05.動悸が、眩暈が、脳裏を侵食していく。
ガシャァアアンと屋敷中に盛大な音が響き渡る。そして辺りに香る純血種の血臭が充満した。
それに慌てて一条の指示によって、家令やメイド達は屋敷外へと避難するのであった。
何が起きたのかは分からない。
だが、香る純血の血は他のヴァンパイア達にとっては極上の餌である。中には惑う者さえ出ていた、それをまだ正気のある者達で押さえこみ主の指示が来るまでなるべく屋敷から遠ざかった。
純血の血の臭い、この屋敷にいる純血種は二人___。そのどちらかのモノであるが、これほど惹きつけられる香りは、それだけに力がある証拠。
玖蘭家の者しかいない。
その血臭によって正気を失くしそうになる一方で、主への忠誠心でなんとか平常心を保とうとする一条。
「これ、は……」
急いで原因の元である、彼の部屋へと向かえば___。
窓ガラスは割れ、壁や床には無残にも抉られたような形跡。そして周囲に飛び散る無数の赤である。
まるで何かの力が暴発したかのような状態だった。
一歩、中へ踏み出し私は李土様を捜した。これほどに流血されているならば、重症を負っているはずだから。
対ヴァンパイアによる武器の怪我はまだ完治しておらず、ヴァンパイア特有の異常な回復力もかなり削がれている今は重症を負うことは危険。
広い主の私室の奥へと行き、割れた窓で手を傷つけないように注意して開け放つ。
「李土様!!」
血まみれになっている李土がバルコニーで倒れていた。駆け寄った一条は彼を抱き起せば、少しばかり意識があったのか。うっすらと目を開き、赤と青の双眸で宙を見る。
「李土様…無理をされては。私が用意した血も摂取されてないと聞きました…」
「……違う、ぉれ…は…李土じゃ、ない……」
混濁した意識の中、うなされるように何度もなんども同じ事を繰り返した。
かなり弱り切っているだろう主の姿に一条は自らの腕へ牙を立てる。口内に伝わる自分の血といえど、甘い濃厚な味が広がり。すぐさま牙を抜くとそれを李土の口許へと宛がう。
嗅覚の鋭いヴァンパイアには何の香りかがすぐに分かる。血を嫌う李土は無意識に顔け拒絶しようとするが、無理やりにでも顔を押さえ彼の口許へと血を含ませた。
「……ッ」
極限の状態の中、欲に負けた李土___。朦朧とした意識の中で目の前の極上の餌へと獣のごとく貪るのだった。
ブツリと牙を立てられた傷口からたくさんの赤が溢れ出ており、全てを逃さないようそれを舐め上げる。
「ぁ…ぼ、くは…?ッ……」
一条の血を飲んだことで次第に飢えが満たされ、自我が戻ってくる。我に返った時には苦し気な彼が自分にもたれかかる姿だった。
部屋に充満するむせ返るほどの彼の血臭___。そして自身の口許にすっと触れれば飲み切れなかった赤い滴が滴っている。
そして己のした愚かな行為を自覚したのだ。
まだ口の中に残る余韻。それに思わず吐きそうになり、吐き気がこみ上げ口許を押さえる。
「李土様…無理をなさらず、久々にそのお躯に血を摂取されて、負担もかかりますから」
そっとその肩に手を置き、一条は主を気遣った。
「悪い…一条。僕は飢えで自我を失って、お前を襲ったんだろう」
「…いいえ、飢えている李土様へ血を与えたのは…私です。貴方様が気を負う必要はない。
それに、これからの為には貴方にはより強い者の血が必要だ…私の血では少しばかりの糧にしかなりません」
「……」
彼のその先の言葉は言わなくとも伝わった。より強い者の血、そして強い力を与える血…同じ純血種の血しかありえない。
純血種の血肉には力がある。それを喰らえば、喰らった者はその恩恵にあずかり力を得るのだ。
「お父様とお母様の血でさえ足りないと言うのかお前は…」
「盤上をひっくり返すには圧倒的な力が必要です、そして多数の犠牲も必要…」
それを指すことはつまりだ___。
(俺に玖蘭家の化け物を喰らえと……)
その事を理解した俺を察したヤツはゆっくりと頷いたのである。