05.許してなんて言わせないから

「久しぶりだね、枢。可愛い甥に久々に会えて嬉しい」

十年と数か月振りか。あの日は干からびたミイラのようは容姿だったが、今では俺たちと変わらない見た目となっていた。やっぱり始祖だからか、誰よりも美しい容貌だ。

千里の躯を借りた李土は嬉しそうに微笑む。

「良かった・・・相変わらずで安心しました伯父様・・・」

対照的に枢は無表情。そして続けて口を開いた。

「僕が貴方を殺す時、なんのためらいも抱く必要のない相手で」

おお怖い。殺意を孕んだ冷たい視線がこちらに刃を向く。バキバキと音を立てながら床のタイルが砕け散り、それらは獣へと変化して李土を襲った。

「枢!ごめん、この方を傷つけることはさせない」と、拓麻が李土を庇うようにして前に出る。拓麻は自分を攻撃すると思ったが、寸前んでそれは止む。

「・・・。それは君が、元老院側につくととってもいいのかな・・・」
「・・・そう思ってくれていいよ」

長い付き合いの友人にそう言われるのはなかなか辛い。けれど、自分が決めた道は友人である枢を裏切ったようなものだ。

「止せ、拓麻。心配しなくても、枢は本気じゃない。この借り物の躯を壊したところで意味はないからな。僕のことをこの世から滅したいくらいに憎んでいるからね」
「そうは思えないんです枢の場合・・・」

「・・・そう。僕は完全に復活するために必要なものさえ手に入れられれば・・・」

狙いは始祖の血だ___。純血よりも最も濃い吸血鬼の始まりの始祖の血。それを手に入れれば十年以上かかっても全快とは言えない俺の躯はすぐにでも、最盛期だった頃まで再生できるだろう。

「枢、あの子は・・・本当の記憶を取り戻したかい・・・?
優しい両親と君との幸せな夢が悪夢に変わり、放っておけばその凶暴な牙が内側からあの子を壊し始める頃だ。

ヴァンパイアとは実に醜いものだな・・・」
「・・・李土」

「事実だろう?僕が自らの親を喰らい、お前たちの姫君も奪おうとしている。そしてお前はどんな手を使ってでも僕を殺そうとするだろう」

何も言わない枢に李土はひどくおかしそうに笑った。

(上に立つ者として役割を放棄し…眠りにつくことで逃げたようなヤツは嫌いだ)

「・・・お前のような汚れたものが彼女に触れることが叶うと思うな___李土」

「どうかな・・・お前は力があるのに何もしようとはしなかった。カナメの代わりにつかの間の幸せを味わって、どうだった?」

「・・・・・・」

目を細めこちらの意図を探ろうとする枢に李土は息を漏らし、拓麻の手を引いてその場を去る___。

連れてこられたのは客間。来客があった時の為の部屋で、普段はあまり使われていない場所である。

「せんっ・・・李土様・・・?」

ぼふっとソファに飛び込み、クッションに顔を埋める主に拓麻は困惑した。

「・・・他人の体を長時間操るなんてあまりやったことがないから疲れた・・・。やはり始祖は別格だな・・・存在そのものが鋭利な刃だ・・・」

いくら純血種といえど、油断してしまうと彼が放つ気に飲み込まれそうになる。

「どうしてそこまで、貴方はこの世界を変えようとするんですか」

心の底から疑問に思っていた。純血種ならば争いとは程遠い生活を送れるだろうに。

「別に世界を変えようとかそんな立派なモノじゃない。僕にはもったいないくらいに優しいみんなを…守ろうと、そう思っただけだよ・・・」

(・・・優しい彼ら・・・)

ああ、そういうことか。

直接的には言わなかったが、李土の意図を汲んだ拓麻は安心したように笑みを浮かべた。

(最初は支葵の犠牲も厭わない非情な方だと思ったけど、違った。良かったね支葵)

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