09.変わらぬものは死んだもの

棺の縁に座る。蓋が少し開いた棺の中には意識の無い李土の本体。十年の歳月で大分回復してはいたがまだ不完全であった。

顔の右半分は焼けたように爛れ、体は肉が溶けたように臓物の一部が見えさえする。顔を背けたくなるほどのものであったが壱縷はただただ、見つめていた。

再生した顔右半分はヴァンパイアの中でもかなり美しい部類に入るのだろう。総じて綺麗な容姿を持つヴァンパイア達であるが、純血種は突出している。

「人間みたいな吸血鬼・・・」

初めて会った時の第一印象はそれだ。確かに表情は喜怒があまり見られず、冷たさを感じる。しかし時折気を許した者のみに見せる顔は温かかった。閑様への恋慕の情とは違う何かによってこの方に惹かれる。

零や両親には感じられなかった。家族の情・・・。

不意に部屋の扉が開かれた。入室したのは彼と同じ玖蘭の純血種。

「・・・ここは、一条様と支葵様の・・・いえ、今は李土様の仮住居ですよ。何用でしょうか」

念のために刀の柄に手を乗せておく。純血種に敵いはしない。

「その棺の蓋を開けてくれないかな。君は僕の僕じゃない、逆らってもいいんだよ」

「・・・・・・いえ」と、壱縷は先程まで腰掛けていた棺に触れ蓋を開けた。

「・・・やっぱり似ているね。そういう聞き分けの良い所・・・」

誰を指しているのかは分かってる。だが、彼に言われるのは何故か嫌だった。枢を見れば、肩を竦めている。

「気に障ったかな、でもハンターの家の生きてる双子を見るのは初めてで、珍しくてつい・・・・・・」

ハンターの血筋で母体に双子が宿った場合、まず間違いなく二人とも流産か死産になるから。まだ自我を持たない胎児、本能のみに操られ双子は必ず___母の胎内で互いを喰らい合ってしまう。

「まるで吸血鬼のように…」

「・・・閑様は狩人に相応しい罰だと言っていました。俺たちの先祖がヴァンパイアを狩る力を手に入れるためにヴァンパイアの始祖を一人喰った罰・・・」

そうハンターはヴァンパイアの始祖の女性を喰らったことによって始まる。

「・・・稀なことだが、一方が片方の命と力を奪い尽くして最凶のハンターとして生まれてくることもあったらしいけれど・・・君は片割れに全てを喰われずに済んだんだね。生まれる前から甘いところがある___」

ああ、本当に嫌な方だ。

「枢サマ、俺たちの事はどうでもいいでしょう?・・・さあ、棺は開かれました。俺では貴方を阻止できない…お好きにどうぞ。李土様を滅ぼしたいのでしょう?そう・・・滅ぼしたいはず」

「貴方の父・・・悠様は李土様を原型を止めぬまで千々の肉片にした」
「あの男を滅ぼしていれば確かに・・・閑さんの辿る道も変わったかもしれないな・・・」

それは違う、この人は本当のことを知らない。閑様はあんなにも李土様を親のように慕っていたから。

「さあ・・・李土・・・待ち焦がれていた時が来ようとしている」

壱縷から刀を奪うとそれ自らの手に突き刺し、傷口から溢れ出た純血の血が棺の中へと流れる。そしてぐつぐつと何かを煮た音のようなものが聞こえた。

「・・・枢!?なにを・・・」
「・・・ん・・・っ」

抱えていた千里と莉磨をベッドに寝かせ拓麻は友の元に詰め寄る。

「何を慌てている?一条・・・大丈夫だよ、僕はこの男を千々に引き裂くことはできても。とどめをさすことは出来ないんだ・・・。

だったら望み通り、肉体を復活させてやろうと思ってね・・・・・・」

「受け取れ李土・・・お前が全てを狂わせてまで欲した、最も濃い玖蘭の血だ___」

壱縷から刀を奪うとそれ自らの手に突き刺し、傷口から溢れ出た純血の血が棺の中へと流れる。そしてぐつぐつと何かを煮た音のようなものが聞こえた。

「枢・・・殺せないってどういう・・・・・・いや、そうじゃなくて・・・。どうしていつも君は・・・純血種はこんな・・・やる事が滅茶苦茶なんだ!!」
「良いよ・・・どうせ、理解されようなんて思ってないんだろ。僕は寂しいけれどね」

僕は枢とは幼少期から一緒に居て、友人だと思っている。でも彼はどうだろう、自分のことをどう思っているのか分からない。

今だってこうして何も教えてくれず、全部一人で背負いこもうとしてるのだから。

「・・・直接躯に血を入れてやったから、次の夜には借り物の器も必要なくなるだろう。こんな状態からでも復活できてしまう、おぞましいね・・・純血種は」

枢の血によって李土様の躯は少しずつ回復しているように見える。顔右半分の焼け爛れたような跡はうっすらと残っていない。

「大丈夫、君は頭か心臓をやられるか…首を切り離されればすぐ塵になれるよ」

そうじゃない、そうじゃなくて___。

「・・・枢っ!」と彼を問い詰めようとすれば、横から壱縷が間に入って枢へと口を開いた。

「・・・あなたが李土様を滅ぼしたい気持ちは変わらないはず。貴方は李土様を殺せないとおっしゃいました。何故ですか?」
「僕が玖蘭の始祖だから・・・そして、李土が僕を棺から目覚めさせた主だからだよ…」

枢はそう言い捨てると部屋を出て行く。

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