03.月海へ舟を漕ぐ
浮上する意識。
何も分からない感じないが、このまま消え去ってしまいたいという想いが頭を占める。暗闇のそこに在った意識、ぼんやりとしていたが時間と共に次第にはっきりとする。
(・・・此処はどこ、だ)
うっすらと開いた瞼、視界が開けていくと眩しい光が差し込んだ。長らく、この光景を見ていなかった気がする。
しかし、眩しいと思った日の光は目が慣れてしまえば心地よいものに感じた。
この心地よさに違和感があったが、それがなんなのかは分からない。
ゆっくりと自分が入る棺の縁に手を置いて起き上がる。起き上がった拍子にさらりと胸の上に付いていた砂の様なものが風に靡いて消え去る。心なしか、それを視界に留めれば己の双眸から涙が零れる。
何故泣いてるのかが分からない。それでも悲しいという気持ちが溢れだし、呼応するかのように涙はさらに流れた。
「始めまして、李土大伯父様」
「・・・・・・?」
声がした方を向く。
「おまえ、は・・・・・・」
初めて発した声は程よいテノール。棺の蓋に腰かけるのは見覚えのある顔立ちをした黒髪の少女。傍には同じく見覚えのある銀髪の少年が鎮座している。
「カナメ伯父様が本当にそうするとは思いませんでした。私は貴方の又姪です、愛といいます。こちらは恋」
自己紹介をされるが自分には名乗る名前がない。
(記憶がない___何も分からない)
「分かってます。貴方は元は純血のヴァンパイア・・・名前は、玖蘭李土。貴方には生きてもらいます、カナメ伯父様のためにも。
貴方がしてきた事、その後の事・・・全部知ってもらわなければなりません。そうでなければ、皆が報われない・・・」
悲しそうに辛そうに、彼女はそう言った。
(ああ、そうか・・・・・・)
「すまない、僕は皆に迷惑をかけたんだな・・・」
無意識に悲しむ彼女の頬へ手を伸ばす。するりと頬に触れた手は、彼女の温かい手に覆われる。そうして彼女の口から語られる過去の事、現在の事___。