06.言葉遊びを思い出せ

「始めまして玖蘭李土様。僕は一条家当主の麻弥です。是非、麻弥とお呼びください___」

人好きのする笑みを浮かべる金髪の美しい男性。ちらりと口の隙間から見えた牙に、相手がヴァンパイアなのだと理解する。ある日に一条家の現当主から屋敷への招待の文が届いたのだ。

愛、とくに恋はすごく警戒していたけれど吸血鬼社会でも最上位に継ぐ一条家の誘いは無碍には出来ない。だから、俺はそれに乗ることにした。

覚えていない、玖蘭と共に永く歩んだ一条がどんなものか知りたかったから。

「あ、あぁ・・・様はいい。今の僕はただの人間だから」
「玖蘭家の方にそう言われるのは慣れないものですね。人間・・・素敵な響きだ!李土さんとお呼びさせて頂いても?」

意味深な発言が聞こえた気がするが初対面の相手。気にしなかったことにして「構わない」と俺は伝えた。

「おとぎ話のように聞かされた李土さんと実際にお会い出来るなんて光栄です」

「そんな大したモノじゃない。一条家はどうしている?先代の子は当主に付かなかったと聞いてる」

彼らの前の代の当主の座は数百年の間は空白だったらしい。愛に聞かされた話だと先代当主の子は玖蘭の始祖の棺番をするとかで、継がなかったとか。

「一条は玖蘭の支柱。僕は僕が選んだ玖蘭でなければ、そうしないと決めている。

だから、現在までに一条家は吸血鬼社会から一切の手を引いてます」

表情は変わらず笑みを携えた状態でそう言う麻弥にぞわりと悪寒が走る。つまり、愛と恋は見限っているのだろう。

一条家は今まで玖蘭家と共に吸血鬼社会の中枢を担ってきていた。しかし、麻弥が当主の座に付いて以来は仕事も義務も放棄しているのが常態化してしまっている。

棺番だった先代の子でさえ必要最小限のことをしてた。

(ならばどうして当主になったんだ。そうしないのならば空白の方がよかっただろうに)

「僕には麻弥の考えが分からないな。自分が認めた者でなければ支柱にならないと言う。

一条家の当主業務を放り出しておきながらお前は僕を当主として、自らの屋敷に玖蘭家の賓客と僕を招いた」

「気になっただけですよ。当主として招待しなければあの二人のことだ、貴方を僕の屋敷に行かせることを厭うていたに違いないですから」

続けて「僕、人間を愛してるんです」と彼は言った。人間の短命ながらに生に抗おうとする様、色とりどりに変わる感情___魅力が尽きないところが僕は好きなのだと長々と語る。

「・・・・・・」

(・・・そういうことなんだな)

深く溜め息を付いてしまう。ヴァンパイア、それも純血種から人間へとなった李土がイレギュラーな存在であるからその目で確かめたかったらしい。それもひとえに人間を愛してるから・・・。

「あぁでも・・・貴方は"やはり"玖蘭なんだと思いましたよ」

(・・・"我が君")

先々代の当主よりそう呼ばれてきた玖蘭の王と畏怖された純血の君。今はヴァンパイアではなくなり毒牙を抜かれた蛇の様だと囁かれているが、それでも実際に目の前にすればそれが嘘なのだと分かる。

宝玉の様に鎮座するその色違いの双眸は見る者を惑わせる魅惑の美しさがあった。冷たく温かさを持つ矛盾した相反する彼の二面性もその瞳のようだ。

他者を惹き付けて止まないソレに代々の当主は狂わされる。だから父は祖父を討った後に跡を継がなかった。そして、一種の呪いにも似たそれに終止符を打ったのが彼の甥の玖蘭カナメ。

(それも一時的なものです、カナメさん)



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