07.選択肢はいつだって絶望

あの子の記憶が戻ったか___。そのまま記憶が戻ら無ければ良いと思っていた。悍ましいヴァンパイアの因果など忘れた方が幸せであるから。

「僕の血を使わずとも枢の血で目覚めたんだな・・・」
「はい、李土様・・・」

壱縷は頭を下げ李土に血液の入った小瓶を返した。術式での記憶の封印は純血種相手には不安定要素でしかない。いつしかタカが外れてあの子は病むだろうと思っていた。

「始祖の血は力がある故に毒にもなり得る。そんなモノをあの子に与えるなんてな」

まさに呪われた血だ。ただでさえ、純血種の血は与えた対象者の力が弱ければ、血の方が勝ってしまいその者を支配してしまうのだ。最悪、死に至る危険性だってある。

かつてのハンターの始まりの人間達も始祖の女性を喰らって大半が血に負けて数を減らした。

(俺ならば、価値のある者か等価交換ではないと与えない)

「・・・・・・では、俺は李土様の棺の番に向かいます」
「ありがとう壱縷。無理はしなくていい、疲れたら休め」

壱縷は頭を下げ、月の寮へと戻る。

「拓麻、ようやく終わりを迎えられる・・・。枢は始祖の血を使ってあの子に苦痛なく記憶を取り戻させたが・・・純血種の性を忘れたまま生きた方が幸せだったろうに・・・」

「純血の性、ですか」
「愛しい存在を見ると体が熱くなって・・・どうしようもなく牙が疼く・・・。愛しいからこそ喰らいたい___一つになりたいとな。

症状が悪化するほどに冷静な思考を保てず、見境なく傍にいる者を襲ってしまうくらい恐ろしい飢えだよ」

それは一生断ち切ることは出来ないだろう。だが、俺は早くから両親によって弟妹達と引き離されたからそうはならなかったけれど。

代わりに当麻を瀕死寸前まで追い込んでしまった。

「僕は拓麻、お前の曽祖父に相当助けられた。アイツには感謝してもしきれない」
「曾お祖父様が・・・」

「昔話は此処までだ。安心しろ拓麻・・・千里の躯は直に必要なくなる」

戻るぞ、と言って月の寮の部屋へと帰路に着く。


***


月の寮の仕切る壁、その上に人影が見える。

「・・・そんな所にいないで降りて来いよ莉磨」

千里の口調、千里の記憶を手繰り寄せてなるべく似せるように声をかける。とさっと音を立てて飛び降りてきたのは千里と仲の良い遠矢家の娘だった。

「あんた・・・支葵じゃないよね?誰?簡単には通してあげないからね」

(拓麻・・・・・・)

ちらりと彼へと目配せする。バレないと思っていたのに、否前回はバレそうだったか。今はハッキリと自分は千里とは違うのだと認識しているようだった。

「ほら、莉磨。支葵は支葵だから、部屋に戻って」
「・・・一条さん」

その場をフォローするように拓麻は莉磨の背中を押す。しかし、それを振り切って彼女は李土に詰め寄った。

「あんた、絶対に支葵じゃない!支葵のバカ!!他人に好きにやらせて、あんたはもっと自分に愛着を持つべきよ!!」

「なっ!?」

莉磨の声に体の力がガクリと抜ける。突然の事だった。純血種の力は絶対的であるはずなのに、躯の奥から何かが沸き上がるように意識が揺らめく。

「千、里・・・まだ・・・眠っていろ・・・」
「李土様っ!」

すかさず拓麻が駆け寄って抱き留める。


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