「李土様、どうですか…?」
心配気にこちらを見やる一条に俺はこくりと頷く。手足を動かしても違和感はない。
逆に今までの借り物の躯に比べれば、馴染んでいる。
あまり長時間はよろしくないだろう。俺の精神と躯が定着してしまえば、本来の持ち主の人格を失う可能性だってあるから。
そうして俺は千里の躯を強制的に借りることとなる。
こうでもしないと、あの学園には潜り込むことは至難の業だ。何せ、ヴァンパイアの始祖である枢がいる。
「千里と仲の良い友達は…遠矢の者だったな」
「遠矢莉摩ですな。あれは長い付き合いだから、勘付かれぬように気を付けたほうがよろしいですよ…」
「ああ、わかってる」
「孫が帰って参りますので、御前失礼します」と言って一条は部屋を出て行く。
しばらく振りに戻った一条の屋敷。この部屋は先代当主の一条当麻が俺に用意した部屋である。
十年経過しても内装は全く変わってない。
俺は屋敷のメイドが用意した衣服に着替える。千里の服はあまり好きではないから。
李土は脱いだ服をベッドに投げ置き、ソファに座った。
カナメからは未だに連絡が来ない。一条に頼んで何度か試みているのだが___。
「旦那様、拓麻様がご帰宅なさいなました」
メイドの報告で彼は座っていた椅子をゆっくりと回し、入口の方へ視線を送る。久しく見ていなかった孫がそこにいた。
「…素直に戻ったな」
思わず嫌味が漏れる。
「また以前のように学園に押しかけられるのは迷惑ですから。お祖父様」
自分の孫というべきか。一翁の嫌味は全く気にせず、笑顔でそう切り替えしてくる。
「枢様のご様子を伺いに参じるのは、後見人として当然のことだ」
「お祖父様は枢に後見人は不要とされたはず。しかも、元老院の学園への干渉も無用と宣言されたことをお忘れですか?」
牙を抜かれた蛇のようだ。枢様に絆されたか…?
(我が孫ながらに情けない…これで李土様にお仕えすることはできるのかが心配だ)
あの方は目的の為ならば手段を選ばず、邪魔する者には容赦がない。
現に拓麻は自分たちの邪魔になるであろう枢様に信望している。
「私は枢様を案じているのだ、近頃は藍堂家と交流を深めておられるそうだな」
「付き合いやすいからでしょう。お祖父様より…」
「藍堂家は反元老院側と言ってよいほどの王権懐古派___。
一方、あの学園で純粋な元老院側は一条家、そして支葵家のみと言ってよい」
藍堂家を王権懐古派とは言うが、ある意味一翁もそうである。先代の父の様に李土様が王の器であると思っているのだから。
「枢は王権なんてもの望んでませんよ。これは元老院など関係ない、彼の友人としての意見です」
(誰に似たのやら…本当に甘い)
「…早く、その温い考えを捨てることだ。
自分の役割は分かっているだろう。お前には期待してそのように教育したのだ」
息子よりも天塩にかけ育てた孫。アレよりはまだ才能がある。
「お祖父様…僕は…」
あまり待たせるのはよろしくない。
「お前に会わせたい方が来られている。その為に、お前を呼んだのだ…着いて来い拓麻」
(……会わせたい方…?)
拓麻は突然の事に目を細め、訝しげに祖父を見た。
「お祖父様の仰りよう…純血の君、白蕗家の方ですか?」
「会えば分かる」
拓麻は緊張した面持ちで祖父の跡を追う。辿り着いたのはある一室の前___。
(ここは確か……)
開かずの間と言われる部屋の前だった。幼い頃から、この部屋には近づくなと何度聞かされたことか。
しかし、今はメイド達が扉に鎮座しており…。自分たちが近づけば、ゆっくりと部屋の扉は開かれる。
「お待たせしました、お加減はいかがですか…」
「問題ない…遅いぞ一条」
「申し訳ありません、我が君……」
膝を折って頭を下げるお祖父様に僕は驚く。だってそこにいたのは___。
「支葵!?どうしてここに…?」
慌てて駆け寄る拓麻は大事な後輩である支葵の肩を掴む。最初は気が付かなかったがよく見てみれば彼の瞳はおかしい。
「拓麻、李土様の御身に気安く触れるな。孫が申し訳ありません…」
「お祖父様…?」
すっと頭を下げ、謝罪をする祖父に拓麻は理解が出来ない。
目の前にいるのは支葵だ。
「良い…お前の孫は元気だな。それに、まるで人間のようだ」
眩しそうに目を細める彼、支葵であって支葵ではない。
「拓麻、初めまして…と言うべきかな?僕は、玖蘭…李土だ。息子が世話になってると聞いてる」
ゆるりと口は曲線を絵描き、目の前の彼は微笑んだ。オッドアイの双眸に思わずぞわりと寒気がする。
「支葵の…父親…」
この気配は間違いなく純血のモノだ。それに枢と同じ玖蘭の姓…。
(玖蘭李土…聞いたことがない。枢との話にも一度も話題に上がったことがないし)
あえて彼が隠していたのか___。
でも純血の君の個体数は元老院で管理しているはずだ。それなのに目の前の方は知らない。
だが、答えは一つしかない、元老院があえてその存在を秘匿したことだ。
「驚くのも無理はない、僕も最近知ったからな…。訳あって息子の躯を借りている」