18.踏み出す虚空に微笑んで
「なんで、なんでアンタは・・・よけなかった?」
目を見開き、ありえないという風な表情をする彼はぎゅぅっと拳を握りしめる。強く握りしめたその拳は震えていた。
彼の周囲を覆うブラッディ・ローズの蔓。
対ヴァンパイア武器であるそれは元の銃の原型を失っている。持ち主である彼___錐生零の意志にのみ従うヴァンパイアの脅威である凶器。
それらは幾重にも絡み合い一つの巨大な蔓となっていた。そしてそれらは今、己の胸を貫いている。
心臓は再生出来ないほどにダメージを負い、胸の傷からは大量の血液があふれていた。きっと長くはもたないだろう。
自分のことなのにひどく、落ち着いていた。
不思議ともうすぐ訪れるであろう死には恐怖を抱かない。
長すぎた生故に、命への執着がないのか・・・。
(否、十分幸せだったから・・・悔いのない人生だったから)
すっと両の目を閉じる。視界に広がる黒。だが今までの記憶が映像となり意識の中を駆け巡る。
これが走馬灯というものらしい。
ふっと笑みが溢れる。零は眉根を潜め、じっと李土から視線を逸らさずにいた。
自分のやったことに後悔はない。最後の一人まで残らずに、ヴァンパイアという化け物を屠るのが自分の使命だからだ。
それが生きていることの目的。
だが___。
(俺がやってきた事は、間違いだったのか・・・・・・?)
あれは親の仇敵だ。でも何故、こんなにも動揺しているのだ。
目の前に横たわる死にかけの純血種の周囲には哀しむ者達。とくに、玖蘭李土の実の兄弟である優姫の両親__悠と樹里は一番に兄の李土へと纏っていた。
「・・・・・・錐生、零・・・僕は、お前にした仕打ちに後悔はしていない。世の理としては、決して・・・・・・許されないことだろうが。
お前に許されようとも思わない・・・。だが、一つだけ後悔していることがある」
「お前の弟、錐生壱縷の血を取り込んだことだ」と間を置いて彼は言った。
全てのためにあえて修羅の道を通ってきたというのに、お前の弟の想いが強く胸の内に巣食っていた。
「僕がこうして、自らお前に殺されることになったのも・・・全てお前の弟による大誤算だ」
人間の癖に腹黒い奴め、と李土は穏やかな表情で悪態を付く。
「結果的に僕は死を迎えることで、全てから逃げることになってしまうだろう」
だが、それも今までの事の代償と思えば悪くない。
大切な者が居ない世界が、いかに退屈でつまらないものか誰にも分からないだろうな。大切な彼らの存在を守れるのなら両親だって、友人だって全てを犠牲にすることを厭わない。
「お別れの時間だ、悠・・・樹里、優姫・・・・・・」
「お兄様、僕達を置いて行かないでくださいッ・・・」
俺の体を抱きしめ首筋に顔を埋めて泣く弟の頭をそっと撫でる。視界に入った自分の手はすでに結晶化が始まっていた。
「李土・・・どうして?」と悲しげな表情を浮かべる妹は、悠の頭に乗せた俺の手を握りしめ。
彼女の温かい温もりが伝わってくる。
「ッ・・・・・・」
零の意志に反して、ブラッディ・ローズは敵であるヴァンパイアを屠る為に更に滅する力を放つ。傷を抉るそれに声にならない声を喉から出し、壮絶な痛みが体中を駆け巡る。
「錐生君!お兄様からブラッディ・ローズを!」と言う悠が叫んだ。
「違う、これは俺じゃない。ブラッディ・ローズが勝手に!」
なにが何でもブラッディ・ローズは目の前の敵を屠りたいらしい。零の制御は全くといっていいほど、効かないのだ。
さらには、結晶化のスピードが早まり李土の体にはヒビが侵食し始めていた。
「もう良い・・・この状態では、再生も困難だからな。僕は・・・変革をもたらすことは出来たのかな」
ふわりと家族へ微笑んだ李土。
「りど、おじさま・・・!!?」
爆風が彼らを襲う。彼の周囲にいた者達は李土の力によって遠くへ弾き飛ばされたのだ。
それと同時にブラッディ・ローズは彼を取り込むようにたくさんの蔓が包み込んだ。