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結局、昨晩は何も出来なかった。
だが、マクギリスがどうして私にあんなに優しくするのか、それはわかったような気がする。
「14:00から准将は鉄華団と通信、か」
隣で石動がスケジュールの確認をしている。マクギリスのきちきちのスケジュールを管理している彼は、本当にすごい人だ。売れっ子芸能人のマネージャーも顔負けだ、と思いながら紅茶を啜る。
普段あまり意識していなかったが、石動もとても整った顔をしているし、それでいて寡黙で仕事が出来る男というのは、相当モテるのではないかと思う。しかし、彼に女の影はなく、また、そういうことに興味があるのかも危ういレベルのような気さえした。
相変わらず端末と睨めっこを続ける石動を見つめ、彼がそれに気づいた頃、ふと出来心で問いかけてみた。
「石動さん、彼女さんとかいないんですか?」
「……急に何の話だ」
苦笑をこぼした石動と目が合い、思わず笑顔になる。
「モテそうなのに、と思ったので」
「……そういう人がいたら、この仕事は出来ないだろう」
「あー、確かに、彼女さんとの時間、なかなか取れなそうですもんね」
「ああ」
意外にもしっかりと返答をくれた。適当に流されるかと思ったが、彼は真面目だ。
「告白されたことはないんです?」
「……何度かは」
「あるんですね!?」
「……それがどうかしたのか?」
困ったような顔でこちらを見る姿が少し可愛らしく、私はますます笑顔になる。あまり表情が変わらない人だと思っていた分、こんなにコロコロと表情が変わるとなぜか嬉しくなってしまう。
「好きな人は、いないんですか?」
「何故それを君に教えなければならない?」
「気になるからです!」
「……全く、」
溜息をついて手に持っていた端末をテーブルの上に置くと、参ったなと言いそうな顔でしばらく視線を泳がせ、そして私を見た。目が合って、いつもは何も感じないのに今日ばかりは胸が微かにきゅん、となる感覚がある。あれ、この人、こんなにかっこよかっただろうか?綺麗な瞳の色に釘付けになり、息を呑んだ刹那、大きな手が私の髪を混ぜた。
「石動、さん?」
「……これで、わかってもらえただろうか?」
微笑む石動のとても優しい瞳が私を捉えている。
今ここにマクギリスが来てしまったらどうしよう。こんなの見られたら、彼は。
石動の端末が着信を告げる。
手際よく応対し、彼はすっと立ち上がる。
マクギリスとは違う、モデルのようなすらっとした体型で、脚が細く長い。意識したことなんてなかった、彼のこと。だけど少し、胸の奥が熱い。
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「すまないな」
「……何がです?」
唐突に、マクギリスのくちから零れたのは謝罪の言葉だった。心当たりがないので首を傾げると、彼は眉尻を下げる。
「私が忙しすぎるばかりに、共に行動している君も忙しくなってしまう。女性だし、身体が心配だ」
「あー、体調、ですか?」
超健康かと言えば、そんなことはなかった。かといって具体的に、どんなふうに体調を崩しているのかもよくわからない。ただただ身体が怠いとか、そんなもの。
「うーん、でもたまにはお休みもほしいですね、マクギリスと出掛けたりなんかしてみたいです」
「私と、か?」
「はい!付き合ってますし、やっぱりデートくらいは……」
「それもそうだな」
にこりと笑うと、マクギリスはまた私の頭を撫でる。どうやらこれが好きなのだろう。私も落ち着くから、何の問題もないのだけれど。
「考えておく。……休暇までとはいかなくとも、早めに仕事を切り上げて出掛けることだって出来る」
「マクギリスの無理のない程度に、ですよ」
「ああ、そうだな」
甘党の彼に、チョコレートを差し出す。嬉しそうに受け取って包み紙から取り出し、それを口へ運ぶ。美味しそうに食べるそんな姿が可愛らしく、微笑ましいその姿を見つめていると、唐突に目の前にチョコレートが差し出され、「口を開けて」と彼は囁く。
言われるがまま口を開ければ、中にチョコレートが入れられ、甘い味が口内いっぱいに広がる。ミルクチョコレートだ。
「あま、」
言おうとしたところで唇を塞がれ、更には舌が捩じ込まれる。それは初めてで、驚いて舌を噛みそうになった。
「んっ、ふ、」
チョコレートが甘い。マクギリスのチョコレートと、私のチョコレート。互いの熱で溶け、甘さを増していく。こんな、こんなキス。とろけておかしくなってしまう。ばかみたいに甘いそれのせいで頭がぼーっとしてくる。やがて離れて、マクギリスは妖艶に笑う。
「たまには、悪くないだろう?」