傷では済まなかった。母による対ヴァンパイア武器による攻撃も一週間休暇を取っても治らないし。
(…あの人たちは最期まで厄介だな)
牙を剥いた時には驚きと共に目を見開き、しかしどこかで分かっていたのだろう。彼らはすぐに冷静になり、俺へと殺意を向けた。
母は少し躊躇していたようだったが___。
「一条、お前は後悔していないのか…?」
「…さあ。私には分かりかねます…しかし、どんな道のりであろうと私は貴方だからこうして着いてきました。
これが悠様や樹里様なら、とうに離れていた……我らが純血の王よ…」
李土の手を取り、その甲へと口づけをする。忠誠の証。そんなものには興味のない俺はただ、ぼうっと宙を見上げる。
後悔はしないと決めたけれど、本当にこれで良かったのだろうかと何度も何度も脳内に疑問が浮かび上がる。他にもっと良い方法があったのではと…。
「お前たちには何度も同じ事を言っているが、僕は王になどなるつもりはない。王そのものが不必要だ…。
元老院も階級制度も___」
「ええ、わかっております。貴方がその気が無いことは…しかし、それでも我々にとっては貴方は王でなくとも王である。
それだけは変わりません、貴方と悠様は表裏一体……悠様がその事に気づいておられないのは残念ですが」
親殺しの汚名を負うことになった李土は玖蘭家、そして元老院たちによって玖蘭家の長男として全ての権利を剥奪及び追放した。ヴァンパイア界、ハンター教会両サイドによって最上級犯罪者として指名手配となる。
そして、そんな彼を匿っているのは元老院の長であり…貴族の筆頭、一条家の当主の一条当麻。
李土と彼の付き合いは長い。
陽の光が刺すように眩しい、午後。一条家の庭園にて紅茶を嗜んでいた。ヴァンパイアであれば、日の下に出るのであれば日傘を使うものだが俺は使わなかった。
元は人間であったし、日の下に日傘もなしに出たからといって死ぬわけでもない。ただ、少しばかり眩しいだけ。
手入れの行き届いた百合の庭園を散策する。たくさんの百合たちが咲き乱れていた。
美しいそれらはとても美しく、そして儚い。俺のようなヴァンパイアが触れてしまえば___。
「枯れてしまうな…」
一輪の百合の花から精気が抜き取られ、綺麗に咲き誇っていたそれは一瞬にして枯れてしまう。全快の状態であれば、力の加減は出来たが。今はまだあの時の傷が癒えてはいない。
制御ができず、さらには少しでも体の傷を癒そうと手当たり次第に精気を吸い取ってしまうのだ。
少し前に一条は、贄を用意しようと提案してきた。けれどそれは拒絶した。
(血なんて嫌いだ…)
この躰になってからは血液は食事と同じように美味しく感じる。しかし、人道的ではないその行為はどうしても出来なかった。
人道的ではない行為といったが、これから俺はもっと非人道的な行動を移すことになるだろう。それこそたくさんの命を奪うことを___。
何かに気づいた李土は何の気なしに足を止める。
「…蝶か」
百合の庭園にあった蜘蛛の巣。そこにはカラスアゲハが引っかかっていた。巣にいる蜘蛛はまあまあ大きい。このまま放っておけばカラスアゲハは捕食される。
「これもまた、何かのめぐり合わせだ…」
俺は手を伸ばし、カラスアゲハを蜘蛛の巣から逃がしてやった。悠や樹里たちとの過去の出来事がちらりと脳裏を横切る。